第6話 All Things Must Pass.
「高井さん。お話はよく分かりました。技術的に不可能だということもわかりました。でも、今私は、とてもつらいのです…。メーカーでも修理不可能、完全な再現はできない、そんな製品を作っているなんて、まるで欠陥製品を作っているのではないですか!」
思わず声を荒げてしまった。
「あ、いや、高井さん失礼しました。「欠陥製品」なんて言葉を使ってすみません。電球が使えなくなって、交換するときに「欠陥製品」なんて思わないですものね。本当に失礼しました。「非常に優れた製品」だったからこそ、「ロボット」ということを忘れて、パートナーだと思ってしまっていたんですよね。でも、ショウとの別れが…、こんなに急に…」
私は言葉が出なくなってしまった。まるで悪い夢の続きを見ているようだ。まるで現実感がない。
高井氏は、放心状態でへたり込んでしまった私をしばらくそのままにしてくれた。決して私を放置していたわけではない。言葉を失い、何も考えられない私のそばに椅子を持ってきて、静かに一緒に座ってくれた。それだけでありがたかった。
しばらく間をおいて、氏が私に声をかけてくれた。
「田中様。弊社では、田中様のように長期間弊社の製品をお使いいただいている方で、製品の故障でいわゆる「ペットロス」のような喪失感で苦しまれる方がしばしばおられます。そういったお客様に対して、「グリーフケア」部門を用意しています。ネットでの面談、ということになりますが、予約をお取りしますね。」
「はい…。ショウは、妻を亡くして何もできなくなった私のために、息子が買ってくれたのです。介護保険では、『3年で新機種に交換』が強制されているでしょ。それが気に入らなくて、購入という形を取ったんです。長い間のパートナーだったので…」
「そういう理由で『購入』という形を取られるお客様も少なからずおられるのです。ただ、どうしても一緒にいる時間が長くなるほど、愛着がわいてしまって、機械が故障した時に『ペットロス』となってしまうことが多いのです。介護保険で『3年ごとの機種変更』が義務付けられているのは、IoTのセキュリティーや機械トラブルの問題だけでなく、『ペットロス』が起きないよう、愛着がわきすぎないようにするためでもあるのです」
なるほど、そういうことか…。国も馬鹿ではなかったのだ。ケアマネージャーさん、勉強不足だろう。でも、ショウとの長い時間が無ければ、私は立ち直れなかっただろう。選択を間違えたわけではない。
「高井さん。お気遣いありがとうございます。私はショウと過ごした時間をとても愛おしく感じています。ショウは私と過ごしてよかったと思ってくれていたのでしょうか?」
「田中様。ご存じのように、弊社のイヌ型介護ロボットは、目と尻尾でその時の感情を表しています。感情の判断は、メインプロセッサボードに感情判断システムが搭載されています。人間など、脳の発達した生物ではそのような「感情」をつかさどるのは「扁桃体」という部分なんです。英語で「アミグダラ」と呼ばれるのですが、弊社の開発スタッフが「アミグダラ」をもじって、「アミダシステム」と呼ぶようになったのです。いや、これはどうでもいい話でした。脳の構造を模した人工知能システムなので、アミダからの出力は行動などに影響を与えるように作られています。アミダの状態も記録されているので、診断機で確認できます。それを見ると、「怒りモード」はほとんどなく、穏やかに過ごしているのが見て取れます。こう言うと『冷たい』とお感じになるかもしれませんが、ロボットが「一緒に過ごせてよかった」と考えているかどうかはわかりません。そのような機能を実装していませんから。ただ言えることは、『ショウ様は、田中様と穏やかな時間を過ごした』ということ。これは断言できます」
高井氏の言葉を聞いて、それまで全く出る気配がなかった涙が溢れてきた。
「すみません…。大切な仕事場で…。皆さんも一生懸命にお仕事をされているのに…。すいません、少しだけ泣かせてもらっていいですか…」
何とかその言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。嗚咽が止まらない。声を殺すので精いっぱいだ。
「ショウが私と過ごした時間は、ショウにとって『穏やかな時間』だったのだ」
そのことが分かっただけで、救われた気になった。そういえば、ショウが言っていたじゃないか。『諸行無常』だと。ショウが今の状況を予想していたわけではないだろう。でも、ショウのあの声、諸行無常という言葉を思い出すと、単なる偶然ではないように感じられる。
「高井さん、泣かせてもらって、ありがとうございました。つらいですけど、少し気持ちの整理が尽きました。」
「いえいえ。田中様の気持ちが落ち着かれて何よりです。では、実務的なことをお話しましょう。介護ロボットがいないと、生活が回らないと思います。帰宅されたら、ケアマネージャーさんとお話ししていただき、新たな介護ロボットの導入を調整してもらってください。一般的な流れなら、ケアマネージャーさんから弊社、あるいは他社さんでも、ご連絡をいただければ、一両日中に新しい介護ロボットの用意ができるはずです。それまでの間、当社から介護ロボットのレンタルサービスをお使いいただこうと思います。レンタル費用は、修理費に含まれています」
「わかりました。サポートしてくれるロボットがいないと、とても不便ですから、とても助かります。修理費用と、後、一番気になっているのですが、ショウはどうなるのでしょうか?」
「当社の規定では、予約での持ち込み修理は基本料2万5千円、緊急の持ち込み修理なら、3万5千円の基本料金に交換パーツ代がかかります。それに加えて、今の修理システムで対応できない旧型のものであれば、機種の古さによって、4万円から8万円の加算がかかります。ショウ様はきわめて古いタイプなので、8万円の加算がかかります。交換パーツはありませんので、修理代としては11万5千円に消費税、という金額になります」
11万5千円か…。年金暮らしの老人にはとてもきつい金額だ。大地や祐奈の負担にはなりたくないのだが、相談しなければならないな、と思った。
「あとは、修理不能となった個体についてですが、生産終了となったロボットについては、修理用パーツの入手が困難となっているので、言葉は悪いですが、「部品取り」用として引き取らせていただいています」
あぁ、そうなのだ。いくらこちらの思い入れが強くても、所詮はロボットなのだ。「部品取り」と聞くと印象は悪いが、「古い製品も、長く使ってもらう」という視点では大切なことだ。人間でも、「死体臓器移植」が行なわれているはずだ。「部品取り」と言われると辛いが、「臓器移植」なら、納得できる気がする。
「ただ、ショウ様については、同形式のものはほぼ使用されていませんので、「部品取り」という用途もないように思います」
あぁ、年を取りすぎて、臓器移植にも使えないのか。切ないものだなぁ。
「ただ、最初ご挨拶させていただいたときに、弊社の親会社が運営している「博物館」のことをお話ししたかと思います。」
そういえば、そんなことを言っていたように思う。あの時はあわてていて、上の空だった。
「『Dull』社と合併後の製品については博物館に保管、展示しているのですが、合併前の「Dull」社の製品ですね、こちらの展示物が不足しているのです。「Dull」社は、自社製品の博物館を持っていないので、「Dull」社の介護ロボットについては、博物館が必死で探している現状なのです。なので、私からのご提案ですが、『博物館からの購入』という形でショウ様を博物館に譲り渡し、ショウ様のお身体の買取価格と、修理費用を相殺してはどうか、と考えております」
あぁ、なるほど。ショウは機能を失い、動かなくなっても、ショウを必要としてくれるところがあるのだ。歴史を伝える展示物として、ある意味「永遠の命」を手に入れるのだ。
「高井さん、とても良い話だと思います。ショウは「介護ロボットの歴史」の証人として、残り続けるのですね。部品取りとしてバラバラになるよりはうんとましだと思います。私の自宅に持って帰っても、動かないショウを見て、悲しくなるだけですものね。その提案に乗らせてもらってよいですか?あっ、新しいロボットのレンタル代は?」
「田中様、ロボットのレンタル代は、修理代に含まれていますので、もちろん、相殺、という形になります。なので新しいパートナーが来るまでのレンタル料は無料です。あと田中様、ショウ様のデータストックメモリから回収できるデータを回収し、AIで編集した「思い出画像」を弊社お客様クラウドにアップしておきます。明日以降アクセス可能となります。IDと暫定パスワードはこちらです。」
ショウとの思い出画像か。多分ショウの視点から見たものだろう。最近はそのようなサービスもしてくれるのだ。どんな画像が出てくるのだろう。明日への楽しみが一つできた。
「田中様、レンタルロボットの配送と、ショウ様の充電セットなど付属品の回収は夕刻までにできるよう調整しておきます。ご愛用の、いや、共に過ごされたパートナーがいなくなられた心痛はなんと申し上げて良いかわかりません。このような形でお帰りいただくのは大変心苦しいですが、どうぞご心痛が早く落ち着かれることを願っております。グリーフケア部門にも連絡済みですので、PCにメールが届いていると思います。そちらのものともお話しいただければと思います。」
「高井さん、先日ショウが、何気ない会話の中で『諸行無常』って言ってたんですね。今回のことで、改めてその言葉を思い出しました。いろいろご配慮いただき、ありがとうございました。ショウのこと、どうぞよろしくお願いします。博物館の方にもよろしくお伝えください」
そして、修理台に横たわるショウの頭を撫でた。
「ありがとう…。本当にありがとう…。」
止まらぬ涙をぬぐいながら、頭や身体を撫で続けた。私の体の中は、悲しみの色と感謝の色で染まっていた。高井技術部長の後ろから夏の暑い光が差し込んでいた。祐子との別れの時に見た、冬の柔らかな日差しではなく、力強く。
介護ロボットは上方落語の夢を見るか 川線・山線 @Toh-yan
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