化け猫屋敷は今……。

無月弟(無月蒼)

化け猫屋敷は今……。

 ねえねえ聞いて。あたしこの前、パパやママと一緒に、根子岳にドライブに行ったの。

 え、根子岳ってどこかって? 根子岳って言うのはね、熊本県の阿蘇にあるお山だよ。

 この前の日曜日に紅葉狩りに行ったんだけど、綺麗だったなー。


 って、いけない。本題を忘れるところだった。

 その根子岳なんだけど、実は今日小学校の図書室で読んだ昔話の本に、なんとその根子岳が出てきてたの。

 行った事のある場所がお話の舞台になってるなんて、ワクワクしない?

 ただその昔話、楽しい話じゃなくてちょっと怖いお話だったんだよね。


 お話のタイトルは、『化け猫屋敷』。

 簡単に説明すると、むかしむかし根子岳に登って遭難した男の人が、山の中でお屋敷を見つけるの。

 お屋敷に入ると女の人が出てきて、道に迷って困っていた男の人を泊めてくれたの。

 お風呂やご飯を用意されて、おもてなししてくれたんだけど。実はこのお屋敷と言うのが、怖~い化け猫の住む化け猫屋敷。お屋敷で働いている人はたくさんいたんだけど、その人達みーんな、化け猫が化けた猫人間だったの。


 そして用意されたお風呂やご飯と言うのが、化け猫達が仕掛けた罠。

 なんと人間がお風呂に入ったりご飯を食べたりすると、たちまち猫になっちゃうんだって。


 え、猫にしてどうするのかって?

 う~ん、本にはそこまでは書いてなかったけど、でも猫になるって怖くない?


 それで、秘密を知った男も怖くなって逃げ出したんだけど。山の中を逃げていると、後ろから人間に化けた化け猫達が、桶を持って追いかけてきたの。


 その桶には例のお風呂のお湯が入っていて、化け猫達はそれを掛けてくる。掛かったら猫になっちゃうから男は必死になって逃げて、どうにか麓の村にたどり着いたんだけど。

 逃げてる途中に足に少しお湯が掛かっていて、そこには猫の毛が生えていたんだって。


 ううっ、怖い怖い。けどね、これは大昔の話。令和の今はもう、化け猫屋敷なんて無いんだよ。

 だってドライブに行った時、そんなものどこにもなかったもん。


 けどもしもこの話が本当だったら、お屋敷の化け猫達は今はどこにいるのかなあ?

 もしかしたら山を降りて、町でひっそりと暮らしているのかも。

 だって相手は人間に化けるのが得意な化け猫。もしかしたらこっそり、人間を猫に変えちゃうお風呂のお湯を誰かに掛けたり、食べると猫になっちゃうご飯を誰かに食べさせたりしているかも?

 キャー怖い……なーんてね。そんなことあるわけ無いか。


 さーて、話してたら何だかお腹空いちゃった。今日の晩御飯は何かなー?

 って、あれ? パパにママ、どうして頭にお耳を生やしているの? 


 パパは柱で爪をカリカリしてて、ママの顔を見るとお髭が生えている。

 二人ともいったいどうしちゃったの? こんなの、まるで猫だニャー。


 ん? ニャア?

 あれれ、どうしちゃったのかニャア。上手く喋れないニャー。

 ニャーニャーニャー。


 いつの間にか、パパやママは完全な猫になってるニャー。

 それに私も気がつけば体が小さく、モフモフになっていて、手には立派な肉球が。


 ひょっとしてこれは、化け猫の仕業ニャ?

 知らないうちに化け猫が用意したお風呂に入ってご飯を食べて、猫にされていたのかも。

 でなかったらパパもママもあたしも元々化け猫で、今が本当の姿ニャのかニャ? 私の家が、令和の化け猫屋敷だった?


 い、嫌だー。あたしは人間、人間だニャー。

 猫は嫌いじゃないけど、なりたくはないニャー。早く人間に戻りたいニャー。戻れ戻れ戻れニャー!


 ニャー、ニャー、ニャー。

 ニャー、ニャー、ニャー。

 ニャー、ニャー、ニャァァァ……。


 ………………戻れないニャ。





 こうしてあたしは二度と人間に戻ることはなく、猫の短い寿命でしか生きられませんでした。

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化け猫屋敷は今……。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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