『呪』
木子 すもも
『呪』
神さまに祝福されなくても、悪魔には祝福される、禁断のおまじないって知ってる?
*
「――ねぇ、レイチェル。こんなおまじないを知ってる?」
あたしたち以外は誰もいない二人きりの教室で、親友のシンシアが相好を崩す。
『可愛い』。
そんな風に思ったことをおくびにも出さず、あたしはわざとらしく溜め息を漏らす。
「……はぁ、また何か変なおまじない?」
「変とは何よ。今度のおまじないは凄いんだから!」
おまじないが三度の飯より大好きなあたしの幼馴染シンシア。
プラチナブロンドの美しい髪を持つ彼女とは、同じ病院で産まれ、同じ時刻に産まれた、切っても切れない腐れ縁のような関係だ。
どこに行くのも一緒、何をやるのも一緒。
絶えず離れずあたしたち二人は、十四年ものあいだ本当の姉妹のように育ってきた。
シンシアとは家族――いや、それ以上の関係だ。
「で、おまじないって?」
呆れた顔つきでシンシアに先を促す。
「んっふっふ。聞きたい?」
口に手を当てて、にんまりと笑うシンシア。
勿体ぶったその態度に、あたしは意地悪をして、素っ気ない態度を取ることにした。
「……別に」
そっぽを向くあたしに、シンシアが『ふぇぇ……』と声を震わせた。
泣きたいなら泣くがいい。
どうせいつもの嘘泣きだろう。
「ひっく……、せっかくレイチェルとわたしが幸せになる耳よりのおまじないを教えてもらったのに……」
「あたしとシンシアが幸せになるおまじない? 何よ、それ?」
「……気になる?」
手で顔を隠しながら、こちらを覗き見るシンシア。
その様子から、先ほどのはやはり嘘泣きだったことを知る。
「レイチェルは……、わたしのこと好き?」
「急にどうしたのよ?」
「いいから! ちゃんと答えて!」
どうやら真面目に聞いているらしく、シンシアは怒ったような態度を取る。
「……好きだよ」
「ホント?」
「あたしとあなたの仲で嘘なんかついたって仕方ないでしょ」
頬を紅潮させながら、そっぽを向くあたしに、シンシアが抱きついてきた。
「ちょっ! 暑苦しい!」
「レイチェル、わたしも……。わたしもあなたのことが好き……!」
「……ありがとう。で、結局何が言いたいのよ」
「えっとね、もしも……、もしもわたしのことを愛しているのなら、今から言うことを一緒にして欲しいの……」
「愛しているのならって……はあああああああ!?」
あたしは突然のことに素っ頓狂な声を上げる。
「わたしがあなたに向けている好きは、愛してるの好き。レイチェル、あなたは……?」
「ちょっと待って! 考えが追いつかない! あなた、あたしのことをそんな目で見ていたの!?」
「そうよ、悪い!?」
「いや、別に悪くはないわよ……。でも……」
「なに? 女同士で愛し合うのはおかしいってわけ?」
シンシアは大きく頬を膨らます。
リスのようなその姿は、愛らしくて、少々の可笑しさがある。
「えっと、あなたのその気持ちは嬉しい。でも、その気持ちは神さまから祝福されないものだわ」
「神さまなんかに祝福されなくたっていいじゃない!」
「そうはいかないわ。神さまに祝福されなかったら、子供を授かれないじゃないの」
「それはわたしも分かってるわ。だから、その為のおまじないなの!」
あたしの鼻先に指を突きつけるシンシア。
あまりの気迫にあたしは大きくたじろいだ。
「その為のおまじないって、あたしに何をさせたいのよ?」
「――あなたの小指をちょうだい」
びゅう。
強い風が吹きつける。
窓にかかっていたカーテンが勢いよく大きく揺れた。
「……小指って、あなた、本気?」
「わたしは本気よ」
突拍子もない発言に思わずシンシアの正気を疑うが、すぐさま『ああ、こいつはこういう奴だった』と思い直した。
「……あなた、いったい何のおまじないをしようとしてるの?」
「〝
「何それ?」
「わたしがしようとしているおまじない。同性同士で愛し合う者たちが互いの小指を食べ合うと、その者たちは永遠に結ばれるんだって」
「……所詮、おまじないでしょ?」
「わたしはそうは思わない」
困った。
非常に困った。
シンシアは一度決めたことを絶対に曲げない。
やりたいと思ったことは何が何でもやる。
それであたしが今までどれだけ苦労してきたことか……。
〝柘榴の祝福〟だっけ。
――多分、いや、絶対、今回も実行するまで引かないのがシンシアだ。
どうしよう……。
小指を食べ合うなんて馬鹿な真似は絶対にしたくない。
――考えろ。
考えるんだ、あたし――。
しばしの時間が経過して、あたしは静かに口を開いた。
「えっと」
「最初に言っておくけど、写真に撮った小指を食べ合うなんてのは駄目だからね」
ギクリ。
あたしは驚いて、大きく喉を鳴らした。
「そ、そんなこと言わないわ。小指を食べ合う、ね。いいじゃない。やってやろうじゃないの」
「さすがレイチェル! 分かってくれると思ったわ!」
「じゃあ、あたしからやるから、小指を出して」
これから行う儀式に少々の不安があるのか、シンシアは恐る恐るあたしの口元に小指を突き出した。
「……歯を食いしばって。行くわよ」
――沈黙。
シンシアの歯を食いしばる音が聞こえる――。
「……痛いのは嫌だから、一思いにやってね」
あたしはシンシアの小指をゆっくりと口に運ぶ。そして――、
すぐさま口から外に出した。
「――え?」
予想外のことに事情が飲み込めず、きょとんとした顔つきになるシンシア。
「だから! これで終わり!」
「……どういうこと?」
「食べるって、口にするって意味でしょ? 口にするって、口に咥えるって意味でもあるから、これでもういいと思うんだ、あたし」
――沈黙。
先ほどとは打って変わって、場が凍りついたかのような沈黙だ。
「……レイチェルはわたしのこと愛していないんだ?」
「愛してないわけないじゃない。あなたを愛しているからこそ、馬鹿な真似は出来ないってこと」
「……あは」
「ん?」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
突如、シンシアが狂ったように笑い出した。
「な、何よ……」
「……あのおまじないはね、本当は『悪魔』の正体を暴くおまじないだったの」
「あ、悪魔ぁ?」
けったいなことを言われ、あたしは口を開けて呆然とする。
「……あなた、レイチェルじゃないわね」
シンシアが何を言っているのか分からない。
――あたしはあたし。
あなたの親友のレレレレレレレレレレレレレレ――。
「『悪魔』め! よくもレイチェルを!」
〝オレ〟が気付いた時には、シンシアは刃物を握っていた。
シンシアは〝オレ〟の左胸に刃物を突き刺すと、泣きながら何度も何度もそれを繰り返した。
身体の感覚が段々と無くなって行く。
しばらくして、〝オレ〟の意識は煙のように消え去って行った。
*
――わたしの親友のレイチェル。
レイチェルはわたしと同じ、狂の字がつくほどのおまじない好きだ。
少し前のこと、レイチェルはあるおまじないで『悪魔』と契約を交わした。
悪魔と何の契約を交わしたのか、わたしにそれは分からない。
しかし、確かなことは、彼女は悪魔に魂を奪われてしまったということだ。
悪魔は完全にはレイチェルになり切れなかった。
それがアイツ……〝柘榴の悪魔〟の敗因だ。
大好きだったレイチェルはもういない。
わたしと彼女の関係は、幻の如く消え去ってしまった。
涙が止まらない。
わたしはその場に泣き崩れる。
――その時、わたしはわたしの中で、微かな胎動を感じた。
レイチェルはもういない。
しかし、彼女とわたしの〝子供〟は、今確かにここにいる――。
「レイチェル、愛しているわ……」
*
柘榴には、〝三つ〟の花言葉が存在する。
柘榴の花の〝円熟した優雅さ〟に――、柘榴の実の〝愚かしさ〟と〝結合〟である。
〝柘榴の悪魔〟の力とは、その〝三つの花言葉〟にあった――。
『呪』 木子 すもも @kigosumomo
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