【短編】株式会社下着ドロボー

佐藤純

第1話 株式会社下着ドロボー

「おや??」


思わず声がでた。

ベランダに干してあった下着がなくなってる。

しかも、普段使いの楽ちんノンワイヤーブラではなくて、とびきりにテンションを上げたい時のピーチ・ジョンのブラジャーだ。

今時、下着をベランダに干すなど、防犯リテラシーも底辺の底辺だ。きっとSNSで投稿したら、「外に干してたお前が悪い」とか「一階に住んでるお前が悪い」とかの返信が殺到するに違いない。本当にネットの海は容赦というものを知らない人が多くてやっかいだ。

ただ、こちとら言い訳もある。汗を一番吸うものだし、たまには日光にあてたい。臭くなるのだ。


「うーん、どうしようかな。」


警察に行くべきだろうか?こんなことで行ってもいいものだろうか。思案しつつも念のため周りを見渡し、落ちていないか確認する。警察に意気揚々と乗り込んだが、すいません落ちてました!なんて恥ずかしくて目も当てられない。


間違いない。ちゃんと探したがやっぱり、盗まれている。

ここで警察署に飛び込むのがセオリーだが、新しい下着を買ってきて、GPSを埋め込んだ。犯人は繰り返すだろうか?ぜひお気に入りの下着を返して欲しいし、現行犯にしたい。それに、どんな人が下着ドロボーなのか興味があった。


数日後―下着はベランダに干しっぱなしだが―ごそごそと音がしたので、思い切ってベランダを開けてみた。夜中なので少し控えめに、でも相手が驚くくらいには音をだして。


「すいません、その下着盗みました?警察を呼びますね。」

「へ?うわああ?!誰だ?!彼氏か?この部屋には女が…」

「僕です。」

「ぼく…?」

「ええ、その下着の持ち主は僕で、着ているのも僕です。」

「今話題のエルビーなんとかか?」

「LGBTQですかね。」

「それだ。それか?」

「僕はLGBTQかどうかわかりませんが、女性の服を着るのが大好きなんです。僕だってTシャツとジーパンでコンビニに出かけたい時もあるし、可愛いドレスを着てイベントに行きたい時もある。あなたが以前盗んだのは、友人のライブイベントへ出かけた時の下着ですね。」

「最近の若い奴の趣味はわからん!」

「趣味、そうですね、趣味です。わからなくても大丈夫ですよ。僕も下着を盗む気持ちなんてわからないですし。」

「いや、こ、これはだな。」

「さぁ、とりあえず警察にいきましょうか。」

「い、いやだ!せめて女の下着を盗んだ罪で捕まりたい…!」

「おかしいですね。他人のものを盗んだのは一緒なのに、性別でそうも変わりますか?」

「いや、ようは捕まりたくないだけだ。なぁ、頼むよ。お前さんだって社会の歯車になって働き、女房に尻に敷かれ、家に居場所がなくなれば、わかるよ。」

「僕にはわからないですが、僕にはまだわからない世界なので、なんとも言えません。ただ、あなたはあなた自身が不遇に感じていることだけはわかりました。」

「わかってくれるか?お、お前さんはいいやつだな…。俺は毎日仕事場で罵倒されて、家でも女房に罵倒され、夜一人になりたくて散歩をしているんだ。閑静な住宅街だ。誰もいなくて、静かで、世界には自分一人のように思うだろう?そうすると、開放的な気分になるんだ。そうしたら、自分は闇を支配するヒーローになれると思ったんだ。」

「ヒーロー?ヒーローは下着を盗むんですか?」

「いや、ちょっとした出来心というか、練習のつもりだったんだ。」

言ってる事が支離滅裂になってきた。

「ヒーローは人を助けるために、ビルを飛び回らなきゃいけないし、ベランダにも侵入する。敵を制圧する力も必要だし、銃も使えなきゃならない。でも、どれも俺にはできなかった。」

「できる人は少ないと思いますけど。」

「だから、ベランダに干してある下着を拝借したんだ。これを拝借して、気づかれなければ、俺はヒーローだ。警察も無能だと決まってる。俺を下に見ていた奴等の事も、俺が見下せるんだ。こいつらは俺みたいにこんな事できねぇってな。」

「なるほど。」

「わかってくれるか?!」

「いえ?全然分かりませんけど、下着を盗んだ動機はなんとなく理解できました。」

「わかってくれたか?じゃあ警察に捕まらないようにしてくれ!」

「ええ…。」

僕は心底めんどくさくなった。

「じゃあ、分かりました。一万円でどうですか?」

「一万円?一万円払ったら見逃してくれるんだな?」

「いえ。一回一万円です。おじさんは僕の下着を盗んでいいですよ。盗むたびに一万円払ってください。そうしたら、おじさんは家庭や仕事で抑圧されたストレスをヒーローとして発散できるし、僕も儲かる。他人に迷惑はかけないし、あくまで僕とおじさんだけで完結する。」

「な、なるほど。」

最初は何を言っているのかわからなくて目の前の青年が怖かったが、言われてみればいいかもしれない。

俺は夜に出歩く口実ができるし、ヒーローにもなれる。

「いいだろう!のった!」

「じゃあ、おじさんは五人目の会員だ。」

そう言って一万円をもらうそぶりをした。


ー完ー

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