みんなはどうなった?

 Fクラスの生徒数は半分もいなかった。東雲先生が言っていた通り半分は鬼に殺されたか逃亡したかでいなくなった生徒だろう。


 まあ仕方ない、中級の鬼を前にしたら逃げたくもなるしな。


 と、席に座ったら、隣の比渡が、


「日野君……」


「ん?」


「げん――」


「――おお! 日野君生きてた! 心配してたんだよ!」


 と、比渡が何か言おうとしたところで秋が割り込んできた。「げん」って何言おうとしたの? おれ比渡のわんわんだから気になっちゃうよ。


「おう、生きているぞ……犬闘には昇格できなかったけどな」


「ええ! 嘘!」


「ほんとほんと、たぶんおれだけ犬闘になれなかったと思う」


「そっか、日野君だけ中継映像ほとんど映らなかったもんね。でも犬闘になれなくても同じクラスなんだね。なんかよかった……」


 何がよかったのか分からないけど、まあ同じクラスでよかったとおれも思っている。


 比渡と秋と実凪は合格して犬闘になったらしい。班を組んだことあるみんなが無事合格してくれていてよかった……おれだけ犬草だけどね。


 しかし比渡は昇格しているのにおれは現状維持って何なの? 比渡に死刑言い渡した八木と霧江のクソでもしっかりと評価していることにびっくりだ。


「はぁ」とおれは思わずため息が出てしまう。


「日野君……」


「ん?」


「げん――」


「――みんなおはよう!」


 と比渡が何か言おうとしたところで派手に教室に入ってきたのは東雲先生だった。


 比渡が話そうとしているのに邪魔するなよ。てか東雲先生のこのテンション明日香さんと同じなんだよなぁ。


「まず、ここにいるみんなに言っておく――鬼殺しの試練合格おめでとう。君たちは中級の鬼と互角かそれ以上と判断された者たちだ。これからはもっと自分に自信を持つといい」


 自信か……犬闘に昇格できなかったのおれだけだと思うけど、自信持っていいのかな。


「犬闘に昇格できた者も昇格できなかった者もいるだろうが、まあ安心して学生生活を送るといい」


 安心ねぇ……比渡がいのち狙われているのは分かるけど、おれまでいのち狙われているとなると安心できない。しかも裏切り者がこの学園に潜んでいるとなるともっと警戒しなければならなくなる。


「そして――ここにいる者たちにはインターンシップに行くことが許可される」


 インターンシップか。何をやらされるのか分からないけど、犬学の生徒なら鬼狩りをやらされるのだろう。ボランティアで鬼狩りはしていないだろうけど、インターンシップだからなぁ。どこかの地方に飛ばされて無償で鬼を狩る羽目になりそうだ。


「つまり、鬼狩りで飯を食っていけるだけの力を持つ者が君たちだ!」


 え? つまりそれって、犬草は鬼狩りだけじゃ飯食っていけないってこと? どんだけ給料安いの? てかセカイに鬼がいなくなったら食っていけなくなるってことでオーケー? おれ中卒だけどまともな就職口あるかしら。


「すでに鬼狩り機関から指名されている者もいると思うが、失礼のないようにしろよ。と、今から名前を呼ばれた者は教室に残るように」


 東雲先生はポケットから封筒を取り出して、紙に書かれているものを読み上げる。


「比渡ヒトリ、日野陽助。以上の者を残して他は多目的ホールへ行け」


 と、おれと比渡以外はぞろぞろと教室を移動し始めた。


「さて、比渡と日野、改めて合格おめでとう」


 どうも、という感じでおれと比渡は頭を下げた。おれ合格なの? 犬草だけど合格なの? 犬草じゃ飯食っていけないって本当なの?


「それで、君たちに残ってもらったのは――」


「――少年少女よ、元気はあるか!」


 東雲先生が何かを言おうとしたところで明日香さんが教室に入ってきた。


「明日香師匠、もうちょっと遅く入ってきてくれませんか……」


 師匠? 東雲先生の師匠って明日香さんなのか。だからテンションが似てるのか。


「時間は有限だ! 故に有言実行だ!」


「実行が早すぎるんです……まだ学生になにも説明もしていないんですけど」


 と、頭を抱える東雲先生を無視して明日香さんはずかずかとおれたちの前にやってきた。


 そこでおれは明日香さんと目が合う。


「よ! 日野少年! 元気そうで何よりだ」


「うっす。そちらも元気が有り余っているようで、てか歳いくつなんですか?」


 と言えば、おれは東雲先生に頭を引っ叩かれた。


「レディーに向かってその口の利き方はなんだ? それにこのお方を誰だと思っているんだ……」


 レディーの扱い方分からないし、そのお方ってのもよく分らないんで。


「ええと、元気のいいお姉さん、プラス滅茶苦茶強いお姉さん」


「うむ、大体合っている。しかしこのお方――如月明日香師匠は鬼殺し界では有名人なんだぞ」


 それって極めて少数の人間しか知らないじゃん。鬼殺し界って一般に知れ渡ってないしさ。


「それで、どれだけ凄いヒトなんですか?」


「――鬼殺し界【最強】と言われる三人のうちのひとりだ」


 ええ? マジ? おれそんな凄いヒトと喋っていたのか。てか歳いくつなの?


「つまり、わたしの階級は犬神なのだよ少年。崇め奉っていいぞ! ほれ、サインを書いてやろう」


 犬神……この子供向け番組で「良い子のみんな~一緒に歌おぉ~」って言ってそうな明日香さんが犬神。マジかよ……。


「それで、その最強のひとりがどうしておれと比渡の前にいるんですか? まさか比渡もインターンシップおれと一緒なんですか?」


「まあそうだね。君たちふたりはいのちを狙われているからね、わたしが師匠になってやろうと思っているのだよ。そして最強に成長させてやろうと思っている」


「明日香師匠、冗談はやめてください」と東雲先生。


「はははっ、まあ師匠になってやるのは冗談だ! だが、インターンシップでわたしのところに来い! ただそれだけだ! これは冗談じゃないぞ」


「あの、ドッグズのインターンシップって何をやるんですか?」おれは訊く。


「鬼を狩るんだ――でもわたしの担当している地域は凶悪な鬼ばかりが発生するぞ」


 やっぱり鬼狩りか……おれ犬草なんだけど給料とか出るの? あ、インターンシップだからただ働きか。無償で鬼狩りとかやりたくねぇなぁ。


「その地域ってどこなんですか?」


「――東京さ」





 はぁ、インターンシップか。めんどくせぇなぁ。どうしておれみたいな陰キャが東京に行かなくちゃならねぇんだよ。人間が沢山いる場所なんか嫌だよ、肩とかぶつかったら「あ、ごめんなさい」とか言っても無視される場所だよな? 東京怖いなぁ。


「はぁ」とため息をついた時、


「日野君」と廊下で出会ったのは比渡だった。


 その比渡といえば、


「元気?」と訊いてきた。


「ん? まあまあだけど」


「そう……」


 なんだ? どうしたんだ? 比渡の態度がいつもより変だぞ。犬学に来ておれとわんわんプレイをできないからイライラしているのか?


「あの……」


「ん?」


「約束、守ってくれてありがとう」


 約束……ああ、鬼殺しの試練で死ぬなって約束か。いや、あれは命令だし約束じゃないよな。じゃあ約束ってなんだ?


「ああ、まあな」


「じゃあ、おやすみなさい」


「おう」


 と、比渡は女子寮の方へ走っていった。


 なんだ? なんか今日の比渡変だぞ。てか何約束してたのか忘れたんだけど……まあいいか。

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比渡ヒトリの日野は犬である 笑満史 @emishi222

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