第5話 クラゲ
残暑厳しい8月の終わり。瀬戸内海に浮かぶ小さな島に僕はいた。
「お盆過ぎればクラゲが増えるけんね。泳げんよ」
祖母にそう言われながら、夕方というには少し早い時間に海が見える堤防までやってきた。海面を見ると無数のミズクラゲがゆらゆらと揺れている。
傘から透けて見える4つの胃はまるで目のようだ。ヨツメクラゲという別称でも呼ばれている。
水と体の境目がおぼろげで、じっと見つめていると車酔いに似た感覚が襲ってくる。寝不足なのかもしれない。
いちばん近くに漂っている一匹のクラゲに対し違和感を感じた。すぐにその理由が分かった。四つ葉のクローバー状に並んだ円形全てが人の目だったのだ。
「あぁ、そうか。帰ってきたんだね」
クラゲの傘の中から恨めしそうにこちらを見ている。
「無駄だよ。お盆は終わったんだ。早く帰れよ」
そういい終わる前に、夜漁に出ていく小さな漁船が目の前を通過した。
スクリューに巻き込まれ、クラゲたちはズタズタに切り裂かれていく。
「ほらね。言わないこっちゃない」
そうさ。両親を殺したのは僕だ。幼い頃から出来の良い兄貴とさんざん比べられ、虐待と言ってもいいほどの厳しいしつけにじっと堪えてきたのも僕だ。
台風が近づくあの日、船を見に行くといった親父を荒れた海に突き落とし、お袋を呼びに戻ってさらにお袋も突き落とした。事故と処理されて完全犯罪だったよ。
クラゲになって戻ってきたんだろう?
恨めしいか?
どうせ僕も地獄に落ちるんだ。
それまで我慢しろよ。
――――――――――
二人の声が聞こえる。
「息子に会いたいというから連れてきたのに」
「親の心、子知らずか」
――――――――――
実験記録
・目は口ほどにものは言わない。
・歪んだ愛情は伝わらない。
・お盆という日本の風習を知った。
遊魔帳奇譚 蛟 禍根 @mizuchikakon
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