第7話
二年の三学期ともなると、進路調査が頻繁に行われるようになる。
杉澤学院は高等部のみの私立高校だったから受け皿的な大学がなきにしもあらずだったが、建前として進路調査を頻繁に行っていた。
哲史は国公立文系狙いで一年の時から進路希望を提出していたが、畠野のほうはいまだにふらふらとしている。担任に呼ばれようが、進路指導の教諭に呼び出されようが、どこ吹く風といった様子でどっしりと構えている。
いや、実際はそうではないのだけれど。
「高校を卒業したら畠野はどうするの?」
何の気なしに哲史は、畠野に尋ねてみた。つい一時間ほど前のことだ。
休日ごとのデートは、白猫シロの餌やトイレの砂や何やかやの買い出しの日でもある。
「卒業したら、って……オレたちまだ二年だぜ?」
毎週の買い出しで荷物持ちに徹している畠野は驚いたように、目を丸くして哲史を見下ろした。
革のジャケットにジーンズ姿の畠野は、背が高い。そう低くもない背丈の哲史を見下ろす程度に。見下ろされて哲史は、少しむっとした表情で畠野を見上げる。
「まだ二年って……だって、進路調査は次が最終だと思うけど、まだ決めてないのか、畠野」
呆れたように哲史が言うと、畠野はああ、と面倒くさそうに呟いて視線を宙にさまよわせる。
「かったるいからいいんだよ。どうせ、アホの行くトコしか行く先はないんだからな、オレの場合は」
ガハハと馬鹿笑いをして、畠野は言葉尻を濁した。
最初から国公立狙いの哲史と違って、何とか高校に入学したものの勉強はからきしだった畠野にとって、進路ほど興味のないものはなかった。どうせ勉強ができないから、どうせふらふらしているから、どうせ馬鹿だから……そんな言葉を盾にして、畠野はこれまで、まともに進路と向き合ったことがなかったのだから。
「何言ってるんだよ。ちゃんと勉強をしてないからだろ、それは。好きなこととか、ないわけ?」
言いながら哲史は、ふと思う。
そういえば自分は、畠野がどんなものを好きで、どんなことに興味があるのか、ほとんど知らないような気がする。野良猫だったシロが縁で付き合い始めたものの、畠野自身のことを理解しようとはしていなかったことにたった今、哲史は気付いてしまったのだ。わざわざ自分から尋ねたことがないのだから、当然だ。今まで何故、そんなことに気付かなかったのだろう。
「そうだなぁ……」
そんな哲史の心の内など知りもしない畠野は、脳天気そうな表情で空を仰ぐ。
「ええと……猫とバイクかな、今ンところ」
楽しそうに畠野が答えるのを、哲史はぎろりと睨み付ける。
「あ。それと、哲史な!」
不意に畠野は真っ直ぐな眼差しで、哲史を見つめた。咄嗟の言葉に哲史は頬を膨らませたまま、さっと顔が上気するのを感じた。
公道で、しかもそこそこの人通りのあるところでこんな風にきっぱりと言われてしまうと、恥ずかしくてたまらない。
「馬鹿っ。そういうことを聞いてるんじゃないって!」
初めて畠野の部屋に行った時のことを、哲史は鮮明に覚えている。
泊まっていけばいいと誘われて、哲史が「家の人が帰ってくるだろうから」と断ろうとすると、畠野は心配することはない、と告げた。
「うちは親が水商売やっててさ。どうせどっかのオトコのところに転がり込んでて滅多に帰ってきやしないんだから、気にしなくてもいいんだよ」
そう言った畠野の瞳が寂しげで、哲史はつい、泊まっていくと口走ってしまっていた。
コンピュータ室でのキスの続きを堪能させられた後に、恥ずかしい姿勢で哲史は何度もイかされた。畠野の指は想像していた通り無骨で、大きくて、あたたかで……哲史を散々、翻弄し、何度も高みに押し上げてはどん底へと突き落とした。
それから激しい痛みと痺れるような感覚とが一緒くたになって哲史に襲いかかり……哲史は泣いて泣いて、喉が痛くなるまで泣き続けて、最後には声が枯れてしまったほどだ。
その後、何度も畠野の部屋に足を運んでいるのだが、あの時のことを思い出すとそれだけでもう、哲史の体温は急上昇し、顔は赤くなるわで、どこから見ても期待していますといったぎこちない態度になってしまう。
畠野は畠野で、そんな哲史の一面を密かに面白がっていたりするのだが。
毎週恒例の買い出しは終わった。その後にすることといったら、畠野医院から暫定的に連れてきたシロを膝に抱えて二人でビデオを見たり、学校で哲史が自分の友達と話したことをそのまま畠野に聞かせてやったり……。
会話が途切れると、畠野の指先がシャツの下に忍び込んでくる。甘く苦しい時間の始まりだ。
「──今日はどうする?」
年が明けてから、毎週のようにお泊まりをしていた哲史の態度が少しずつかわってきていた。畠野は、哲史の微妙な異変に気付いており、そのことを気付かれないようにさらりと尋ねる。
「うん……」
あれから何度も畠野と抱き合って、もうすっかりその手順にも慣れた哲史だったが、それでもまだ、後ろに受け入れる瞬間の痛みには慣れることができないでいた。
熱くて大きな、自分のものではない異物が体内に入ってくる瞬間、哲史はどうしても身構えてしまう。身構えればそれだけ痛みが増すということも知っているのに、どうしても身体が言うことを聞いてくれず、抗ってしまうのだ。決して、畠野のことが好きではないというわけではない。彼のことを想うとそれだけで身体がぼうっと熱くなり、何も考えることができなくなってしまう。こんなにも好きなのに。それなのに、挿入の瞬間の痛みだけは、いまだに慣れることができない。
「泊まっていくか?」
と、再び畠野。
ここで哲史が頷いたら、エッチOKという意味だ。泊まらずに帰るという時は、何もせず、唇を合わせるだけでおしまい。哲史はさっさと家に帰り、残された畠野は悶々としつつ自分で自分の処理をしなければならない。
哲史はしばらく考えているようだったが、きゅっ、と畠野にしがみついてくると、呟くように小さく言った。
「泊まってってもいい?」
畠野はそれには答えずに、そっと哲史の唇を吸った。
ちゅ、と小さな音がして、互いの唇が合わさる。シャツの下に忍び込ませた畠野の手が哲史の乳首を軽くつねるようにさまようと、哲史のほうから舌が差し込まれ、口吻はますます激しくなっていった。
「…ぁっ……」
シャツがたくし上げられ、畠野の舌が哲史の肌を這う。
ざらざらとした肉厚の舌は、哲史のいいところを知り尽くしている。臍の周囲や、股の付け根や、肩胛骨の脇……畠野の舌が這い回るだけで哲史は自分自身が熱く滾り、呼吸が乱れるのを感じずにはいられない。
苦しくなって畠野の身体にしがみつくと、哲史の先走りの液をすくい取った指が、後ろの穴へもぞりと挿入された。
「はっ……あぁ……」
指だけならば純粋な快感を得られるということも、哲史は知っていた。痛みを伴わない快感はしかし、哲史には物足りなくもあった。我ながら自分勝手なことをと思うのだが、やはり畠野の大きな竿が身体の中に入ってこそ、繋がっている、と……二人は結合し、融合しようとしているのだと思うことができた。
「気持ちいいか、哲史?」
うつぶせになった哲史の身体に体重をかけないように気をつけながら、畠野が尋ねる。
言葉を返そうと哲史が口を開けるのを見計らって、畠野は挿入した指でぐり、と内壁を引っ掻いた。
「ぅん……あ、やっっ……」
びくん、と哲史の身体が跳ねる。ちょうど哲史の腰のあたりにあたっていた畠野の熱いものからぬちゃりと体液が滴り、そのまま畠野はなすりつけるように腰を動かし始める。
「畠野……」
哲史が畠野の手を掴む。この体勢だと、哲史が物欲しそうな表情をしていても畠野には解らない。だから安心して哲史は、畠野を感じることができた。
「ん? お前、いつもより感じてる?」
耳元で畠野が囁く。
哲史は吐息と共に首を竦め、掴んだ畠野の指を軽く噛んだ。
「──…だって……二週間ぶりだよ、俺たち」
恥ずかしそうに哲史が言う。
畠野は小さく笑って、哲史のうなじに柔らかな愛撫を加えた。
何度かイかされた後で、我慢ができなくなった哲史は自分から腰を畠野の腰へと押しつけていった。
「畠野……ねぇ、挿れて……」
今日の畠野は、何を考えているのかなかなか挿入してくれない。節くれ立った太い指で刺激を与えられ、気持ちよくなるにはなったのだが……それ以上に哲史は、別のものが身体の中に入ってくることを望んでいた。
「いいのか、挿れても」
哲史の肩口に唇を走らせながら、畠野が尋ねる。
「……んっっ……いいから、挿れて。畠野の……じゃないと……──」
ほんのりと頬を上気させて哲史が言と、畠野はぱっと身体を離して起き上がった。
「畠野……どうかした?」
怪訝そうに哲史が顔を上げると、畠野は大きな手で頭をがしがしとなでつけてきた。
「ちょっとだけ待ってろ」
不思議に思いながらも哲史はそのまま、畠野が戻ってくるのを待った。もしかしたらジュースを取りに行ったのかもしれない。アレを飲まされる時は──何度も抱かれているというのに、哲史は精液を飲まされるのにも慣れていなかった──、不慣れな哲史がちょっとでも嫌な思いをしないですむようにと、畠野はジュースを用意してくれる。きっと飲まされるのだろうと、哲史は不安な気持ちで溜息を吐く。精液独特のあの青臭いにおいが嫌なのと、畠野のほうは哲史のものを進んで飲んでくれることへの罪悪感のようなものが入り混じり、胸の中でもやもやと溜まっている。
もう一度、はぁ、と溜息を吐いたところに畠野が戻ってきた。
「お待たせ」
嬉しそうに畠野はベッドに乗り上げると、早速、哲史の双丘に手をかけた。
「なに、畠野? ひっ…あぁっ……!」
にちゃり、と湿った音がして、冷たいものが哲史の後孔に塗り込められた。
「やめっ……なに、これ?」
くちゅくちゅと尻の間で音がする。恥ずかしさ以上に憤りを感じた哲史は、振り返り、畠野を睨み付ける。
「心配すんなよ。ただのハンドクリームだからさ」
言いながら畠野は、指をくい、と哲史の中へ挿入した。予告なしの挿入に哲史はひっ、と身を竦めたが、痛みはほとんど感じることがなかった。
「舌とか精液で濡らすよりか、ずっとマシだろ?」
「やだ……ぁ…冷たっっ……」
畠野の手から逃れようと身を捩ると、後孔の入り口にかかっていた指がさらに奥深く侵入してくる。あっ、と思った時には哲史は、畠野の指をその身にしっかりと銜えこんでいた。
「面白いだろ、このクリーム。普通のハンドクリームなんだけどさ、ジェル状だからくちゅくちゅ音がするんだぜ」
言いながら畠野は、哲史の背に唇を這わす。
「あっ、ぁ……はぁっ……んんっ……」
尻のあたりではまだ湿った音がしている。哲史は恥ずかしくなって身悶えたが、そうするといっそう畠野の指が体内に入り込み、淫らな音を立てた。
畠野はたっぷりとクリームを哲史に与えたが、そのうちに塗り込められたクリームは内壁に吸収されたのか、音もしなくなってきた。体内に侵入し、トロリとした感触を与えていたクリームがいつの間にかなくなるとは、畠野は忠実に継ぎ足して、哲史を潤してやった。
「畠野……も…う……」
シーツと身体の間で熱くなっている哲史のものは先程から限界を訴えている。
目尻に涙を滲ませて、哲史は途切れ途切れに言った。畠野は知らん顔をしてそのまま、哲史の身体の中心に埋め込んだ指で、ぐりぐりと中をかき混ぜた。
「あぁっ……だ……やめっ……出ちゃうよおっ!」
泣いてせがんで哲史が懇願すると、ようやく畠野は身体を離してくれた。
「泣くなよ、哲史」
そう言ってキスを一つ、哲史の首筋に落とす。
畠野の熱い吐息を感じて哲史はびくりと身体を震わせた。
「一緒にイこうぜ」
ゆっくりと、哲史の中に畠野が入り込んでくる。ハンドクリームが潤滑油代わりとなっているのか、異物感を感じさせるのみでお馴染みの痛みはない。
「痛いか?」
内臓をせり上げる圧迫感に驚いて哲史が小さく呻き声を洩らすと、畠野は心配そうに尋ねかけてきた。
「……大丈夫。ちょっと、びっくりしただけ」
そう返すと、哲史は腰をぐい、と畠野に押しつけた。
「全部……挿れて……」
躊躇いがちに哲史が言うと、畠野は奥への挿入を再開する。哲史の熱を持った内壁に沿ってそろそろと入り込んでいく。いつもは哲史が傷付くことを恐れて滅多に挿れない奥のほうを突き上げるようにして、畠野は腰を揺さぶった。
「あっっ……──」
明け方、哲史が目を覚ますと、裸の畠野は気持ちよさそうに熟睡していた。
身体を洗わないと、と思いながらも、哲史は畠野の分厚い胸にしがみついている。
深く、規則正しい畠野の呼吸が安心感を哲史に与える。この男が一緒にいてくれるのだという、大きな安心感。
これからも一緒にいてくれるだろうか、彼は。
哲史は、できる限り畠野と一緒にいたいと思っている。
三年になって、受験の時期を終え、それぞれの進路へ進んでいったとしても。それでも、出来うる限りの時間を、畠野と共に過ごしたいと思っている。
今この時間が終わってしまえば、二人の接点はどこまで行っても現れない平行線上にしかないものになってしまう。それが解っているからこそ、哲史は畠野を求めるのだ。
どれだけ激しくくちづけを交わしても、満たされない。
どれだけ激しく抱き合っても、身体はまだ、餓えている。
最初から、互いに求め合うことが無理なことだと解っていたから……だから、よりいっそう、求めてしまう。
もしかしたら。
これが、最初で最後の恋になるかもしれないから。
だから哲史は、自分とはこんなにも性格の異なる畠野のことが好きになったのだろう。
いつまで一緒に過ごすことができるのかなんて、哲史にもわからない。いつか答えが見つかるその時まで、このまま二人でシロと一緒に過ごすのもいいかもしれないと、哲史はそんなふうに思った。
白猫は恋のキューピッド 篠宮京 @shino0128
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