港の少女

帳 華乃

港の少女

 遥か後方に流れていく街並みを視界にいれないように見つめるスマートフォンの画面は少し眩しすぎる。ふと目薬を差した直後と同じ揺らめきを感じて、必要ない水分が目から溢れでないように何度も瞬きした。

 目的の駅に着くまで約一時間半。そして新幹線に乗り換えてまた一時間半。時間はたっぷりあるから何度も観たつまらない映画をまた観るつもりで、オフライン再生のダウンロードをして来た。動画配信サービスのアプリを開く。再生ボタンを押す。待つ。再生できませんの表示。再生ボタンを押す。待つ。再生できませんの表示。

 思い通りにいかないことに少し苛立って、スマートフォンの角を爪で弾く。このつまらない映画の、パッとしない性格の冴えない主人公が浜辺を無意味に歩く尺稼ぎみたいなカットが観たいのに。コンビニ帰りの女子大生が、ポニーテールを風に揺らしてサンダルを濡らして歩いているカットが。

 本当は私はさっき発ってしまった街の港にいて、それは君が車で迎えに来ることができるくらいの距離にあって、「こんな時間に海を見るなんてらしくないね」と言ってくれる、そんな時間が有り得ていてくれたならよかったのに、私は今一人だ。言葉を交わす誰かも無く、自由席に深く腰かけたまま、普段はよく乾燥して痛むくせにこんな公共の場で涙を浮かべたがる皮肉な瞳を気にかけている。

 私は映画の港の少女にはなれないのだ。ロマンチストになりきれず、素朴な可愛らしさも持ち合わせず、ただ曖昧な物足りない空想にふけることしかできない。だけど、君の車のナンバーの四桁の数字だけは覚えていようと思う。ノスタルジックな港ではない、中途半端に寂れた駅のロータリーですぐに見つけられるように。

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