第21話 覚醒
「さて、ウェンリー子爵。卿にとっても重要な手紙がきた。確認しても?」
「……かまいませぬ」
ベイルの返事を聞いたオスカーは、マリアンヌから絆鳥の籠を受け取り、窓際に止まる絆鳥の前に移動した。
窓を開けると、二羽は鳥籠の上に飛び乗った。
オスカーは二羽の足から手紙を外す。
窓を閉め鳥籠の扉を開けると、二羽はそこに入り込んだ。
オスカーは鳥籠の扉を閉めると、近くのテーブルにそれをおく。
そしてマリアンヌの隣へと戻ってくると、手紙を開き読み上げた。
ベイルとの距離は十歩程度。やや大きな声が響く。
「まず一つめ。……ほう。集落の全員を保護とある」
オスカーは手紙から視線を上げた。ベイルに焦った様子はない。
マリアンヌは手をあわせ目を閉じている。
「では、もう一通。……ザック殿は無事だ」
「オスカーさま、ありがとうございます……」
マリアンヌはオスカーの手を取り、消えいるような声をだした。
「ああ、いまは少し眠っているようだ。問題はない」
「良かった……」
マリアンヌはほっと息をついた。
しかし、それを引き裂くようにベイルの声が響く。
「辺境伯閣下? なんのことかさっぱりですな? それより、はやくマリアンヌをこちらに渡して頂かないと」
ベイルは当初の策がなんら瓦解していないことを把握し、威勢を強めた。
(マリアンヌと辺境伯の様子からも、奴らがザックやマルクの民を殺すのはまずない。やはり読み通りだ。たかだか二人を犠牲にする判断ができぬ馬鹿どもが。そうすればオレに勝てるというのに。甘いやつらだ)
ベイルは次の動きへ意識を向ける
(あとはマリアンヌを連れ帰り、今度は古くからの使用人たちを人質に、新たに正規の契約書を結ばさせてやる)
しかし、ベイルはわかっていなかった。
十年に及ぶオスカーの孤独、それに光を当てたものが彼にとってどれほどなのかを。
「そのことだが。……ベイル・ウェンリー子爵。卿に決闘を申しこむ」
「……は?」
ベイルは一瞬、何をいわれたのか理解できなかった。
もっともあり得ないと除外したことだったからだ。
決闘は騎士の名誉をかけて行われるものだ。正当性のある契約書が気にいらないからと決闘し、ベイルを殺せば名誉は地に落ちる。
呪いのときとは違う。貴族として最低限のルールも守れない外道と見られるのだ。
(無理矢理に決闘まで持ち込みオレを殺したところで、マリアンヌは手に入らないぞ?! 王族も黙っては——まさか、すでに話しを!?)
宰相が引けといった意味を、五百で二万を相手取るものの思考、胆力を、ベイルはいまさらながら理解した。
そして、獲物を狩るつもりで用意していたこの場が、実は自身を閉じ込めるための檻だったということも。
「さあ。ベイル・ウェンリー子爵」
オスカーの身体から魔力が轟々と立ち昇る。さっきよりも濃くなった翠色の目と対峙するベイルの顔からは、だらだらと汗が流れた。
「マリアンヌ、下がってくれ」
オスカーはマリアンヌがつかむ手を離そうとする。
「……」
だがマリアンヌは、オスカーの手を強く掴み離そうとしなかった。
「マリアンヌ?」
マリアンヌは悩んでいた。オスカーの決めたことを反対したいわけではない。だが納得ができずにいる。
なぜ、オスカーの名誉が失わなければならないのか。
自分のことなら耐えられる。それこそ十年をゴミのように扱われても、耐えたのだから。
愛する人が陥れられることに、どうしても我慢ができない。
——けれど、これ以上は困らせることになる。
二秒に満たない沈黙のあと、マリアンヌは顔を上げた。
オスカーの心配する顔がすぐそこにある。
愛している人。大切な人——マリアンヌがオスカーへの想いを確かめながら、手を離そうとしたそのとき。
「オスカーさま。……目の色が」
マリアンヌはオスカーの変化に気づいた。
レスリーに教えてもらったことが頭に浮かぶ。本来の目の色は紅、呪いによる影響をうけ、翠へと。
その翠が、先ほどまで濃く現れていた翠が、いま薄くなっている。
さらには、瞳の中心は紅へと変化をみせ、噴き上がるように立ち昇っていた魔力も、勢いを減じていた。
「目が? それより魔力が突然……なにかしたのか?」
『話しかけることだけ、いや、おそらく対象に意識を向けることで魔力を作用させる、とても珍しい特性をお持ちです』
レスリーとの会話が、マリアンヌの記憶から引き出される。
開かずの扉に鍵が差しこまれ、カチャリと回った音がマリアンヌの中で鳴った。
オスカーの手を離し、意識をオスカーではなく、後方、煌めくシャンデリアへと向ける。
(また翠色が濃くなって——っ!)
オスカーの魔力が再び立ち昇ると同時、光がマリアンヌの視界を覆った。光を放つのは、自分の手からシャンデリアへ伸びる白い魔力。
「マリアンヌ、それは……」
オスカーはマリアンヌの手から出る魔力に覚えがあった。自分が口にしているジャムから放たれるそれだ。
可視化できないほどの薄いものだったはずが、今は光を放っている。
「オスカーさまの目の色が変わったと思って、そうしたら突然……」
花の世話もジャム作りも、良くわからないまま結果が出たせいで、マリアンヌは自分の魔力というものを認識できずにいた。
だが魔力が作用し現象が起きたことを、いまはっきりと確認したことで、魔力の形というべきものをマリアンヌは認識することができた。
まわりを見渡すと貴族たちが纏う魔力がみえる。ごく近しい色はあれど、どれひとつとして同じ色がない。
これまでぼんやりとしか見えていなかった魔力が、ことさら鮮明にマリアンヌの視界を彩る。
(これが魔力……)
そして。自分がまとう白い光、腕から指先へと視線を移し——
(指輪から青色の光が出て、消えた……)
マリアンヌは指輪を引きぬいた。
青色の光は指輪のまわりにごく薄く残っている。
意識を指輪から逸らすと青色の光は強さを増した。
(わたしの魔力が干渉することで増減している)
さらには指輪から伸びる一本のか細い糸がみえる。
(魔力の糸? 続いている……)
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