第3話 瞬間移動

 どこにでも一瞬で行くことが出来たらいいなと思っている。


旅行は目的地に行く行程も好きだが、人生の時間は限られている。


見どころを効率的に見て回りたい。


「ワープが出来たらなぁ」


―― 「瞬間移動できるようにしてやろうか?」


頭の中に突然声が聞こえた。


え!!!!!?


何? 今の?


―― 「どこにでも一瞬で行ける能力が欲しいか聞いている」


「いや、そんな力が本当にあれば嬉しいけど…」


―― 「判った」


バシィッッ!!


白くて黒い、フラッシュに似た衝撃が体を突き抜ける。

しかしそれ以降、体に何か変わったような気はしない。


―― 「強く念じてみろ。あまり使いすぎると体に毒だぞ」


?? 念じる?? バカバカしい。


行きたい場所を強く考える? ふふふ、それならとりあえずトイレかな。


『トイレに行きたい』


ひゅん。


落下する夢を見た時のあの感覚。


気が付くと自宅のトイレの中にいた。


え?? ちょっと待て、本当に?


『リビングに行きたい』


ひゅん。


またも落下感覚。そしてソファーの上にいる自分。


本当だ。これは本物だ。

念願の瞬間移動を手に入れた。これでどこにだって行ける。


最初は近場での移動を試みてみた。

他人にばれないような場所に移動して感覚を試した。

例えば会社のトイレ。近所の公園の木陰。


遠くなればなるほど「強く長く思う」必要があった。


休みになる度に国内の観光地を巡った。

そのくらいの距離になると数十分の思いが必要だった。

それでも、どこにでも行ける事には違いなかった。

誰にもない能力を持っているという万能感に酔いしれた。


世界。


そんな思いがよぎる。

普通であれば時間的にも金銭的にも今の自分には決して行くことはできない。


でも数時間念じれば行くことができるんだろう?


試みは成功した。


最初は隣の国。次は海を越えた程遠い国。

念じる時間が長くなればなるほど体の疲労もひどくなったが、

それにもまして満足感が上回った。


休みが明けるたび、複数の同僚に


「最近老けたね」


と言われたが全く取り合わなかった。



そして、8時間の思念を経て、ついに今、地球の裏側にまで到達する事が出来た。

いつもの落下感覚の後、少しバランスを崩し地面に手を着いた。


何気なく見た自分の手の甲。


薄い皮膚からは青い血管が浮き出し、見るからに水分は失われている。

骨や筋が目立ち、老人斑に覆われている。


どう見ても老人の物だ。


どういうことだ?


―― 「言っただろう? 使いすぎは体に毒だと」


なんだって!?


―― 「瞬間移動するたび、お前が歩いて移動するのに必要な時間と同じだけ寿命を頂いた。当然だろう?」


そんな話は聞いてないぞ!?


―― 「お前の同僚を使って何度も警告をしたが?」


老けていると言われた事か!!!!!


「ふざけるな!! 寿命を返せ!! 元に戻せ!!」


―― 「我々にも出来ない事がある。時間を戻すことだ」



あぁ、急速に力が失われていく……。

体の力が抜けていくのが分かる。

倒れこむ眼前に近づく地面。


寿命…か。


――――――――――


二人の声が聞こえる。


「ほら。警告しても欲望には勝てなかった。」

「魂もあまり美味くなかったな」


――――――――――


実験記録


・特別な力を与えると調子に乗る

・警告をしても聞き入れない浅はかさ

・慎み深さのない魂は不味い




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