第4話 ウイルス
白い壁に囲まれた巨大な地下シェルター。
入り口は一つだけ。分厚い超硬ガラスの丸窓が付き、そこからしか外の世界を見る事が出来ない。
核戦争後逃げ込んだ人間の数は約30名。この20年の間で子供も含めて60人を越えていた。完全な空調と巨大な空間的余裕、バイオ食糧生産技術。
そして最も大切な水は、放射能を取り除くろ過装置を通して外部の水脈から貯水タンクに蓄えられた。これらの装置のおかげで向こう200年は人類の生存が可能だった。
ある日、住人たちのルールである入り口窓の監視は一人の若い女性だった。
ドンドン!
窓の近くの椅子に腰かけていた女性はいきなりの音に驚いた。あわてて窓の外を見ると、なんとも薄汚れた若い男が立っている。
外は放射能で侵され、人間は住む事が出来ないのではなかったか?
男は何かを喋っているようだったが分厚いガラスに阻まれて聞こえない。そのうち涙を流して手を合わせるしぐさを始めた。
女性はシェルターの長である年配の男を連れてくると、窓の外の彼を見せた。
「だめだ。中に入れることはできない。外は放射線にまみれているのだ」
「そんな事…。この人は生きてるわ。お願い助けてあげて」
数十分の押し問答の末、女性と彼がコミュニティから離れた部屋に二人だけで住むという条件のもとにシェルターに入ることを許された。
外部に付けられたガイガーカウンターは高い放射線濃度を示していた。彼は体表や服の除染処置を受けて入館した。
彼は案内された部屋で入浴し、食事を出されシェルターの中の事をいろいろと教わった。綺麗な瞳の彼は人の温かみを欲し、同じベッドで女性に抱きしめられながら安息の夜を過ごした。
翌日、シェルター内の会議室で責任者たちを集め聞き取りが行われた。もちろん彼と必要以上に物理的距離を取った異様な光景ではあったが。
彼は、気が付いたら砂漠のような場所にいた事、どこから来たのか覚えていない事。きらりと輝くガラスに反射した光を頼りにここまで来たことを話した。
そして放射能の影響を感じることもなく、疲労はあれどいたって健康だという事を伝えた。
もしかしたら、ガイガーカウンターが壊れているだけで、外はもう放射線物質など存在しないのかもしれないとの希望がシェルター全体にあふれた。
しかし、聞き取りからしばらくしてシェルター長の体調が悪くなった。皮膚がぽろぽろと剥がれ落ち髪は抜け、吐血や体液の滲出が止まらなくなり死んだ。
明らかに放射線被爆の様相だった。
聞き取りに参加した他の責任者たちも同様の症状を発し、次々に倒れていった。
「あいつのせいだ」
シェルター内はパニックに陥った。だが、被ばくを恐れ誰も彼に近づこうとしなかった。彼と同室の彼女を除いて。
怒りの矛先は、何の症状も出ていない彼女に向かった。
「お前が余計な事をしたから。なぜお前だけが大丈夫なのか」
ある日防護服を着た男たちが彼女の元を訪れ彼女を監禁した。
日に日にエスカレートする防護服の男達からの暴力。
やがて彼女は死んだ。自業自得と誰も悲しまなかった。
それを聞いた彼だけは悲しみの涙を流した。ここに来た事を悔いた。
そして彼は、どこにも行くことのできないシェルターの中から消えた。
程なくして、他の住民たちも次々に体調を崩していった。
「あいつはいなくなった。どこで何をしているんだ。どこに隠れているんだ?」
「見つけ出せ!あいつがいるとこのシェルターは全滅する」
そして大規模な一斉捜索が行われた。防護服を着た男たちが彼をシェルター外に連れ出そうと息巻いている。
そして彼は死体で見つかった。
貯水タンクの中で。
宿主を失った『放射線を封じ込めるウイルス』たちは死に絶え、貯めこんだ放射性物質を一斉に放出していた。
――――
二人の声が聞こえる。
「今回のウイルスは傑作だったな。空気感染出来ないのが玉に瑕だが」
「接触感染すれば放射線を気にする事が無くなるのに」
――――
実験記録
・ウイルスによる生物の遺伝子進化の失敗
・人間には愛が足りない
・ほかのシェルターでも試してみようか
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