花束のような愛を

 またこの季節が来たんだな。

朝尾良樹は、愛生院の満開になった桜を見ながら感傷的になる自分を抑えられなかった。

あの子・・・カンナもこの桜が好きだった。

いつも世界に冷めた目を向けながらも、本を読んでいるときとこの桜を見ているときは目が輝いていた。

そこまで考えたところで、目が潤んでくるのを感じギュッと強くまぶたを閉じた。

あの日。

山浅一樹によって美空・・・カンナは重傷を負い、杏奈の呼んだ救急車によってすぐ救急搬送されたが、救急隊が確認した時点ですでに意識不明となっておりそのまま目覚めること無く病院についてすぐに死亡が確認された。

一樹は良樹が気付いたときにはすでに気を失っていた。

やり過ぎた、とは全く思わなかったが生きて罪を与えてやりたいと思っていたので、息があることにホッとした。

すぐに駆けつけた警察によって連行され、現在は殺人罪に切り替わっている。

カンナから受け取っていたボイスレコーダーの音声も警察に渡したため、世間ではちょっとした騒ぎになってしまったのは、カンナ、そして美空に申し訳ないと思いながらも、一樹にふさわしい報いを与えることが出来たのではないかとも良樹は満足していた。

コロッケ屋の店主はカンナの母親だったことも分かった。

しばらくは店も閉めて、抜け殻のようになっていたが愛生院での、そして戻ってきてからの様子を話している内に、気力を取り戻したのか店を再開した。

あの娘が好きだったコロッケを、あの娘が過ごしたこの町で作りたい、と。

そして、今はコロッケ屋の合間に児童福祉の学校へ通っているらしい。

いつかは養護施設で働きたいとのことだ。

資格を取ったら力を貸してもらえたら、と良樹は密かに考えていた。

カンナ・・・君は、幸せだったのか?

君を愛していた人は君が思っているより沢山居た。

でも、それに気付かせてやれなかった。

本当にごめん。

良樹がそう思ったとき、後ろから「良樹さん」と声が聞こえた。

振り向くと、杏奈が立っていた。

腕には赤ちゃんを抱えている。

「桜・・・見てたの?」

「ああ。カンナの好きだった桜を」

杏奈は何も言わず、良樹の隣に来た。

「一緒に・・・見たかった」

そう話すと、俯いて肩を震わせ始めた杏奈の肩を良樹は優しく抱いた。

「そうだね・・・」

そんな事しか言えない自分の語彙力のなさに悔しくなる。

カンナだったら、もっと気の利いた表現をしてたんだろうな。

「時々思うんだ。カンナも僕じゃ無くてもっと優しくて賢い人だったなら、違う人生を歩めていたのかも知れない。僕は彼女に『自分が思うより愛されている』と言う事を伝えてやれなかった」

「それは私もそう。あんなに身近にいたのに、カンナの心に寄り添ってあげられなかった」

二人はそれ以上何も言えなかった。

「勝手かも知れないけど、この子・・・望愛(のあ)は幸せにしてあげたい」

良樹の言葉に杏奈も頷いた。

「うん。この子にはずっと沢山の愛を与えてあげたい。沢山の花のような」

そうだ。

自分たちはカンナの分まで幸せにならないと行けない。

きっとカンナは天国で自分たちを見てくれているのだから。

そう思ったとき、良樹はふと望愛が不思議な仕草をしているのに気付いた。

その視線に気付いたのか、杏奈はクスクスと笑い出した。

「ああ、今おしっこをしたのよ。おむつが濡れてて気持ちが悪いのね」

「それって、この仕草と関係あるの?」

「もちろん。この子嫌な気分の時『首の後ろをこする』からすぐ分かるの」


【完】

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真紅 京野 薫 @kkyono

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