気づかないために

羽の枚

第1話

 足元に口角が上がった顔が転がってきた。

 よく見ると、口の両端に釣り針のようなものが引っかけられ、さらに釣り針から伸びた糸が耳に括り付けられているようだ。結び目から余った糸がやけに長く、足に絡みついてくるような気がしておもわず足を引いた。代わりに、体を前のめりにさせ転がってきた顔をより近くで観察する。どうやら誰かが無理やり笑顔にさせているらしい。それか、死ぬ直前の顔を維持させようとしたのだろうか。

 笑顔に笑顔を返しながらふと顔を上げる。釣り針に気を取られすぎていたようで、周りにいた人達が一人もいなくなっていた。


「うーん。どうするか」


 このままほっておくと転がりながら家までいてきてしまうかもしれない。

 この場合警察か?救急車が先か?どちらにせよ事情を話せば両方とも来てくれるだろう。とりあえず警察にするか。


 警察が来るまでの間、少し公園内を歩いてみる。ベンチから立ち上がり、顔を跨いで十歩前に進む。そして、振り返る。が、こちらに転がってくる様子はない。どうやらいてくることはなさそうだ。なら、さっさと無視して帰っておけばよかったか。まぁどちらにせよ警察が来るのを待つしかない。

 そんなことを考えながら先程まで座っていたベンチまで戻ると、しばらくして警察が来た。第一発見者ということもあって、疑われているようだ。しかし、僕は何もやっていない。疑われる筋合いはないため必死に弁明する。それなのに、警察は聞く耳を持たない。さらにはまるで僕が見えていないかのように目も合わせてくれない。確かに、こんな場面に遭遇したというのにずっと笑顔の奴は警察ですら目を合わせたくないのかもしれない。昔から周りの評価を気にして生きてきたせいで笑顔が顔に張り付いて剥がれない。こんな時ですらもだ。


 ただ運悪く僕の足元に転がってきただけだ。ただそれだけのことだ。

 必死な弁明はだんだんと自分に言い聞かせるような小さな独り言となっていった。


 警察らはずっと僕を無視する。僕も転がってきた顔を無視すればよかった。いつもの癖だ。すぐ下を向いてしまうからこそ、顔が視界に入ってきた。そして無視せざるを得なくなった。そう。それだけのことだ。簡単な話じゃないか。


「よし!これからは下を向かず前だけ見て生きよう」


 そう決心し、今度は僕から警察を無視して公園を出た。

 そして、足に巻かれた糸に気が付くことなく帰路についたのであった。



 翌日、公園の敷地内で首から下だけの遺体が発見されたとニュース番組で報道されたそうな。

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気づかないために 羽の枚 @hanomai_mebuki

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