ūnus ウーヌス
第2話 切創
左腕を見る。薄く赤い筋が幾本も見える。
あぁ。死にたい。
今日も剃刀を右手に持ち、左手首にそっと当てる。
薄い金属の塩辛さに似た感覚を皮膚で感じる。
冷たい刃物には悪意も善意もない。少し滑らせればその実力をもって薄い皮膚を二つに切り開いていく。
ゆっくりと剃刀を手前に引く。
チクリとした痛みの後、サスペンションのついた自転車が走るように何の抵抗もなく続く痛み。
にじみ出る血が作る赤い筋は徐々に太くなり、やがて表面張力を失い床にぽたぽたと落下していく。
これで、終わりになれば。
―― 「死なない事を知っているんだろう?」
急に頭の中で声がした。
え? 何?
―― 「死なないから何度も自殺ごっこをしているんだろう?」
ちがう! 私は! 本当に悩んで! 生きている事が苦しくて!
その間も、血は流れ続け、床に大きな血だまりを作っていく。
―― 「覚悟もないのに」
そんなことない! 私は死にたい!
―― 「判った」
バシィッッ!!
白くて黒い、フラッシュのような感覚が体に走る。
剃刀でできた細い切創が少し大きく開いた。
切り口から目が離せない。
何かが、切り口から出てこようとしている。
いつだったか顕微鏡で観察させられた昆虫の足。
あれは……蠅の脚だ。
蠅の脚が1本…2本…
10本…15本…20本……もう数えられない。
切り口をこじ開けるように蠅の脚が無数に突き出しうごめいている。
まるでひっくり返したムカデのように…。
「いやぁああああああああああああああ」
口を突く叫び。
「やめてやめてやめてやめて!!!!!!」
蠅の脚により無理やりこじ開けられた切り口は、先ほどまでとは違う大量の血の流れを作り始めた。
ボダボダボダボダボダボダボダボダ…………。
―― 「死にたいと言ったじゃないか」
「こんなの嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!死にたくない死にたくない!!!」
―― 「死に方を選べるほどお前は大層な人間なのか?」
ボダボダボダボダ……。
広がる血だまり。千切れ落ちた無数の蠅の脚。その中に倒れこむ私。
あぁ…。私、本当は死にたくなかったんだ。
――――――――――
二人の声が聞こえる。
「ほら。死にたいなんて嘘だ」
「なんだ。しょうもない」
――――――――――
実験記録
・死にたいと言っていても実は嘘
・死に方を選べると思っている傲慢さ
・ベルゼブブの脚は恐怖効果あり
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