我なるは鳳凰のヒナである

 我は橙紅チョンホンという。

 ある森で梅玲メイリンに卵の時に拾われた。

 コヤツ、我を食べる気だなと卵から出る際に燃やし尽くしてやろうと思ったが、その炎を熱いと泣きながらも我を「綺麗」と言った梅玲に我は恋に落ちた。

 燃やすことは簡単であったが、その傷を治すことは難しかった。

 火傷の跡を何度も舐めて癒そうとしたが、梅玲の顔に一部火傷の跡が残ってしまった。

 キュウゥ……

 卵から出る際に、我がもう少し思慮深くあれば梅玲を燃やそうとなどしなかったのに。

 我は後悔した。

 そして梅玲を妻にすると決めたのである。

 梅玲は快活で、我をよく褒めた。

 人間というのは我ほど目もよくはなく、鼻も利かないらしい。歩くのも遅いし、動作も鈍い。だが梅玲は我によく笑いかけてくれたし、我をだっこして毎晩眠った。

 これはもう夫婦でなくてなんだというのか!

 しかし我が大人になるのはずっと先だということもわかっていた。

 それまで梅玲を守り、我が一番強くて頼りになるというところをアピールしなくてはならない。


「橙紅、ありがとう」


 ある晩、梅玲に礼を言われた。我は何も礼を言われるようなことはしていない。コキャッと首を傾げた。


「ふふ……橙紅にとってはたいしたことじゃないのよね。昼に、アイツを燃やそうとしてくれたじゃない? 本当に燃やしちゃだめだけど……ちょっとすっきりしたわ」


 アイツ、というとアレだろうか。

 村長の息子とかいう尊大なヤツである。アヤツはどうも梅玲に懸想しているらしく、事あるごとに突っかかってくる。好きな女子おなごには優しく親切にしなければならないはずなのだが、ヤツは梅玲の服や髪を引っ張ったり、頬の火傷の跡をことあるごとに言ってきたりするのだ。オスの風上にもおけないヤツである。

 今日の昼頃、梅玲を見かけるとヤツは絡んできた。


「おい、梅玲。相変わらず醜い跡だな。少しは薄くなったのか? 俺が見てやるよ」

「ちょっと、触らないでよ!」


 さすがに梅玲の服を掴んで顔を覗き込むなんて暴挙を働こうとしたので、我の堪忍袋の緒が切れた。足元にいた我はヤツを脅すつもりで炎を出した。


「うわっ! あちっ、あちちっ! なんだこの火!? って、鳥!?」


 ギュウウウッッ!

 威嚇してやる。

 ヤツはやっと我の存在に気づいたらしく、慌てて離れた。


「橙紅? だ、だめよ、燃やしちゃ……」


 梅玲が困ったように声をかけてくる。

 大丈夫。さすがに我も成長しているのだ。だが多少の怪我は許してもらおう。我は炎を纏い、梅玲の前に立った。


「な、なんだよこの鳥! こんな化物……!」


 そう叫びながら、ヤツは転がるようにして逃げて行った。

 我は炎を消し、梅玲に寄り添った。


「橙紅、ありがとうね」


 梅玲はそんな我を恐れず、抱きしめてくれた。

 ヤツは大人に我のことを訴えたらしいが、梅玲が当たり前に我をだっこしているのを大人たちも見ているせいか取り合わなかった。大人たちは何故ヤツが梅玲に絡んでいるのか知っていたから、絡み過ぎて嫌われたのだろうと思っているようだった。

 うむ、この村の大人たちは村長一家以外はなかなかに理性的である。

 故に、我はずっと梅玲の側にいることができた。

 梅玲がよく我のことをすごいすごいと家族に言うせいか、梅玲の母親もよく我を可愛がってくれた。妹だという玉玲はあまり近づいてはこなかったが、さすがに玉玲までは我の手に余るので、それはそれでよかった。

 そうして梅玲は成人を迎えた。

 成人する前に村長の息子であるヤツが来て、おかしなことを言っていた。


「オマエみたいな醜い傷のある女なんて誰も娶らないだろう。俺は寛大だから娶ってやってもいいがな!」

「アンタなんか金積まれてもお断りよ!」

「誰がオマエなんか娶ってやるか!」


 売り言葉に買い言葉というやつだろう。これでヤツは梅玲を妻にするという機会を永遠に失ったのである。

 あのオスは愚かだ。

 そうしてある日、黒竜王が森に降り立った。


「……やっと見つけたぞ。我が花嫁」


 圧倒的な存在が、一瞬で梅玲の心も身体も奪っていった。

 我に力があれば違ったやもしれぬ。ずっと守ってきた梅玲が、ぽっと出のオスになど攫われるのは我慢できなかった。

 だが、我には梅玲を娶る準備も整っていなかったし、黒竜王にかなうわけもなかった。


「切ないですね」


 ある晩、梅玲付の女官である翠麗に声をかけられた。我はそっぽを向いた。翠麗は黒竜王の眷属である。我の敵といっても過言ではなかった。


「でもいつか、貴方にもお相手が現れますよ」


 ギュウゥ……

 梅玲に変わる存在などない。

 しかし梅玲は人である。我が大人になるまで生きられない可能性もあったことを、ここ(王宮の黒竜王の住まい)に来てやっと知った。

 最初から、我は梅玲を妻にすることはできなかったのか。


「橙紅、私がおりますよ」


 キュウ?

 我の代わりに梅玲を守る為に付いていてくれるということだろうか。それならば安心である。

 もちろん我もずっと梅玲の側を離れるつもりはない。

 翠麗は珍しく笑った。


「まだまだ子どもですねえ」


 そんなことはないとムッとしたが、梅玲のことを知る者と一緒に過ごす夜は少しだけ心地よかった。

 それがまだなんなのかは、我にはまだわからなかった。

 与えられた小屋から空を見上げる。憎たらしいぐらい月が綺麗だった。


おしまい。



黒竜王に出会う前から橙紅は梅玲を守っていたというお話でした。

感想などいただけると幸いです。

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黒竜王は花嫁を溺愛する 浅葱 @asagi

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