第33話 ゲンカイジャー、立て直す②

「う……ん……」


 不意に瞼の裏に光を知覚し、ゴウは目を覚ました。蛍光灯の光だ。眩しくて視界が白く染まる。見たこともない天井。馴染みの病室とはまた違うベッドに寝かされているらしい。


「お、起きたっスか?」

「こ、ここは……?」


 ゴウは体を起こそうとするが、グイッと体に食い込む皮の感触を感じた。そこで初めて自分が拘束されていることに気付く。


「くっ……! 敵か!?」

「あー、いやいや。一応暴走しないように拘束はしてあるけど敵じゃないっスよ」


 目の前の少女は携帯電話の画面から目を離すことなく答えた。


「君は……一体?」

「あ、今は謎の美少女Aってことで宜しくっス」


 髪を二つに束ねた、いわゆるツインテールの少女は尚も画面を凝視している。どうやらアプリゲームに夢中になっているようだ。


「いや……少し思い出してきた……かも」

「自己解決しないで欲しいっス。ほんの10秒前のセリフが死ぬほど恥ずかしいっス」


 ゴウは朧げな記憶を辿る。


「確か……エビルスライムに取り込まれて……」


 エビルスライムに含まれる魔素。その、過剰な供給により中毒が一気に進行したと考えられる。ドス黒い悪意の塊のようなものに意識が塗りつぶされて、気が付いたらエビルスライムを倒していた。そして、その後は断片的にだが、覚えている。


「仲間を攻撃しようと……した……」


 自分の意識の範疇に無かったとはいえ、傷だらけの仲間に殺意を向けた。こうして、拘束されるのも仕方がないことだ、とゴウは考えた。


「そっス。その後の事は?」

「ほとんど、途切れ途切れなんだけど」

「はい」

「銀色の戦士に倒されて……特災……そう、確か特災とか聞こえたような」

「いえーす。大正解っスー」


 聞き覚えのあるフレーズにゴウは思索を巡らす。あれは、キワムと佐渡島の話になった時だったか。イレギュラーズの前身が確かそんな名前だった。とりあえず、縁もゆかりもない謎の組織に拉致されたわけではないらしい。最も会話が真実である保証はどこにもない訳で、未だ状況は不明瞭だ。事態を打開するヒントがあるとすれば目の前の少女。ゴウはとりあえず会話を継続してみることにした。


「で、僕はどうなるんでしょうか」

「今会議中みたいなんでもう少し待ってもらえばお仲間に会えるっスよ」


 少女の言葉に安心するつもりはないが、いざとなれば変身も辞さない覚悟で待つことに決めた。何しろ、つい最近まではファンタジー世界の出来事だと思っていたことが立て続けに現実世界に起きているのだ。あらゆる想定は常にしておいた方がいい。


 目の前の少女は、敵が変身した姿ではないか。もし仲間が現れたとして、それは本物なのか。変身することでまた暴走してしまわないか。幸い考える時間はあるようだ。少女は興味なさげに振舞っているが、かと言って警戒を解いている訳でもない。迂闊な行動はできない。


「貴女はイレギュラーズのメンバーという訳ですか?」

「うーん、微妙なとこっスねー。詳しいことは佐渡島さんに聞いて下さいっス」


 少なくとも佐渡島との関係はあるようだ。ゴウはヒナより少し年上であろう彼女をよく観察することにした。顔はスマートフォンで一部隠れているが、美少女を自称しても大げさではないくらいには整っている。加えて、子供が少し背伸びしたような派手なメイクとダボダボのパーカーに短いスカート。出で立ちは今でもそう言うのか知らないが、ギャル風だ。およそ、事務員とかそういう感じではない。


「暴走状態の僕を知ってなお、この場を任されるって事は特殊な能力があったり?」

「おぉ……。なかなか鋭い発言っスけど、ウチはもう情報は開示しないっス!」


 とりあえず、得られた情報は一人称が“ウチ”という事ぐらいだった。




  ☆☆☆




「銀色の戦士について、ですね」


 佐渡島がゆっくりと口を開いた。


「そうです。一瞬捉えた姿は、ゲンカイジャーの物によく似ていました。けれど、私はあんな戦士は知りません」

「そもそも、ハルカやカンナを酷い目に合わせたエビルスライムを倒した暴走状態のゴウを軽く止めた戦士だろ? 一般人てことは有り得ないよな」


 俺だって超化筋武とやらが無ければダークゴーレムに勝てたかどうかはかなり疑わしい。あ、嫌な事思い出しそう。


「場所を移しましょうか。そこにはゴウさんもいらっしゃいますし」


 という訳で、同じ施設内の病棟らしきところに移動した。


 そこには、諸々のモニターとそして、拘束具に繋がれたゴウが横たわっていた。


「ゴウ、良かった。生きててくれたか」

「ええ、おかげさまで。といってもこの有様ですが」


 無事を喜んだらいいのか、現状を憂いた方がいいのか複雑な状態だ。少なくとも襲って来そうな気配はない。


「サドさん! お疲れっス!」

「その呼び方は辞めてと言ったはずですよ? リオ」


 一瞬、凍てつくような空気を発したマコにリオと呼ばれた少女は距離をとったが、軽い口調は変わらなかった。


「冗談っスよ〜。佐渡島サーン」

「この娘は?」

「特災のメンバー、竜胆りんどう 莉央りおです」

「どうもー! リンリンって呼んで下さいっス〜」

「特災? イレギュラーズじゃなくてか?」

「政府にも色々ありまして」

「わかった。いい。聞きたくない」


 ややこしい話はノーサンキュー。関わってもろくなことにならないニオイがプンプンする。


「そうですか。わかりました。リオ、ゴウさんの様子はどうですか?」

「暴走の兆候は無いっスね。おじいも魔素の影響下に無ければ大丈夫なんじゃないかって」

「おじい?」

「リオ、ちゃんと師匠と呼びなさい。順番が前後してしまいましたが、我々の師匠、海老名えびな 源三げんぞうが、銀色の戦士の正体です。師匠は今どこに?」

「便所に行くって行ったっきりっス!」


 銀色……シルバー……おじい……。シルバーってそう言うこと!?


「おっ、なんじゃ。いつの間にか人が増えとるのぉ」

「あ、師匠」


 マコの視線に合わせて振り向くと、そこには杖をついた正に老人と言った風体の御仁が立っていた。


「年を取ると下のキレが悪くて困るわい」


 ベアリーが感じたガケップ値が感覚としてどれほどのものだったのか知らないが、限界ギリギリという言葉がこれほどまでにしっくりくる人物は俺達の中にも見当たらない。杖をついていることからも分かる通り、立っているのがやっと、と言った状態で、小刻みに震えていて、ヨボヨボのおじいちゃんだ。


 かつてベアリーが半死人でもスーツに順応すれば活躍できると言っていたが、さすがに俄かに信じがたい。この人物が暴走するゴウを一撃で仕留めるイメージが一切湧いてこない。


「ほうほう、君らがゲンカイジャーに選ばれた戦士か。なるほど、いいガケップ値を持っておる」


 ガケップ値の事まで知っている……? キシカイ星の関係者か? だが、ベアリーの様子からすると知り合いではなさそうだし。


「あなたがゲンカイシルバーですか。あの姿にはどういう経緯で?」

「ん? んん~? こりゃまた可愛らしいお嬢さんじゃ。あと八年ほど後に出会いたかったのう」

「話をそらさないで下さい。ゲンカイジャーはキシカイ星に伝わる技術以外で変身することは出来ないはずです」

「すまんのう。年取ると物忘れが激しくて。わしもよく覚えとらんのじゃ」


 この手の輩と心理戦を繰り広げるのは時間の無駄だ。お互いに超常の力を有しているのだから手の内を晒しながらババ抜きをするようなものだ。今はある程度の目的と意志が確認できればいい。俺は反論しようとするベアリーをそっと制し、爺さんに問うた。


「じいさんは今後俺達と戦ってくれるのか?」

「今年米寿の爺さんに無茶言うでないわ」

「そうか。特災の関係者って事は一応協力はしてくれるんだよな?」

「もちろん。手始めに……そうじゃな、お主ら全員修行を付けてやろう」

「しゅ、修行!?」


 もちろん、喜んでいるのはハルカだけだった。

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限界サラリーマン、戦隊ヒーローになり異世怪人との戦いを配信す。バズらなきゃ食っていけねぇ!! 白那 又太 @sawyou

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