怪異的————懐疑的。

青ニシン

まきこま世界

 満点の満月、その明りに照らされて僕はそこにいた。


 辺りは木が生い茂る森。風が吹くたびにうめくように、あるいはひしめくようにごうごうと、うなりをあげている。


 ここは峠。別にどこというわけでもないが、どこかの峠の高速道路だ。

 ただ単に、何かをするわけでもなく、意味もなく、理由もなく、そこにいた。


 遠くから、はたまた近くから、虫の鳴き声が聞こえてくる。存外、月明かりが強い。


 風は吹かず、僕の邪魔をしない。


 ――――それにしても、普通の人間なら、こんな不気味で鬱蒼うっそうとしたところにいたら、お化けや妖怪やら怪異やらに出会ってしまって、何かと危ないだろうな。

 お化け。妖怪。怪異。


 存在してそうで存在せず、生きてるようで生きていない。生きていないので死ぬことはなく、消えるか残るかの二者択一。


 存在することにはするのだが、存在しないといえば確かに存在しない。

 そもそもとして、知らなければ出会うことも見ることも干渉することもできない。

 そんな恐ろしくも儚げな怪異、通称、〈巻独楽まきこま〉。僕の知っている唯一の怪異であり、彼女とした最初で最後の会話の内容でもある。


 それは見た目はただの回っている独楽こまなのだが、しかし人力を以って回っているわけではなく、誰の手も借りることなく、ただひとりでに回り続ける。その回転は、自然に止まるわけでも、自然が止めることのできるものでもない。

 ただ、それだけならただの独楽こまだ。そんな独楽こまが怪異などと呼ばれているのには無論、それに伴うだけの脅威がある。


 恐怖がある。


 ――――独楽こま、その無頼で無法で桁外れな回転は、さながらこの星、地球を連想させる。だから、独楽こまが何を象徴した怪異なのかと言えば、それは恐らく世界やそれに伴う不変や不動だろう。


 しかし、そんな膨大な意味や理由や象徴を持つ〈巻独楽まきこま〉、これには怪異の生命線とでも言える怪異譚が存在しない。なのでもちろん、伝説、伝承もなく、ましてや〈巻独楽まきこま〉を知る人間も同様に存在しない。


 ならばなぜ、〈巻独楽まきこま〉が存続できているのか。その理由は至って単純である。

 〈巻独楽まきこま〉が世界、言わば地球を見立てているというならば、その地球そのものを知っている人間があまりに多いので、それに付随し、それを象徴する〈巻独楽まきこま〉は、地球が消えて無くならないのと同様に、〈巻独楽まきこま〉も消えて無くならないということ、らしい。


 しかしそんな〈巻独楽まきこま〉、その回転は人の手によって意図も容易く止まってしまうのだ。


 ————何故なら————


「……ん……ここ、どこだ……?」


 どうやら、目が覚めたらしい。

 そして、僕を見て、言う————



 コマ。独楽こま。込ま。


 巻き、込まれる。


 独楽こまを止めれば、またもう一度回転するために、誰かが独楽こまを回す紐の代わりを務めなくてはならない。


 そしてその責任は、この青年に課せられた。


 以前の僕同様に。


 巻き込まれ、引き込まれ、引きずり込まれる。


 もう一つの、誰もいない、停滞しきった、この世界に。


 回転をやめた、この世界に。


 そしていずれ、彼も僕と同じになるだろう。


 月は、相変わらず、動かない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪異的————懐疑的。 青ニシン @Nisin_very

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ