七面鳥

高黄森哉

七面鳥


 その女は、さも大切そうに、生の七面鳥を抱えていた。まるで、割れ物かのように優しく抱えていた。女は、それを揺らしてもいた。まるで、七面鳥を寝かしつけるように。


「うふふ」


 彼女は、右の腕で、七面鳥を寝かしつけながら、電話をしてもいた。なぜ、利き腕で電話を持たないかというと、それは、不意に七面鳥を床に落としてしまう危険があるからだ。その想像は、彼女自身を強く不安にさせるようで、緊張が二の腕に、弓の弦のように張りつめていた。もし、この瞬間、七面鳥を強く床に墜落させてしまえば、その瞬間、彼女は失神してしまうに違いない。


「うふふふ」


 彼女は夫の話を電話で受け取るたびに、微笑みを浮かべた。電話の向こう側にいる彼女の配偶者は、まさか、彼女が画面の向こうで、彼の配偶者が、七面鳥を優しく揺らしているとは、夢にも思わないだろう。この世界でも、鳥の死骸を腕に抱えて、幸せそうに電話をすることは異常なのである。


「うふふふふ」


 彼女は、彼女が抱えている七面鳥を夫に見せるのが、とても楽しみで楽しみで仕方がなかった。確かに、それは、とても美味しそうな鶏肉だった。

 鶏肉は静かに、微笑む彼女をじっと見ていた。首の断面、そこにある気管の断面は一つ目のようであり、この七面鳥の死んだものは、彼女を無言で見つめているようだ。この鳥自身、なぜ自分があやされているか、理解できなかったことだろう。


「うふふふふふ」


 七面鳥が、この母親に、優しく優しい子守唄を聞かされたときは、恐らく、この生き物の人生の中で、最も心が安らいだに違いない。それだけ、万物に対して祝福するような音色であったのだ。彼女が、この腕の中にある物体を無上の贈り物かのように大切にしているのが、ひしひしと周りの事物、例えば、時計などに伝わった。時計は、その死骸を妬むかのように、ぶつぶつと規則正しく、なにかを呟いていた。


「うふふふふふふ」


 夫は、上機嫌な妻に君の悪さを覚えながらも、通話を切断した。なぜ、彼女はそれほどに機嫌がいいのだろうか。それは、間違いなく、この七面鳥のお陰なのだけれど、彼が、その七面鳥に対して、喜ぶことはないだろう。

 彼女は、二の腕に密着する、鳥の死骸の加工されたもの、を撫でた。それは、その女の体温でぬるくなっていた。水気のない鳥肌は、ペタペタと彼女の掌に引っ付く。


「うふふふふふふふ」


 彼女は、誤ってスマートフォンを捨ててしまった。

 本当は机の上にある、空になったティッシュの箱を、ゴミ箱に放るつもりだったのだが、素敵なディナーに対する夫の驚愕を妄想するあまり、注意が散漫になって、うっかりスマートフォンの方を捨ててしまったのだった。彼女にとってこのような失敗は、よくある事だった。

 彼女は七面鳥にオムツを履かせ、ベビーベッドに転がした後、物言わないその食べ物に少しの疑問や違和感を抱きつつ、先程からずっと、良い肉の匂いが漂う台所へ向かった。そしてオーブンの扉を開ける。なんと、そこには一歳になる息子がいて、さも旨そうに、こんがりと焼けているではないか ……………………。

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七面鳥 高黄森哉 @kamikawa2001

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