第32話 ゲンカイジャー、立て直す①
目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。体の方はというと、疲れは殆ど無く、快眠による疲労回復であることは間違いない。きっと、長い永い夢を見ていたんだ。神に巨額の請求を受けたなんて笑い話だし、戦隊ヒーローに変身して戦うなど妄想も甚だしい。そうだ、ブラック企業に勤めていたなんていうのもきっと夢だ。そうだ、一流企業に勤める俺は毎夜ナオンを侍らし、ネオンの街へと消えてゆくのが日常だ。そうだそうだ。さ、ゆっくりと体を起こして日課の株価チェックでも――。
「あ、目を覚ました!」
はぁ、困ったものだ。既に誰か女性を連れ込んでいたようだ。妙に声が幼い気がするが、魅力あふれる俺の色香にコロリと騙されてしまったのなら同情を禁じ得ない。
「キワム! 良かった! 心配したんですよ!」
フム。若干、手を出すのを憚られる年齢のような気がするが、気のせいだろう。それにしても海外の女性にまでモテてしまうとは自分の際限のない魅力には罪の意識を感じざるを得ない。
「あれ、どうしたんですか? 泣いてます?」
「スマン、ベアリー。もう少しだけ夢を見させてくれないか」
「ダメですよ。もう、丸二日寝てたんですから」
……ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
「佐渡島さんからも緊急の招集がかかってますから」
「はっ、そう言えばゴウはどうなったんだ!?」
「それも含めて、向こうについてから話します。とりあえず、私服というのもアレなんで、スーツに着替えてください。クリーニング済みですから」
ベアリーの女房スキルがアップしている。今時こんなことを宣うと、男女同権を目指す方々から御叱りを受けそうだが、俺とて妻とは、嫁とは斯くあるべしなどとはこれっぽっちも思ってはいない。だから何だという話だが――。
「キワム! ボーっとしてないで行きますよ!」
俺は急いで着慣れたスーツに着替え、ベアリーの後をテクテクと付いて行った。
☆☆☆
俺とベアリーが、イレギュラーズ本拠地に辿り着いた時、既に会議室にはブルーのゴウを除く他のメンバー、ゲンカイピンクのハルカ、ゲンカイイエローのアンコ、ゲンカイグリーンのカンナが到着していた。そして、若干一名、見たくない顔も。
「キワムちゃん、体の方は大丈夫?」
「それは、こっちのセリフだ。アンコこそ大丈夫なのか?」
俺が、辿り着いた時すでにアンコは満身創痍の状態だった。ややこしいが。骨の一本や二本で済んでいるはずがない。命に関わる怪我だったはずだ。
「あ……、えっと……」
「その先は私からキワムに話します」
バトンを受けた人物でおおよその察しは付いたが、黙って聞こうと思う。
「今回の戦いで、傷ついた皆さんを癒すために聖石のストックを使い切ってしまいました」
すでに頭が痛い。割れそうだ。
「それでも足りない分は丁度居合わせた計升童子さんのお力も借りて、どうせなら聖石の神力も完全に回復してもらおうと思いまして。寺社仏閣へのお供えではキリがないですからね」
どうせならじゃねぇよ。
「あ、ご請求が合算になりまして9,500万円になりますね」
人間、数字が大きくなりすぎると感覚がマヒするのか、もはやいくらだろうが変わりないような気がしてきた。なんならキリよく1億円にしてくれ。
「完全な治療に思ったより力を使ってしまいまして」
「前途ある若者や、体が資本の女将、それにアイドルの体に傷が残らなくて何よりだ」
我ながら機械音声の様な感情の失せた声が出たと思う。本心ではある。
「そんなことより、ゴウはどうした? 姿が見えないが」
「その件については、佐渡島さんが」
「彼は、我々の協力者が保護しています。ご安心ください」
戦闘中に流れていたコメントを見るにただ事ではないと思うが、佐渡島の短くも芯の通った声を一先ず信じることにする。
「あと他に問題は?」
もう、何が来ても驚かないつもりだ。人間、限界を超えると痛みが消える脳内麻薬が出る様に、ある種の無敵モードになっていた。
「ネットの風評です……ね」
ハルカがノート型PCを見ながらため息をつく。
「誰に焚きつけられたのか知らないけど、NewTuber達が一斉に政府とゲンカイジャーを相手に訴訟を起こしてるし、それを皮切りに炎上工作の様なものも見られる……ます」
ヒーローヲタクであるハルカは憎々しげに吐き捨てた。どこの世界に金銭問題と訴訟を抱えてヒーローを名乗る奴が居るのか。傑作だ。バカデミー賞を贈りたい。もちろん、主演男優賞は俺だ。
「ちなみに俺達の配信収益は?」
「概算ですけど累計で500万円ぐらい……です」
「全然足りねぇ」
涙が出そうになった。
「あ、でも計升童子さんから提案が」
「はい、そうですね。異世界からの侵攻という異常事態には神々も深く憂慮されております。皆さまのご活躍には期待したいところなのですが、如何せん、代償の無い奇跡は世に歪みをもたらしかねません。という訳で神々も金銭を要求せざるを得なかったのですが……」
得た金をどうするんだ、というツッコミは今はしないでおく。話が長くなりそうだ。
「私が現世に顕現したところを配信されてしまったことで、図らずも一部で信仰心が増加したんですよ」
「神は実在するってか」
「ええ、まさしく」
なぁぜ、俺の事を神様はお救いにならないのでしょうかぁー?
「そこに関しては九割方はフェイクだろうという意見ですが、元々日本人は信仰心が薄いと言えば薄いですからね。増えた分丸儲けなんじゃないですか?」
神々相手に儲けは止せ、ハルカ。
「ま、まぁ平たく言うとそうなりますが、皆様には配信を通じて布教を行っていただければ請求額の棒引きもやぶさかでは無い、と神々は申しておりまして」
「言っちゃなんだが、俺からして信仰心の欠片も無いのに大丈夫か?」
「あ、ぶっちゃけますね。我々としても特別何か信じ崇めよと言ってる訳ではなく、今まで通り配信を続けて、結果、信仰心が増せばな、と」
迂闊な言動や行動が出来ない、という点では縛りが増えるが、かと言って1億円近い負債を帳消しにするには道のりが遠すぎる。政府から用立ててもらうのも一つの手かも知れないが、借りを作るには少々リスキーな相手でもある。
「結局、俺達に出来る事は相変わらず魔王の目論見をぶっ壊すってことぐらいか」
「負債もキワムさん一人で背負い込む物でもないですからね」
売れないアイドル、カンナにフォローされてしまった。他の誰にという訳でもないが、地下アイドルに背負い込ませる金額でもない気がする。もちろん、未成年にも。あれ? なんか、問題が一周回った気がするぞ? 気のせいか?
「アタシも協力するから」
アンコの目は強い決意で塗りつぶされていた。
「お、おう。頼む」
金銭はともかく、戦力としてアンコは心強い。
「ボクももちろん、ヒーローは続けるよ」
なんだかんだ、絆ってやつを感じる。会社では感じたことのない何かを。
「さて、佐渡島さん。話がまとまりつつあるのでそろそろ教えて下さい」
ベアリーの顔がいつになく真剣なものに変わる。佐渡島も質問に心当たりがあるらしく、ゆっくりと頷いた。
「あの、銀色の戦士は誰ですか? キワムを遥かに上回るガケップ値を持った、あの戦士は」
ベアリーの知らん戦士、だと……?
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