14.我が親愛なる女神よ


【語り部】


 奇妙な形で解決を見た学問所放火事件。

 計画段階では捕縛できない。そのためナイアちゃん派の迷宮探索者が待ち伏せし、犯人が実際に火をかけようとした瞬間をふんじばるという手法が取られた。

 何故それが可能だったかって?

 そんなの思った以上にナイアちゃん派が多くて、交代要員が沢山いたから一日中張り込みが可能だったせいだよ! なんだよ意味わからない状況だよ! ……とオウマが叫び声をあげていたとか。


 閑話休題。

 ともかく事件は起こる前に止められたが、問題が残らなかったわけではない。

 今回の件はナイアちゃん派の存在がなければ、明確に迷宮信仰者『破滅の信徒』が引き起こしたもの。しかも魔物の家畜化に失敗し、モンスターを地上に出してしまう失態のすぐ後だ。

 これに対して現状の維持を唱えていた迷宮探索者が強く批判したのだ。


「こうなっちまったのは、迷宮管理機構の失態じゃねえぁ! 何故破滅の信徒を野放しにする! まず取り締まるべきは奴らだろう⁉」

 

 筆頭は、都市でも高位の探索者であるゲルガという男だ。

 彼にはゼダという息子がおり、その子も学問所に通っていた。もし一歩間違えれば息子を失っていたかもしれない。

 それだけに怒りは一際大きい。

 

 しかし管理機構は特に動きを見せない。

 迷宮による都市の発展を掲げる破滅の信徒は、その性質から管理機構にもシンパが多い。

 そもそも機構の長であるヤウッバ・アロリスキー自身がゴリゴリの迷宮信仰者であるからだ。

 結果、破滅の信徒の暴走が見逃されてきたのはヤウッバ氏のせいでもあるのではないか、と主義者でない探索者が機構そのものに不信感を抱くまでになっていた。


『ヤウッバの罷免を都市国家自体に訴えるべきでは?』


 探索者の論調は統一され始めている。

 逆に管理機構の方も、暴走する探索者をどうにか制御せねばとその方策を模索しているようだ。

 互いの関係は、近年類に見ないほど悪くなっていた。





《追加情報》

・探索者と管理機構の関係性が悪化しました……。

 お互い利害関係があるため即座の破綻とはいきませんが、火種にはなり得ます。







 ダンジョンを取り巻く状況は悪くなってきたが、街は相変わらず平穏だ。

 ひとまず死ぬはずだった職人の娘リッカも生き残った。

 ナイアをモデルにした彼女はその後も精力的に服飾制作に励む。


「やった……ナイアちゃん、できた。できたよ、コンペ用の服が」


 そうして、リッカはついに自身のデザインを形にしてみせた。

 マニッシュショートボブの美少女に合わせた、暖色系の活動的な衣服だ。

 ハイウエストのパンツに、ゆとりのある赤を基調としたトップス。フェイスラインを隠さない、つばが狭く浅めに被る帽子。上下ともに貴金属による細やかな装飾があしらわれており、コーデの統一感を増していた。

 ナイアに合わせた、ナイアの魅力をさらに押し上げる衣装だった。


「これが……ボク?」


 その出来栄えは見事で、着飾ったナイア本人があまりのハマりように驚いてしまうほど。

 リッカも渾身の一着にガッツポーズを決めていた。


「ありがとう、ナイアちゃん。私がここまでできたのはナイアちゃんのおかげ。やっと一歩、職人に近付けた気がするっ」

「そんな、ボクはなにも。むしろボクの方こそありがとう。こんなに、キレイな服を」

「ううん、ナイアちゃんに見劣りしないには、このくらいは当然だから」


 出来上がった服の完成度に、リッカは自身に満ち溢れた様子で笑みを浮かべる。

 

「ぜったいっ! 服飾店ルッカトミのコンペに勝ってみせるよ!」


 少女は、そう高らかに宣言をした。









「ごめんなさい、むりでした」


 ……が、そうそう上手くはいかないのが世の常人の常。

 一か月後、コンペの結果が返ってきた。

 しかしリッカの服は残念ながら選ばれなかった。


「うう……」

「あ、あの、ごめんなさい? やっぱりボクがモデルじゃ、ダメだったんじゃ……」

「ち、違うよ。ナイアちゃんのせいじゃなくて、私がダメだったというかシトーさんが一枚上手だったというか」

「シトーさん?」


 意外なところで出てきた名前にナイアはこてんと首を傾げる。

 なんと、あれだけ才能の無さを嘆いていたシトーこそが今回のコンペの最優秀賞を獲得したらしい。


「それって……」

「私の服にも、店長さんがコメントしてくれたんだ。“デザインは優れている。狭間の時期の女性を彩る服、というコンセプト通りに大人の色気でも幼い可愛らしさでもない、ごく短い少女の時期の美しさを盛り立てるいい服だ。でも、ちょっと出来が良すぎる”って」

「出来が良いのは、いいことでは?」

「うん、私もそう思った。店長さんも、これ単体を見るなら素晴らしいって言ってくれた。それでも商品として見た時は、シトーさんの服の方が優れてるって」


 リッカの服は子供とも大人とも呼べない多感な時期の少女に似合うデザインではあった。

 デザインも装飾も出来が良いだけに、地味な容姿の少女が着るには違和感がある。派手な美貌にしか合わない服じゃ店売りには出来ない、という評価だった。

 つまりアレだ、全力で素晴らしいデザインを求めすぎた結果。

 芸能人が着ればスタイリッシュに見えても一般人が着るとなんかビミョーな、着用者の顔に左右される出来になってしまった、という評価らしい。


「でもシトーさんのは違った。デザインよりなにより、着心地と伸び代に着目していた」


 逆にシトーの服は、飛び抜けたセンスではなかったが、十二分に標準を超える優れたデザイン。普段着よりもワンランク上の、特別な服を演出している。

 その上で肌触りや着用感にも注視し、まだまだ成長途中の少女に無理をさせない着心地の良さがあった。

 同時に、奇抜さがないだけに、着回しコーデも容易。

 つまり“ワンランク上のオシャレ”を達成しながら、“着心地”と“コーデの容易さ”と、デザインよりも商品としての優秀さが評価された形だ。

 こればかりはいくら才能があってもリッカには出来なかったことだ。


「そう、ですか……」


 ナイアはかける言葉を見つけられなかった。

 悲しそうなリッカを慰めてやりたいが、悩んでいたシトーが一歩を踏み出せたことが嬉しくもある。

 どちらに対しても一定以上の思い入れがある少女はひどく複雑な心境である。

 だから素直に感想だけを伝えた。


「でもボクは、リッカちゃんの作ってくれた服、好きです。こんなにキレイな服で、着飾れるのすっごく嬉しかった」

「……ほんと?」

「はい。だから、あんまり落ち込まないでください。ボクはリッカちゃんの最初のお客さんで、最初のファンだから。今回は残念だったけど、いつか、あのリッカの初期デザインを着たことがあるって自慢できる日が来ると思っています」

「……うん、そうだよね。私が経験不足なんて分かり切ってること。ここからだよね!」


 どうにか持ち直したリッカは、自分の顔を両手でぱんっと叩いて気合を入れ直す。


「よーし、ありがとうナイアちゃん。私、負けないよ! 次はぜったい、シトーさんの“デア・ナイア”に負けない服を作ってみせる!」

「はい、その意気です。……え、なんて?」


 リッカが元気になったことを喜ぶナイアだが、出てきたよく分からない単語に眉を顰める。


「あの、リッカさん。その、それは……」

「え? デア・ナイアのこと? シトーさんがコンペに勝って、少女向けに出る服の総称だよ。着心地良く、着回しコーデが容易なワンランク上のオシャレ着“デア・ナイア”っていうの」


 聞いた瞬間、ナイアは工房に走り出していた。




 ◆





「シトーさんっ」

「ナイアちゃん? どうしたんだい、そんなに慌てて」


 工房で普通に仕事をしていたシトーは、いきなり訪ねてきたナイアに少し驚いた様子だった。


「……ひとまず、コンペ、おめでとうございます」

「あ、もしかしてリッカさんから聞いたのかな。ありがとう、君のおかげだ」


 弱気そうに見えたシトーが、今はとても穏やかな様子だ。

 目にはナイアへの強い感謝が宿っている。


「あの夜、ナイアちゃんが話を聞いてくれた。頭を撫でてくれた。あの瞬間があったから、吹っ切れた。これからは才能がないなんて嘆かず、できることをせいいっぱいやっていこうと思う。そうだな、自分の工房を持つ、なんて夢もできたんだ」


 照れくさそうに頬をかくシトー。

 喜ばしい状況ではあるのだが、今はそこに意識を割く余裕がない。


「それは、よかったです。でも、ボクが聞きたいのはそこじゃなくて。あの、コンペの服の名前……」

「ああ、それも聞いたのか。僕の考えたデザインの服が販売されるんだ。一着だけじゃなく、ルッカトミが取り扱うブランドの一つみたいな形でね。しかも名前を自分で決めていいってことになったから。はは、照れるけど……やっぱりつけるなら、ナイアちゃんしかないかなって」

「え、なんでですか?」

「デア・ナイア。デアは古い言葉で女神を意味して、同時にDear(親愛なる)という意味もある。つまり訳すと“親愛なる我が女神ナイア”となるんだ」

「おかしいです。とてもおかしいですシトーさん」


 どれだけボクのことを神格化してくれるの? とナイアは珍しく本気で焦っている。

 そしてオウマはぷるぷる笑いをこらえている。


「いつかナイアという名前が、ファッションの最上位を表す言葉となる。そうなれるくらい素晴らしい服を、デア・ナイアを作り続けていきたい」


 なんか妙な決意を胸に目を輝かせるシトー。

 

「その手始めにまず、この都市国家トランジリオドに住む少女にとって、デア・ナイアが憧れとなるように、これからも僕は頑張っていくよ!」


 ……やべえ。

 問題は解決したのに、そのために頑張ったのに、何故か一番追い詰められているのはナイアだった。


「あう、あう、あ……」


 ものすごく恥ずかしい状況だが、希望にあふれるシトーを止めることもできない。

 ナイアは顔を真っ赤にして、ただ口をパクパクさせていた。





 第二の予知・了






《追加情報》

・都市国家において“デア・ナイア”という少女向けブランドが確立されました。

 妙な形でナイアを知る人が増えます。


・ナイアに羞恥心が芽生えました。


・予言が二つ開示されます



《予言》

・探索者ゲルガと管理機構のヤウッバが明確に対立し、どちらかが命を落とす。


・少女が滅びを告げるモノとなる。



 ※話の進め方で、リオールが裏で動くことが推奨されているため、次話で独自の行動で得られた情報が開示されます。

 




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