後編・剣聖マン

「なんだテメェコラ!」


 さっきの木刀を持った金髪のヤンキーがまた前に出る。

 なんだっていうのは確かにそのとおり。

 俺だって突然エル・サムライのマスクをかぶった男が現れたら同じように思うだろう。

 俺はその勢いに心がおびえたが、幽霊はヤンキーの重心や姿勢、視線の動かし方を見て「素人」だと判断したのだろう、あろうことか鼻で笑った。


『なに、名乗るほどのものではない』


 ヤンキーは嘲笑に敏感だ。

 一瞬で沸騰し、肩に担いでいた木刀を振り下ろす。

 幽霊は俺の身体を少しずらしただけで、その一撃を簡単にかわした。

 地面にめり込んだ木刀を思いっきり踏みつける。

 木刀がヤンキーの手から離れた瞬間、そのまま体当たりで吹き飛ばすと、ゆっくりと木刀を拾い上げ、重心を確かめるように二~三回風を切った。


『軽い木刀だな。しかしまぁ子供にお灸を据えるくらいには使えるか』


「テメェコラ! いい度胸じゃねぇか! この巣鴨すがも州火怒★スピードスターにケンカァ売ろうってんだな!」


 仲間の一人が倒されたのを見て、高校生を殴っていたヤンキーたちが立ち上がる。


「ヤスくぅん、こいつボコっちゃうぜ? いいよなぁ?」


特攻ぶっこみのマーくんが出るほどじゃねぇっすよ! ここはオ――」


 両手をだぶだぶのズボンのポケットに入れ、肩を怒らせて前に出たヤンキーの一人を、幽霊の木刀が容赦なくたたき伏せる。

 ゴキッと嫌な音を立てて額から血を流したそいつは、悲鳴一つ上げず、糸の切れたマリオネットのように地面に崩れ落ちた。


『なにをやっている。もういくさは始まっておるだろうに』


「テメッ! 何しちゃってくれてんだクラァ!」


 殴りかかるマーくん。

 木刀をひょいと振り、腕をカチあげると、つかの部分でみぞおちに一撃。

 腹を押さえて下がった後頭部にもう一度柄を振り下ろすと、マーくんも沈黙した。

 残るはリーダー格とおぼしきヤスくんともう三人。

 しかし、さすがに実力の差を思い知ったのだろう、四人は手を出してくる様子もなく、ただ遠巻きに幽霊を、いや、エル・サムライの試合用マスクをかぶった俺を見ていた。

 これで決着かと思ったが、幽霊は想像以上に容赦がない。

 滑るように距離を詰め、一人の喉を突く。

 声にならない叫びをあげて転げまわるヤンキーを踏み越え、総崩れになった三人を追い回した。


『わはっははっ! なんだ、もう逃げるのか!』


「テッメェ! ぜってぇ殺す!」


『お! では殺される前に殺さんとな!』


 くるりと標的を変え、追いかけ、木刀で殴り、踏みつける。

 残り二人になったヤンキーは、仲間を見捨てて本気で逃げた。

 だが許さない。

 ヤスくんのスネを後ろから木刀でフルスイング。

 倒れたところを踏みつけ、最後の一人がバイクにまたがっているところに向けて、木刀を思いっきり投げつけた。

 バイクと一緒に立ちごけして、足を挟まれるヤンキー。

 満足げにそれを眺めると、幽霊はリーダーであろうヤスくんに馬乗りになり、襟首をつかんで引き起こした。


「くっ……テメェ駒込こまごめ不安飛夢ファントムのもんか?!」


『知らぬな』


「じゃあなんだよ!」


『義を見てせざるは勇無きなりと申すであろう、もう二度と集団で凶行になど走るな。ワシはいつでも現れるぞ』


「言ってる意味がわから――ぶはぁ!」


 シンプルに顔面グーパン。

 殴った自分の手が痛かったのだろう、幽霊はヤンキーのポケットからハチマキを取り出し、拳にキツく巻く。

 それでも暴れるヤスくんの心が折れるまで、幽霊のグーパンは、声を出して笑いながらエンドレスで続いた。


「わかっ……すみませ……ごめんなさい! もう……しません」


『わかってくれればよい』


 立ち上がり、満足した幽霊は俺に身体を明け渡す。

 布が巻かれていたとはいえ、人の顔面を殴り続けていた拳はじんじんと痛んだ。


「(約束が違う! 傷一つ付けずに身体を返すって言ったじゃないっすか!)」


『(傷はつけておらん。その程度の痛み、明日には治る)』


 マスクの中で言い争いをしている俺に、暴行されていた高校生がお礼に来た。

 学生服は所々破れているが、大きなケガはなさそうだ。

 どっちかっていうとヤンキーの方がケガがひどい。


「ありがとうございます! 助かりました!」


「うん、なにがあったか知らないけど、物騒なところには近づかないようにね」


「はいっ! あのもしよかったらお名前を……」


『なに、名乗るほどのものではない』


 身体を明け渡した幽霊の声は、もう俺以外には聞こえていない。

 ちょっと考えて、俺はこう名乗った。


「俺は『剣聖マン』、正義を守る剣の達人だ」


 その後、どこをどう伝わったのか、剣聖マンの名は関東一円のヤンキーたちの間で伝説となった。

 やがて俺はこの幽霊とともに、すべての暴走族、チーマーを束ね、全国制覇をすることになるのだが……。

 それは時が来たら、いつか語ろうと思う。


――了

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剣聖マン 寝る犬 @neru-inu

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