最後の予言
15.みんな少女を助けたい
《追加情報》
リオールとオウマによる情報収集が指定されていたため、彼らが独自に集めた情報が開示されます。
【語り部】
……滅亡の識聖テネス・フェルロイは予言した。
ナイア・ニルという少女はいずれ都市国家トランジリオドを滅ぼす存在になると。
始まりの予言は今なお続いている。
彼女はこのままでは<滅びを告げるモノ>となる。
加えてリッカは救えたが、探索者の筆頭であるゲルガと管理機構の長ヤウッバは反目し合う形になってしまった。
迷宮関係者の状況は決して良くない。
反して、市民は穏やかな生活を送っていた。
最近のニュースといえばやはり服飾店ルッカトミの少女向け新ブランド『デア・ナイア』の登場だろう。
服飾師シトーが打ち立てた「安価なのに可愛らしく、着回しコーデが容易なデザイン」はちょっと背伸びしたい迷宮都市の少女たちに受け、今やデア・ナイアは一つのブームといっていいほどの流れを作っていた。
『あ、もしかして今日はデア・ナイアの統一コーデ?』
『分かる? お小遣いはたいちゃった』
『いいなー、私も欲しいー』
『やっぱナイアかわいいよねー』
『デア・ナイアのスカーフだけでも……』
道行く女の子が口々に「ナイアがかわいい」と語る。
同時に仮設治療院の成果も確実に上がっている。というか上がり過ぎている。
探索者の中には『ナイアちゃん派』という謎の集団が結成されていた。
「あれだよ、ショートカットだけどボーイッシュじゃないのがイイんだよ……」
「まだまだロリ入ってるのにママみがあるのがタマらないっすよね」
「貢ぎたい……ちょっと申し訳なさそうにしてるけど、俺らに配慮して渋々受け入れる健気な笑顔が見たい……」
「あの治療魔法を受ける為なら何度でもダンジョンアタックする」
「俺、今人気のデア・ナイア買ってきた。さっそく贈らせてもらう」
活動内容は『ナイアちゃんを愛でる・守る・貢ぐ』という最悪のキモ団体である。
はっきり言って衛兵に突き出されても文句は言えないレベルだ。
「おいおい、いいかお前ら! ナイアちゃんの治癒魔法は確かに素晴らしい! 何度でも受けたくなる気持ちは分かる! がっ、しかし! わざと怪我をしてナイアちゃんに負担をかけるようになっては本末転倒! 俺達ナイアちゃん派は! 聖女ナイアちゃんが健やかに治療院を続けられるよう最大限に努力せねばならん!」
ただ、正直ヤバい連中ではあるのだが、『無理してわざと怪我をして治療してもらう』という連中を止める抑止力にはなっている。
なので微妙にナイア自身にも彼らの活動を止められないという、非常に厄介な団体だった。
それはそれとしてナイアは比較的穏やかな日常生活を送っている。
しかし羞恥心に芽生えた今、わりと現状はダメージが大きかった。
「うう、師匠……なんかすっごく恥ずかしいんです」
「いや、まあ、なんと言おうか。仕方ないと言えば仕方ないというか」
「師匠に見捨てられた……」
「見捨ててねえよ⁉ でも仕方ないじゃん、ナイアのファンが生まれるのは止められないし⁉」
今日はリオールの下で修業をして、空いた時間にちょっと相談をしてみた。
もっとも彼はナイアちゃん派が結成される前からナイア推しなので、むしろキモ集団を自然の流れとして受け止めているらしい。
結果相談してもクソの役にも立ちやしねえ。
なんなら「正直気持ちは分かる」という絶望的な意見が返ってくるくらいだった。
閑話休題。
リオールは、初めての弟子に浮かれていることを除けば、『雷光』の名を冠する優秀な魔法使いだ。
彼は弟子を心配してオウマと共に独自で動き、迷宮関連の情報を集めてくれていた。
また、龍神教会のパスター司祭や聖女ユノと面識をつくり、迷宮で発見された碑文の解析もお願いしていた。
「ナイア、少しいいか」
「師匠、どうされましたか?」
「ああ、一定の成果があったんで、お前にも伝えとこうと思って」
“物質を魔力に変換する方法を研究する。物質からの魔力への変換を止めることが出来れば破滅への扉が開かれたときに扉を閉じることが出来るかもしれない”。
オウマから伝えられた異世界の助言をもとに、彼は独自に調査を続けてくれていた。
それがある程度まとまったようだ。
「まず、前提として。滅亡の識聖テネス・フェルロイ。その二つ名の由来は、『世界を滅亡させるほどの魔法の使い手』。かつて対峙した迷宮の悪魔の異能を解析し、固有魔法『滅亡』として技術に落とし込んだ。これは、あらゆる物質を魔力に変換し吸収する。それは生命……モンスターどころか人間すらも範疇に含まれる」
テネスが本気になれば大陸を、そこの生きるすべての命を魔力に変えられる。
かの魔法使いは比喩でなく世界を滅亡をもたらせてしまう。
それは予言された未来のナイアも同じ。違うのは、テネスの『滅亡』は異能を解析した技術であるのに対して、ナイアは迷宮の悪魔“そのもの”になるという点だ。
「で、俺が調べたのはお師匠の『滅亡』の原理。幸い、ナイアのおかげで龍神教会や聖女に伝手ができたからな。あくまでも仮設の上に成り立つ推測だが、一応の理論は立てられた。……ここからは、なんというか。宗教的な話になるからあれなんだけど、結論から言うと」
一呼吸を置いてから、リオールは語る。
「たぶんな、お師匠が物質を魔力に変換しているんじゃない。そもそも、あらゆる存在は魔力で出来ているんだ」
意味の分からない発言にナイアは戸惑う。
しかしリオールは静かに説明を続ける。
「この世界には神様が……創世神にあたる六柱のドラゴンがいる。それは寓話でなく実在の存在だ。彼らが命の基礎を作り出したのだとしたら、そこから進化してきた生命である俺達にもその影響はあってしかるべき。この世界において、魔力は架空のエネルギーではなく、人体を構成する……例えば、臓器に含まれた水分のような。直接見ることはできないけど重要な一要素、なんじゃないかと思う」
あくまで推測とはいうが、語り部たるオウマには納得のいく内容だった。
おそらくリオールの仮説は正しい。
「だけどそれだけじゃ全てが魔力になる理由の説明にはならない。だとすれば、お師匠の魔法の基本は“あらゆるものが魔力を有しているという前提条件に成り立った、存在の構成要素に対する干渉”。つまり『滅亡』は、類感魔法……似通った要素さえあれば拡大解釈でこの世の理を捻じ曲げてルールを変更してしまえる。端的に言えば、“ごく狭い範囲での世界改変”になる。……いや、我がお師匠ながら、とんでもない。そら他のも魔法使いには使えないに決まっている」
物質を魔力に変換する、というのは表に現れた形に過ぎない。
滅亡魔法の本質は局所的な世界改変だという。
「だとすると、そもそも大本である<滅びを告げるモノ>自体が、そういう世界改変能力を持つ、通常の悪魔よりも一段回上の存在って言うことになる。たぶん、悪魔というよりも、古い時代にこの都市で信仰された土着の神、堕ちた神だったんじゃないか? となればナイアが<滅びを告げるモノ>になるという未来も、なんとなく納得がいく。いつだって、神をその身に降ろすのはそれにふさわしい巫覡……巫女様と相場が決まっている」
そこまでの説明を聞いて、ナイアの方が小さく震えた。
リオールには離していないが、ナイアはかつては名前すら元なかった、テネス・フェルロイの被造物。
今なら分かる。おそらくテネスは迷宮の悪魔から得た知識や技術でナイアを想像した。
その結果彼女は、意図せず<滅びを告げるモノ>の依り代として最もふさわしい器となってしまったのだ。
「では、迷宮には、まだ神の残滓がある……?」
「俺はそう睨んでいる。迷宮で見つかった碑文は、案外神の契約書だったのかもな。神様が戒律を民に与える、っていうのは神話の定番だし。でも問題はそこじゃない。かつて俺のお師匠は、呪われた迷宮都市の呪いを解いている。つまり神が相手であれ、条件を満たせば抵抗はできるってことの証明だ」
そう言いながら、リオールは色鮮やかなネックレスをナイアに手渡す。
「これは……?」
「魔力遮断のネックレス型護符。正確に言うと、概念干渉とか精神操作とか、内側に作用する干渉系の魔力に対抗するアミュレットだよ。神様で在れあくまであれ滅亡魔法であれ、根本はその人が内包する魔力に干渉して事象を引き起こすことには変わらない。だから、その干渉を遮断することができれば、お前の悪魔化を防げるかもしれない。いや、実際どこまで通用するかは分からないから、気休め程度なんだけどさ」
気休めといってはいるが、アミュレットに込められた力は尋常ではない。
おそらくリオールは、現状彼が用意ができる最高峰の護符を用意してくれたのだ。
「あり、がとうございます。師匠からの贈り物……。いいえ、師匠の心遣い、籠められた思い。その全てを大切に、させていただきます」
「お、大仰すぎるだろ」
照れたリオールはそっぽを向いて頬をかいている。
しかし一転真剣な顔になる。
「迷宮で発見された碑文の解析も進めている。その序文はこうだった。“愛しき民たちに、我が祝福を与える”。……全文の解析もそう遠くない。だから、大船に乗ったつもりでいろ。これでもお前のお師匠、けっこう頼りになるんだぞ?」
「はい、信頼しています、あなたを」
語り部的にはそこで「あなたを」って言っちゃう辺りにゃんだかワザと勘違いさせる気なんじゃないかなーと思わなくもないが、ともかくリオールは全力でナイアを守るために動いているようだ。
「でも、我が祝福。悪魔とか邪神とかなのに、なんだか妙な感じですね……?」
「そこは俺も思う。まあ、今後の解析次第でまた違った情報が出てくるのかもな」
「ですね。ところでお師匠、碑文の解析ってどうやったんですか? ボクが聞いた話だと、聖女であるユノさんもパスター司祭も読めなかった、という話ですけど」
「……いや、あの」
言いにくそうにしているリオール。
それでも問い続けると、視線を逸らしたまま彼は答えた。
「……迷宮探索者にナイアちゃん派が増えた結果、魔法使いとか迷宮関係の研究者の協力者が増えまして。現在“ナイアちゃんは今のままがかわいい! 彼女を助けるぞ!”チームが研究に協力してくれています。チームリーダーは俺です」
「何してるんですか師匠⁉」
近付く予言の時。
<滅びを告げるモノ>となる未来に抗う一番の原動力が“ナイアちゃんカワイイヤッター”だとは、使い魔オウマも想定はしていなかった。
◆
ともかくナイアのために皆が頑張っている現状、彼女も今できることをするために動いていた。
「おや、ナイアじゃないか。久しぶりだね」
「こんにちは、ミランダさん。今日はお客としてお買い物に来ました」
ナイアは食料品店を訪ねた。
ミランダとこうして会うのは結構久しぶりだ。
「あんた、今ダンジョンの入り口で働いてるんだって?」
「はい、探索者の皆さんにもよくしていただいています」
「そりゃあよかった」
呑気に買い物を楽しんでいる……というわけではない。
ミランダと出会い交流し、学問所で縁を紡ぎ、娼館で学んだこともある。
師匠とも関係は良好、探索者連中も多少暑苦しいが悪い人は少ない。
つまりナイアにとってこの都市での生活は存外に楽しく、いつの間にか愛着というもの湧く。
同時に、彼女は多くに触れ成長してきた。
“ゲルガとヤウッバに話を聞きに行きましょう”
“仲裁は…わりと得意分野のはずなのでとりあえず両方誑し込みつつ言い分を聞きつつで何とかなる…かな?”
使い魔オウマが遠い世界の助言を告げる。
すると、なんと自ら方針を打ち立て行動を開始したのだ。
もっとも内容は、
『手作りお菓子で歓待する!』
というわりと子供っぽいものではあったが。
お菓子を振る舞い、探索者の代表であるゲルガと管理機構の長ヤウッバの両方と仲良くなり、橋渡しになればいいのでは?
「迷宮管理機構と探索者のいさかいを治めるために。ボク主催、ナイアのお茶会でヤウッバさんとゲルガさんには会談をしてもらいます」
そう言ってナイアは小さな胸を自慢げに張った。
<追加情報>
・リオールから魔力遮断のアミュレットを貰いました。
悪魔化にある程度抵抗できます。迷宮深部に入っても即座位に悪魔化することはありません。
【急募】いずれ破滅する少女を救う方法 西基央 @hide0026
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