第22話 決着の夜
マリアンヌは指輪から伸びた、糸の先をみた。
「なんだっ! なにをみているっ!」
糸はベイルの胸元へと伸びている。
(契約書……)
マリアンヌはつま先をのばし、オスカーの耳元で囁きながら指輪をみせた。
「オスカーさま、この指輪から伸びる魔力なのですが……」
「……教えてもらわないと、気づかないほど細いが、確かに伸びている。この指輪はザック殿が魔法をかけたと、ソフィアからの手紙にあったな」
オスカーは糸の先、ベイルの胸元をチラリとみた。
「……試したいことがあります」
オスカーから指輪のことを聞いたマリアンヌは、指輪を自分の魔力で包み込んだ。
さっきよりも強く、握り潰すように力をこめる。
ほんの少しだけ、抵抗するような魔力の動きをマリアンヌは感じた。
「決闘なぞ、わたしは受けんぞっ!」
ベイルは叫び、どうにか逃げだせないかとあとずさっている。
そうこうしているうち、指輪から放たれていた魔力は完全に消え失せた。
そっと手をひらき、指輪をみる。
マルクの刻印が消えている。
「「……」」
顔を見合わせ互いに頷くと、二人の視線はベイルの胸元へと向いた。
考えたことは同じ。契約書にかけられた魔法も指輪のように。
「ベイルは抑える。任せろ——」
オスカーは身体強化魔法を自身にかけると、瞬時にベイルの背後にまわりこみ、背中からは羽交いじめにした。
「い、いたいっ! やめてくれっ!」
宙吊りのまま締め上げられる痛みに、悲鳴をあげるベイル。
マリアンヌはその胸元へと手を向けた。
白い光をまとった魔力が、マリアンヌの開かれた手から伸びていく。
(掴んだ)
白い魔力はベイルの胸元に達し、指輪と似た魔力と、更にもう一つの魔力を包んだ感覚をマリアンヌに返した。
(これはきっともう一枚のほう! どっちも消えてっ!)
強い思いをこめて、開かれていた手を握りこむ。
魔力が呼応し、包みこむ力がより強まる。
かすかな抵抗を感じるが、構わず押しつぶす。
「あ、あっ、熱いっ!」
ベイルは突然熱くなった胸元に驚き、先ほどの悲鳴よりも大きな声をあげ、ジタバタと暴れた。
その動きの結果、宙に浮くベイルの胸元から二本の巻物が転がりおちる。
それはちょうど宰相の前まで転がると、束ねていたヒモがほどけ、みてくれといわんばかりに、その中身をさらけだした。
宰相は二枚をひょいと拾いあげ、中をみる。
「ほう? 見覚えのあるものだが、どちらも契約理由の箇所が消えておる」
「そんなっ! ありえないっ!」
「ありえない……か。ところでベイルよ。これと同じことが起こる事象をワシは知っておるのだが?」
「あ、あ、そ、それは……」
「マルクの民が文字変化させた書物」
宰相は、ベイルへと冷たい視線を投げかけた。
「さあ、ベイルよ。どうする?」
「あの執事が、マルクの民である、あの執事がわたしを恨んでっ」
宰相はため息をついた。
契約書の魔法は消えたが、マルクの民は生きている。ベイルが無理やりに改ざんさせたことは、すぐ明らかになる。
「言うに事欠いてそれか。もう少しまともな反論はないのか? マルクがたどった歴史とお前の言葉、どちらが重いか比べるまでもないのだが。追い詰められて底がみえたな……。それに自分の状況も忘れておる」
殺意を濃く纏った魔力が、ベイルの背中をなでるように絡みつく。
死そのもの、あるいは死神が自分を抱きしめているような感覚。
ベイルの身体がブルリと震えた。
「決闘は申し込まれたままだ」
「宰相閣下! 違うのですっ、わたしはなにも悪くないっ!」
「……選ばせてやろうか?」
取り乱すベイルに宰相は声をかけた。
「領地、爵位没収のうえ、その能力を国に役立てる。役人として食うには困らん扶持もくれてやる。功績によっては、再び爵位を賜ることもあるだろう」
「爵位を捨てる……」
「それが嫌なら決闘だ」
ベイルは口をあけたまま、うなだれた。
「連れていけ。しばらくは王城で軟禁だ」
宰相が指を鳴らすと、衛兵が会場にあらわれ、オスカーからベイルを受け取り、脇を抱えて連れ去っていく。
「娘もな」
宰相がそういうと、皿が割れた音が響いた。
音がしたのは会場入口の近く。そこにはカタリナが倒れていて、慌てて起き上がろうともがいている。
新たにあらわれた衛兵が、ひょいとカタリナを担いで外に出ていく。
泣き喚くような声が小さくなるのはすぐだった。
「さて、辺境伯よ。
「その通りかと」
当初の予定ではベイルを追いつめ譲歩案を引き出す、最悪の場合は決闘も辞さない。そう考えていたが、マリアンヌが起こした行動で全てがひっくり返った。
オスカーの名誉は傷つかず、誰も死なず。ベイルも殺さず、その能力を国に奉仕させる。最良の結果だ。
「それにしても見事な終わりかた……ククッ、いかん笑いが止まらん、ふははっ!」
宰相は快活に笑った。
「本当に……ははっ!」
つられるようにオスカーも笑う。
「——オスカーさま! わたしっ」
自分の魔法が思った以上に事態を急展開させたことに、半ば放心していたマリアンヌであったが、宰相とオスカーの笑い声によって我に返った。
予定とは違う、自分の起こした結末にやや不安そうな表情だ。
「きみは最高だマリアンヌ」
オスカーがその不安を払うように抱きしめる。マリアンヌの表情はすぐさま明るいものへと変わった。
「おお、まぶしくてかなわぬ」
宰相は目を細めたあと、手を二度叩き合わせた。
「さて、前座は終わりだ。二人を祝おう」
宰相の合図で楽師たちが再び音を紡ぎ始めると、静かだった会場が途端に活気づく。
それを合図に、貴族たちは祝いの言葉を述べながらマリアンヌとオスカーに迫り、二人のことについて次から次へと問いかける。
マリアンヌは貴族たちの迫力に押され、おもわずオスカーの胸に顔を埋めてしまった。
頭にそっと置かれた手を感じ、マリアンヌは上を見上げる。その先にはいつもより柔らかい表情をみせるオスカーがいた。
マリアンヌを胸に抱いたまま、オスカーは堂々と貴族たちの問いに答えはじめた。
「彼女との出会いは運命に導かれたものだ——」
◆
この夜、オスカーの口から紡がれた物語は、貴族たちを深く感動させた。
そして、彼らは様々な場所でオスカーとマリアンヌのことを話したという。
二人の物語は後年まで語り継がれ、いつしか本となり、ついには歌劇として上演されるまでになった。
歌劇の作品名は——『マリアンヌの初恋』
〈了〉
『マリアンヌの初恋』〜愛妾から最愛へ。呪われた辺境伯を救うのは、目覚めた聖女の力〜 山田 詩乃舞 @nobuaki_takeda
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