琉球怪談~イラブドゥとアナムンガナシ~
志波 煌汰
南国の島の怪談
怪談。
最近流行ってるらしいね……いや、昔からずっと流行ってると言えば流行ってるけど。
廃れるようなもんでも、ないかもしれない。
ただまあ、流行ってると言うか、盛り上がってる? らしいって聞くよ。
うちのお店に来るお客さんとか、働いてる子とかも割と好きーって言う子、いるしね。
ほら、なんだっけ。怪談師? っていうんだっけ? 若手の人が活躍してるとか、なんとか。
詳しくは知らないけど。
ただなあ。
ああいうのって、どうなのかね。
どうって言うか、なんて言うか。
話してる方も、どこまで信じてるんだろうって気がするよね。
他人から聞いた話を語ってる人はともかくさ。
自分の体験談として語ってる人は……どこまで本気でそれを信じてるんだろうね?
ほんとに自分は幽霊を見たとか、超常現象にあったとか、思ってるのかな。
いや、当然信じてる人もいるんだろうけど。
中にはさ……人に語ってるうちに、話をついつい盛っちゃってるってこともあるわけじゃない。
そうしてるうちに自分でもその「盛った話」の方に記憶を引きずられちゃってたとか。
自分でも知らず知らずに話を大げさにしちゃってたけど、改めて確かめたらそれほどでもなかったーってこと、ままあることじゃない?
話すことで、自分自身も騙しちゃうって言うのかな。
それ自体がなんていうか、怖い話だよね。
お客さんは、幽霊とか、神様とか、あの世とか、そういうの信じてる人?
ま、私はどっちでもいいけど。
自分が信じてないのと、他人が信じてるのを否定するのは別の話だからね。
ところでお客さんの顔、見覚えある気がするんだけど。
もしかして、テレビに出てたりとかしない?
違う? そう。
オシャレな小物付けてるから、芸能人かと思っちゃった。
じゃあ私の勘違いかな。
どっかで見たことある気がしたんだけどな。
……ん、私?
ああ、まあ……あるよ、一応。
うん、怪談。
あんな前振りしておいてなんだけど、一応ね、話のネタ程度には。
大した話じゃ、ないけどね。
あくまで体験談だから。
聞きたい?
まあそういうんだったら、話してもいいかな。
私が子供の頃……島に居た頃の話なんだけどね。
そう、島。
私の出身は、南国の離島でね。
って言っても、沖縄じゃないんだよ。
ほとんど沖縄みたいなもんだけどね。ギリギリ鹿児島県。
鹿児島本土より沖縄の方が近いくらいだから、ほぼ沖縄なんだけどね。
昔は琉球王国の一部だったとかなんとか。
奄美大島、って知ってる?
数年くらい前に世界遺産に登録されて、そこそこ話題になったんだけど。
まあコロナ禍真っ最中で、旅行も自粛ムードだったから知らない人も多いかも。
とにかく、鹿児島県の端っこあたり、ほぼ沖縄じゃん、みたいなところにそういう島があるんだよ。
で、その奄美大島周辺の島々は奄美群島って呼ばれてて、私の地元もそんな島のうちの一つ。
島の名前?
聞いても分からないと思うよ。マイナーな島だし。
今までこの話して、知ってるって人ほとんどいなかったから。
まあ別に隠すようなものでもないから言っちゃうと──島ってところだよ。
そう、──島。
別に知ってるふりとか要らないからね。分かんないって反応には慣れてるし。
まあそんな、ドのつく田舎の島なんだよ。
絶海の孤島ってやつだね。
で、そんな田舎の離島で私は生まれ育った。
いいところだよ?
気候は暖かいし、人も暖かいし。
馬鹿でかい台風が毎年のように直撃するのは、大変だったけど。
いいところだと、思う。島を出た今でもね。
ただまあ、ちょっと擁護出来ないくらいの田舎ではある。
牛糞とか、普通に道端に落ちてるからね。
休日は畑の手伝いとか、ザラにあったし。
おじいちゃんは島口……方言のことね。それが強くて何言ってんだか分かんなかったし。
これは聞いた話だけど、うちの島の方言って、なんか日本語で使わない母音を使ってるとか、なんとか。
私ら世代だと普通に標準語で育ってるからね。島口なんて全然分かんないの。
単語だけはいくつか染みついちゃってたけどね。
島出てすぐのころはそれで恥かいたこともあったっけ。
話が逸れちゃったね。
で、そんな田舎だから色んな風習やら行事やらも残ってるわけ。
都会の人から見たら、奇習だとか因習だとか言われそうなやつがね。
ある時期になると浜辺に掘っ立て小屋を作って、一晩中そこで過ごすとか。
かかしを担いで集落中を回り、家々に餅を要求するとか。
通行人全員がバケツとか洗面器とか持って、誰彼構わず互いに水をぶっかけあうとか。
色々ね、あるよ。
学校の先生がなんかの時に教えてくれたんだけど、昔は死体を埋葬しないで、洞窟に置き去りにしてたっていうんだからびっくりだよね。
いわゆる風葬ってやつ。トゥール墓って言うらしいよ。
ああ、もちろん大昔の話だよ? 今は普通に火葬してる。
それでも、私が生まれるちょっと前くらいまでは土葬が一般的だったって言うんだから、これもまた信じられない話だよね。
で、私の話は島にあるそんな風習、行事の一つにまつわるお話。
前置きが長くなっちゃったね。
ここからが、私の体験談。
私の生まれ育った集落は「
そこの外れに、一つの洞窟があるの。
地元の人間は「イラブドゥ」って呼んでたかな。
意味?
知らないよ。古い島口なんだから私が知るわけない。
とにかく、そういう特別視されている場所があるわけ。
いわゆる鍾乳洞ってやつでね。海側に向かって伸びてる洞窟なんだけど。
そんなに大きい洞窟じゃないよ。
一番奥まで行っても、せいぜい100メートルあるかどうかじゃないかな。
珍しいのは、その一番奥にある泉でね。
泉、って言うのもまた違うのかな。水たまり、って言うのも多分違う。
何しろ底がなくって、海まで繋がってるらしいから。
え? うん。
イラブドゥがあるのは内陸だよ。
陸にある洞窟が、そのまま海まで繋がってるの。400メートルだか500メートルだか続いてるんだってさ。
海底洞窟って言うんだよ、確か。珍しいよね。
神秘的ってことで、観光客も良く来るらしいよ。別に地元民しか入れないわけじゃいからね。
泉……正確には海なんだけど。その手前に鳥居が意味ありげに建ってるのも、また神秘的ー、ってことで、パワースポットとしても人気なんだって。
私は神秘的って言うより、どちらかと言えば怖く感じるけどね。
深くて、暗くて……水が入った落とし穴、みたい。
どこか怖いところに繋がっていて、うっかりすると連れていかれるような、そんな気がする。
あの世、とか。
きっと、リョウちゃんもそうやって引きずり込まれたんだろうね。
そんなイラブドゥで毎年行われるのが、「ヨムツメイ」って行事。
毎年盆に近い新月の日にやるの。
って言っても、別に大した風習じゃないんだけどね。
ちょっと変わったお墓参りみたいなもんだよ。
当日の夕方くらいから、集落の人間はイラブドゥの前の空き地に集まりだすの。
で、そのままそこで飲み食いを始めるわけ。皆で持ち寄ったご飯を食べて、お酒なんか飲んでね。
食べるのはいわゆるごちそうって感じ。特にこれって決まってるわけじゃないけどね、島のお祝い事で出る料理が出る感じかな。卵焼きとか、豚の塩漬けとか。
あちこちの家族同士でお酒を酌み交わしたり料理を交換したりして、ワイワイガヤガヤ、騒がしくやるの。まあ島の人間なんて大体親戚みたいな感覚だし、賑やかなもんだよ。
それを日が暮れても続ける。
新月の夜だからね、とっぷり日が暮れてあたりが夜に包まれると、もうお互いの服装も分かんないくらい真っ暗になっちゃう。
あの年、私たち家族は夜遅くなってから「ヨムツメイ」に参加したからもう誰が誰だか分かんなくて。親戚を探すのも一苦労だったな。隣に居たお母さんの顔も見えないくらいだからね。
その頃のイラブドゥ前には街灯もなかったしね。
今は確か設置されてるはずだよ、街灯。
リョウちゃんのことがあったあとで、設置されたはず。
誰がいなくなっても、すぐ分かるようにね。
リョウちゃんの話しよっか。
リョウちゃんはね、私の従兄で、二個上のお兄ちゃんだった。
仲? 仲は……そんなに良くはなかったかな。
もう顔も覚えてないくらい。
親戚づきあいで顔を合わせることは多かったけど、リョウちゃんは嘘つきで、横暴で、いばりんぼうだったから。
おじさんたちは高齢だったし、甘やかされてたのかな。
正直に言っちゃうと、嫌な子だったよ。
自分が金槌なのを棚にあげて、何かと私を馬鹿にしてきたし。
旅行先で買ってもらったものとか自慢したり、さ。
その癖大人の前でいい子の振りするのは得意だったからね。
おじいちゃんも私よりリョウちゃんばっかり可愛がってた気がするな。
お葬式の時も泣く振りだけしてケロッとしてたのにね。
あの年の「ヨモツメイ」の時も、お爺ちゃんの初盆だってのに派手な銀のアクセなんて手に付けちゃってさ。
そんなだから、あんなことになるんだよ。
真っ暗になってからが、「ヨムツメイ」の本番。
どんちゃん騒ぎは続けつつ、一人一人イラブドゥの中に入っていくの。
お酒と、何か食べ物……大体供える用のお餅だね、それを持って入っていくわけ。
順番とかは特に決まってないかな。ただ、一人で入らなきゃいけないから、誰かが入ってるときは分かるようになってる。表に札があってね、それがひっくり返ってたら誰か入ってるってことだから待たなきゃいけないの。
なんで一人で入らなきゃいけないのって、お母さんに文句言ったっけ。
結構怖いんだよね、夜のイラブドゥ。
中に入ると、不思議なことに外の喧騒がすぅーっと遠くなってさ。
なんだろう、音が吸収されてるのかな?
別の世界に来ちゃったみたいな感じだったのを覚えてる。
ああでも、中は蝋燭が灯ってるから、外よりは明るくて良かったな。
ゆらゆら揺れる影はそれはそれで不気味だったけど、隣の人の顔も分からないような暗闇よりはマシだった。
不思議なほど静かな鍾乳洞の中を、少し下るみたいに歩いていくと、さっきも言ったけど鳥居と、その後ろにぽっかり口を開けた泉……海があるんだよね。
その鳥居の前で、「アナムンガナシ」にお祈りするの。
アナムンガナシって何かって?
だから知らないって、そういうのは。私は学者じゃないし、古い話に興味もないんだから。
でも、「ガナシ」ってことは神様なんだろうね。うちの島では、神様のことをなんとかガナシって呼ぶから。太陽はティダガナシ、稲の神様はイナガナシ、って感じで。
とにかく、そこに祀られているらしいアナムンガナシにお祈りをするの。
お祈りって言っても、なんかお経だとか祝詞だとか、そういうのじゃないよ。
ただ、近況報告をすればいいだけ。
ほら、お墓参りの時に死んだおじいちゃんとかに最近こんなことがありましたよー、って話しかけたりするでしょう? あんな感じ。
ただ、この時一つだけ守らなきゃいけないことがあってね。
絶対に、嘘を吐いちゃいけないの。
アナムンガナシは嘘つきが嫌いだから、嘘を吐いたら、いつか連れて行かれちゃうんだって。
どこに、って言うのは聞いてないけど。
多分、あの世になんじゃない?
泉の向こうの……海の底の、あの世。
嘘つきが連れていかれるなら、きっと地獄だろうね。
お祈りが終わったら、持ってきたお酒とか食べ物を、アナムンガナシに捧げるの。
と言っても、祭壇とかがあるわけじゃない。
どうするかって言ったら、泉にそっと零すんだよ。
潮の流れかなんかで泉の水は海と循環してるらしくって、捧げものが底に溜まっちゃうってこともないし、そもそも食べ物だから分解されるしね。
魚とかの餌にでもなるんじゃないかな、どうでもいいけど。
私はとにかく怖くて帰りたかったから、さっさと捧げものしちゃおうって鳥居を潜って近づいたんだよね。
夜の水面は本当に真っ黒でさ、そこに水があるのは知ってたけど、なんだか本当に落とし穴みたいで。
ゆらゆらと、頼りない蝋燭の灯の中に、陸にあるはずのない『海』がぽっかり口を開けてるの。
怖いな、帰りたいな、って思いながら、恐る恐る波打ち際まで近づいたその時、私見ちゃったんだよね。
水の中から見つめる、誰かの顔を。
ひっくり返って、口を開けて。落ち窪んだ眼で、こちらをぎょろりと見ていた。
まるで、品定めするみたいに。
もう声も出なくて。喉がきゅっとなって。
さっと目を逸らして、大慌てで捧げものを水の中に放り投げて、こけないように必死になりながらイラブドゥの外に走ったっけ。
外に出ても真っ暗で、怖いことには変わりなかったけどね。
それでも、人の声がするだけで安心した。
目の錯覚じゃないかって?
違うよ。違う。断言できる。
あれは、確実に人間の顔だった。
それも、生きた人間のものじゃない。
死者の顔だった。
見てはいけない顔だった。
今でも脳裏にこびり付いてて、夢に出るくらいだから。
それほどに恐ろしい、恨みの籠った顔だったんだよ。
ヨムツメイは深夜まで続くんだけど、私がお参りしてからしばらくして大騒ぎになってね。
リョウちゃんがどこにも居ないって、叔母さんたちが慌てちゃって。
暗いから、居なくなったのになかなか気付かなかったんだろうね。子供は子供で集まって遊んでたから、大人たちもほったらかしにしてたし。
私も何か知らないか、リョウちゃんを見なかったかって血相変えて聞かれたっけ。何度も何度も「知らない」「見てない」って答えた覚えがある。
その後、集落中でリョウちゃんの捜索が始まったけど、結局見つかることはなくって。
見つかったのは、何日か後。
集落からほど近い海岸の崖の下に、リョウちゃんだったものが引っかかってたんだって。
酷い有様だったらしいよ。岩で擦られたのか全身がズタボロで、身に着けているものも流されちゃってて。歯の治療痕でなんとか本人だって分かったらしい。
もちろん、私は見てないよ。聞いた話。
警察の見解だと、ヨムツメイの時に誤って
でもね、私はこう思ってるんだ。
ああ、リョウちゃんはきっと嘘を吐いちゃったんだろうなあって。
リョウちゃん、見栄っ張りの、嘘つきだったから。
だから、アナムンガナシに連れていかれちゃったんだろうなあって。
今も信じてる。
きっとそう。
私がヨムツメイに参加したのは、その年が最後だったね。
翌年からは宴会には参加したけど、お参りはしなかったな。
もしかしたら泉の中に、リョウちゃんの顔が見えるんじゃないかって気がして。
次に連れていかれるのは、自分なんじゃないか、って……。
結局、それから一度もお参りすることはないまま……高校の時に無理言って島外に進学して、そのまま帰ることはなかったね。
私の話は、これでおしまい。
まあ身も蓋もないこと言っちゃうと、行事の最中にお化けの顔見て、その後で従兄が死んだってだけの話なんだけど。
大したことなかったでしょ?
体験談の怪談なんて、所詮こんなもんだよね。
お客さんは満足した?
昔から話し慣れてるから、私は楽だったけど。
え?
嘘を吐くなって、そんな。
嘘なんて吐いてないって。
私が島出身なのも、そういう風習があるのも、従兄が死んだのも、全部本当のことだよ。
え?
今なんて言った?
お前が海に突き落としたんだろって?
なんでそういう話になるの。
私は一人でイラブドゥの中に入ったんだって。
覚えてるもの。
何度も何度も話したことだよ。記憶だって確か。
え?
じゃあなんでその日銀のアクセサリーを付けてたの知ってるんだって……。
見つかった死体からはアクセサリーは無くなってたんだから、知るはずがない、って?
いや、それはイラブドゥに入る前に……。
違うか。
そんなわけないよね。
その日は新月で、隣にいる人の服装も分かんないくらい暗かったんだから。
灯と言えば、イラブドゥの中の蝋燭だけで。
だから、私がアクセサリーを見たとしたら……。
……なんだろう、なんか変だな。
ごめん、気分悪くなってきたかも。
悪いけどお客さん、今日はもう帰ってもらっても──。
あれ。
ここ、お店じゃないね。
なんで気づかなかったんだろう。
ここ、どこ?
なんか真っ暗なんだけど。
おかしいな。
私は確か、店に向かう途中で。
横断歩道を、渡ってて──。
あ。
思い、だした。
お客さんの顔。
そうだよ。
見覚えあるはずだよね。
忘れてたのは、怖かったからだ。
水の中から見つめてくる、ひっくり返った君の顔が怖くて。
覚えているつもりで忘れてたんだ。
どうしても忘れられないから、自分の記憶に嘘をかぶせて。
ねえ。
許して、くれないかな?
嘘吐いたのは、忘れたのは、謝るからさ。
お願いだよ。
ねえ。
リョウちゃん──。
(終)
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