第6話

「確かに我々のやってきた事はテロといわれても仕方ない…」

 動画内の中村は脂ぎった顔に得意げな表情を浮かべて続ける。

「しかし、あなた方も我々を映画に登場するモンスターのように抹殺している。これはサイキックの尊厳を踏みにじっていると言わざるを得ない…」

 指令室のモニター映る中村はとうとうと語りを続けるが、盛田はさっさと動画を停止させる。

「で、結局何を要求しているんです。」と、早瀬が質問する。

「サイキックの存在を公式なものとして、サイキックの犯罪も正規の裁判を通して裁けと…」

「いっそのこと認めればいいでしょうが…」

「馬鹿な。」と、吐き捨てる盛田。「サイキック能力による犯罪を立証するは極めて難しい。その上、サイキックの人権なんぞを振りかざされたら手に負えん。」

 それから早瀬に指を突き付け、「お前も職を失うんだぞ。」と、言った。

「そん時は、潔く転職しますよ…そもそもお偉いさん連中は検討するつもりもないんでしょう。」

「要求が受け入れられない場合は奪取した原子力潜水艦に乗り込み、深海で現人類が滅びるのを待つことにする、とさ。」と、盛田は苛立ちを隠さずに続ける。

「設置された生活プラントは海水から真水と酸素の生成は勿論、海水に含まれるプランクトンから人工肉の加工まで出来るそうだ。理論的にはほぼ半永久的に生活は可能らしい。」

 盛田は一方的に話を続け、早瀬は無言だった。

「実際、上層部もこれ以上騒動を起こされる位なら最新の原潜も手切れ金代わりにくれてやれ、という意見すらある。」と、そこまで言ってから盛田は気が付く。

「無論、今西さんの事は忘れていた訳ではないぞ。」と、取り繕う。

 いつもなら食って掛かる早瀬だが目を閉じて考え込んでいる。盛田が不審げに、「何を考えている?」と、言った。

「方舟の連中は彼女を何故固執したのか…」と、早瀬が呟く。

「…?それは彼女のサイキック能力の為だろう。何せ、テレポーテーションなど初めてのケースだからな。」

「その為に大切な同志を失う事になっても?」と、言ってから盛田の方に向き直る。

「方舟の連中、今は何処に?」

 盛田はモニターに視線をやり、「この動画を送って来たのは東京湾から南東方面にある離れ小島だな。」と、言った。

「何故そんな所にいるんだよ。」

「それは…」

「交渉の為…?しかし要求が通る訳が無い事は連中が良く分かっている筈だ。さっさと新世界にでも旅立てばいいだろう。」

 盛田は困惑した表情を浮かべ、「お前…何を考えている…」と、言った。

「足りない頭で考えても仕方ない…」と、早瀬は言ってからコンソールを指し、「タローを借りても?」と尋ねる。

 無言で頷く盛田。早瀬はAIに向けて質問を投げる。

「いいかい、タロー。その停泊してる離れ小島で、原潜の新型核融合炉が爆発した場合のシミュレーションして貰いたい。」

 核分裂による爆発よりも、核融合による爆発の方が遥かに威力は高い。戦術核と戦略核の違いがある

「だが、それが目的なら東京湾上の海上ドッグの段階で、爆発させているだろう。何故わざわざ…」と、盛田が口を挟む。

「その場所で、爆発させる必要があるのか…経度緯度はそのままで、高さの条件を変えてくれ、つまり大気圏で核爆発が起こった場合どうなるか。」

(解析ヲ開始シマス。)と、コンソールからタローの返答。

 モニターに解析中と表示されている間に、盛田が疑問を投げる。

「その大気圏という条件は何処から来たんだ。」

「藤原の奴は、理恵子さんを門と呼んでいた…つまり地上の核爆発を大気圏に送る門の意味だとしたら…」

 盛田もシミュレーションの意味を理解した。

「お前の報告だと、本人の記憶にある場所にしか移動させられないらしい。緯度経度まで正確にテレポーテーションさせるのは難しいからこそ、高さ限定で行わせるという事か。」

 モニターの解析中という表示が消え、タローが結果を報告する。

(新型核融合炉ノ起コス高高度核爆発ハ、広範囲ニ電磁パルスヲ発生サセマス。)

 モニターに地図が表示される。日本列島だけでなく、ユーラシア大陸、アメリカ大陸の大半が赤く塗りつぶされていく。

(既存ノ防護対策デハ、コノ電磁パルスヲ防グノハ不可能デアリ、直接照射サレル地域ノ電子機器ハ全滅シマス。ソノ影響ハ世界ノインフラ、クラウドノ大半ヲ停止サセマス。)

「水道、電気、ガス…ライフラインが一瞬で失われることになるのか。」と、呻く早瀬。

 盛田はモニターを注視しながら絞り出すように言った。

「それだけじゃない。現在、紙媒体の資料の電子化が進んでいる。そのバックアップデータが消失するとなると、下手すれば石器時代にまで戻りかねんぞ…」

「そう…」と、早瀬は指を鳴らす。「昔はハナコとかいう占い師が仕切っていたらしいだろう。」

「卑弥呼だ。文明が進歩する前はサイキック能力を持つ巫女が国を統治していた。神話時代の救世主と呼ばれる存在もサイキックだったかもしれない。その時代まで戻そうというのか…」

「連中のやり口は見たろう。サイキックを救う方舟なんて嘘に決まっている。」

「待て、このシミュレーション結果はあくまでも仮説でしかない。今は静観すると米軍の方とも話がついているんだ。軽はずみな行動は出来ん。」

「そんな事言ってる場合じゃ…」と、いつものように言い返そうとするが、日頃自信過剰な上司の顔が見たこともない程青ざめていて言いよどんだ。

「おい…どうした?」と、流石に心配そうに声を掛ける。

「お前の報告だと、そのサイキックのテレパシーは深層心理や潜在意識まで操るそうだな。」と、蚊の鳴くような声で言った。

「ああ…声だけで完璧にコントロールしていたな。」

 早瀬はスマホから命令する田渕の声を思い出しながら答える。

 盛田は震える手でコンソールを操作し警備員に指示を出す。

「遺体安置室を調べろ…大至急だ!」と、苛立ちを隠さない。

 遺体安置室には倒したサイキックの遺体が保管されている。

「遺体が消えている…?海上ドッグを襲った奴だな…」

 盛田の判断は早かった。コンソールに向かって、「基地全ての隔壁を閉じろ!司令官特権により最優先指示だ。」と、怒鳴る。

 隔壁が閉じていくモーター音とほぼ同時に爆発が起こる。その衝撃に早瀬と盛田は転倒しそうになるのをコンソールに手をついて辛うじて支える。司令室の灯りが消え、非常灯に切り替わる。

「被害状況を報告しろ!」

 コンソールに表示された報告に盛田は頭を抱えて崩れるように椅子に座り込む。

「藤原という男やってくれる…交渉を要求しながら破壊工作を仕込んでおくとはな。」

 自身の身体をアメーバのようにゲル化可能なサイキックは確かに死んでいたが、田渕の能力により仮死状態になっていただけであり、一定期間後蘇生するように設定されていた。それが警戒厳重な基地に潜入する確実な方法だった。

「サーバー室の一歩手前で自爆された…メインサーバーが破壊された。」と、盛田は打ちのめされた顔で呟く。

 メインサーバーは3Dプリンターによる強化服の形成から各種武装の制御までの全てを担当しているAIであるタローを管理している。サイキックへの対抗手段である光着システムが封じられた事になる。

 だが、早瀬の表情に迷いはなかった。「まあ、仕方ないわな。」と、言って司令室を出ていこうとする。

 その背に、「おい、どうするつもりだ?まさか…」と、声を掛ける盛田。

 早瀬は振り返る。「勿論その島にさ。」と、言いながら手を振る。「命令違反でエージェントの資格を剥奪するなら、好きにしなよ。光着システムが使えないんじゃ従う意味もない。こちらも好きにさせて貰うさ。」

「いや、そうはいかん。現地に向かう前に装備課に行きたまえ。丸腰では話にならん。」

 それからコンソールに向けて指示を出す。「これより不眠不休で復旧に当たれ…グズグズ言うな!隔壁一枚分被害は軽くなった筈だ。」

 そして早瀬の方に向き、「いいか、単なる自己満足で乗り込んで貰っては困る。光着システムが復旧するまでは既存の装備で対抗して貰う。」と、告げる。

 いつもの高慢な口調に戻っている上司に早瀬は苦笑いをする。

「分かってるさ。相手は山田の野郎と米軍のミスター秘密兵器を倒した奴らだ。」


「諸君!約束の時は来た。」

 離れ小島の頂きには、方舟のメンバーが集結していた。その前に立つ中村は熱弁をふるう。

「同志達の尊い犠牲により方舟を手に入れた。」

 メンバーを見渡しながら胸の内では自分の側近にする女の物色をする。潜水艦での生活は窮屈だろうが、ハーレムならば悪くない。

(もう藤原の一味は用済みだ。これからは俺の天下…)

 いつの間にか背後に忍び寄っていた冴木に首を叩き折られる瞬間まで、中村は幸福の絶頂だった。

「やはり、お前さんは優しいよな。自分が死んだことにも気が付かせないとはね。」

 皮肉っぽく笑いながら田渕が歩んで来る。

「少なくとも計画の進行に役立った。リーダーのまま死なせてやるべきだろう。」と、冴木はポツリと呟いた。

 突然の事態に呆然としていた面々にも動揺が広がっていく。田渕は両手を上げてそれを制する。

「まあ、落ち着きたまえ、諸君。諸君が残ったのはサイキックレベルがCクラスの売れ残りだから…その在庫処分を行う。」


 藤原は原潜の後部のエンジンルームにいた。藤原の目にはエンジン内部が透過されて映っている。今、藤原の見えざるサイキックの手が作動している冷却装置を鷲掴みにする。

 エンジンルームにアラームが響く。壁面のモニターに核反応が急速に進んでいるという警告が表示されるが、意に介さず藤原はエンジンルームを後にする。

 原潜が停泊している海岸には、冴木と田渕が待機していた。田渕は理恵子を抱きかかえている。

「如何ですか。」

 田渕の問い掛けに藤原はニッコリと笑う。

「もう後戻りは出来ないよ。」

 笑い返す田渕は理恵子の耳元で囁く。「門が開く時だ。」

 理恵子の身体が光の粒子になり、原潜の上空に黄金の門となって出現する。

「核融合炉が臨界点に達した時あの門が開きます。そしてその爆発のエネルギーはそのまま高度400kmの高さに転送されます。」と、誇らしげに語る田渕。

「上手くいけば…な。」と、冴木がポツリと呟く。

「何だ。私の能力を疑うのか。」と、田渕は露骨に顔をしかめた。

「お前はあの女を操ってるだけで、あの女のサイキック能力が想定通りに動作するかはやってみなければ分からないだろう。」

「ふふ、その時はこの島ごと微粒子レベルで吹き飛ぶだけさ。それも覚悟の上だろう?」

 藤原の一言で2人は黙る。藤原は田渕に向けて確認する。

「さて、そちらも準備は完了かね?」

「それはもう…」胸を張る田渕は、「だが、その意味があるかどうか…」と、笑う。

「いや、彼は来るだろう。私は核融合炉の方で手が離せない。些細な障害だが万全を期したいからね。」

「お任せください。強化服も使えないただの人間など…」

 あくまでも高慢な態度の田渕に冴木は指摘する。

「お前は見くびりすぎる。それは不覚を取る要因となる。」

「ふん、お前は海上ドッグでは大暴れしたが、ここでは私に任せて貰おう。」


 ゴムボートに付いたモーターは静音で、砂浜に到着した時も波の音に紛れほとんど聞こえなかった。ボートから降りたった早瀬は警視庁特殊部隊でも採用しているアサルトスーツを身に付けている。スリングで肩に吊っていた89式自動小銃を構えて進む。穏やかな日差しの人気の無い砂浜に武装した早瀬の姿は異質だった。

 島の中心はジャングルになっており、その奥から人影が飛び出して来る。早瀬は腰だめで自動小銃を撃つ。人影は胸に数発を受けても無言のまま突進してくる。早瀬はフルオートに切り替えて撃つ。早瀬の眼前で、中年の男が能面のように無表情のまま倒れこんでいく。

 倒したのはいつものサイキック変身体では無く人間の姿のままだった。だか、タフネスは人間のそれでは無かった。

「こいつらはサイキックのランクではCクラスだ。」

 あの時スマホから聞こえてきた声が頭上から聞こえた。早瀬は顔を上げると、巨大なドローンが浮遊している。

「自力では変身もままならない未熟者さ。なので私が手助けをしている訳さ。」

 ドローンの中心に田渕の顔が浮かび嘲笑う。

 ジャングルから続々とかつて方舟メンバーだった存在が現れる。田渕のテレパシーによって、人間的な感情を破壊され命令通りに襲い掛かる操り人形…ドールそのものだった。

「仮にもお前らの理想を信じて集まった連中に対して、この扱いかよ。」と、早瀬は嫌悪を隠さずに吐き捨てる。

「理想郷も新世界もそんなものは存在しない。それだけの事だ。」田渕の口調は素っ気ない。

 田渕からのテレパシーにより、ドールは一斉に早瀬に襲い掛かる。

 早瀬は自動小銃をフルオート射撃しながら、砂浜をジグザグに走る。ドールは山荘で利用された一般人と同様に田渕のテレパシーでマインドコントロールされている。違いはCクラスとはいえサイキックパワーを持っている事だ。完全な変身は無理でもホルモンバランスをサイキックパワーで制御する事で、常人の数倍の筋力と弾丸数発程度を耐えるタフネスを持つ。先頭のドールは腹部に被弾しながらも早瀬に迫る。眉間に撃ち込まれ絶命する前に腕を振るう。その打撃が肩を掠めた早瀬は転倒する。早瀬のアサルトスーツは機関の開発した衝撃吸収ジェルが仕込まれている。それがなければ脱臼していただろう衝撃だった。

 倒れながらも早瀬はベストに吊ったグレネードを放る。強力な閃光と轟音がドールの群れの上で発生する。痛みには耐性があるドールも閃光と音響には硬直する。防護ゴーグルを上げながら、早瀬はジャングルに飛び込む。残った二十数体のドール達はジャングルを追跡して来るが、反応は鈍い。

(やはり、な。)と、早瀬は鬱蒼とした木々を見上げる。

 ドールは田渕からのテレパシーにより活動している。ドローンの形態で上空から監視する田渕の視界に届かなければ正確な指示は下せない。

「ふん、悪足掻きを…」と、田渕は嘲笑う。

 上り坂の途中で、木々の一本を遮蔽にした早瀬は片膝を付いて構える。サイトに少し額が後退した平凡な男の顔が映る。引き金を絞ると、眉間を射抜かれた先頭のドールが倒れる。サイトに捉えるのはいつもの異形ではなく、人の顔だが躊躇せずに撃ち続ける。更に数体を倒すが、後続の一体が跳躍する。10mもの距離を越えて迫る20歳前後の娘の頭を空中で捉えて撃つ。視界が真っ白になり、衝撃に顔を覆う。

「今のは…サイコボム。元々特殊部隊が来る想定で準備していたんだがな。」

 上空から田渕の声が響く。生命維持を度外視して、サイキックパワーを瞬間的に増幅させる事で、Cクラスでもグレネード程度の破壊力を発生する。

「操り人形に自爆させて、自分は高みの見物か…お前に相応しい変身体だよ。」

 早瀬は上を向いて叫ぶ。だが、嘲笑が返ってくるだけだった。

 ドールが次々に誘爆する。その衝撃で遮蔽にしていた木が倒れ掛かり、立ち上がった早瀬は登り坂を掛ける。が、目の前が開けると崖っぷちで立ちすくむ。振り返ると、ドールの身体膨張する寸前だった。爆風を受けて、早瀬は崖から落下する


 理恵子は夢を見ていた。両親と弟の健児で遊園地に行っていた時の思い出だった。


 一瞬意識を失っていたらしく早瀬は頭を振る。下が砂地だったおかげで致命傷免れたらしいが、全身に激痛が走る。首を上げた早瀬は、岩や木の破片が身体に突き刺さっているのが目に入り呻く。破片の大半はアサルトスーツの衝撃吸収ジェルによって防がれていたが、刃物のように尖った木片がスーツを貫通している。その木片を抜くと、健児から貰ったメタルナイトというヒーローの人形が刺さっている。これが無ければ致命傷になっていた。

「そう、メタルナイトは不死身だったな…」と、早瀬は身体を起こそうとする。無様にふらつきながらもなんとか立ちあがる。一歩踏み出すごとに痛みで息が詰まるが歩けないことはない。

(メタルナイトと違って不死身じゃないがまだくたばる訳にはいかない…)

「人間風情がしぶといな…」と、上空で浮遊する田渕が感心したように言った。

 ドールにテレパシーを送って、崖の上から飛び降りさせる。エージェントごと自爆させても良いが、撲殺させるのも悪くない。ドールに早瀬の周りを取り囲ませた。それを見物しようと、田渕は高度を下げた。当然射撃を受けるが回避する。弾丸は田渕のドローン体の横をすり抜ける。

「最後まで悪足掻きを…」と、言い掛けて、田渕は頭上から衝撃を受けた。

 早瀬が撃ったの装備課の開発した炸裂弾だった。田渕ではなく崖の壁を狙って爆発させる。拳大の岩が降り注ぎ田渕のドローン体には落下する。岩に埋もれた田渕の視界に銃口が映る。

「お前さんの操り人形も指示がないと木偶か。」と、早瀬が言った。

 テレパシーの途切れたドールは立ったまま微動だにしない。ドローンの中心にある田渕の顔が恐怖で歪む。田渕のサイキック能力はあくまでも意志の弱い者しか操る事は出来ず、変身体の戦闘力は皆無だった。

「おい、待ってくれ。私は命令されていただけ…」

「俺もさ。」

 早瀬は引き金を絞り田渕の命乞いを打ち切る。田渕の変身が解けるのと同時に、ドール達も苦しみだす。限界で酷使された反動により次々と倒れ息絶える。


 家族とメリーゴーランドに乗っている理恵子。だが、その顔が曇る。

「理恵子、どうしたの?」と、母が心配そうに聞く。

「ううん…大丈夫よ。」と、返すが自分を呼ぶ声が聞こえるのだった。


 衛星写真によると、原潜は上陸した砂浜と反対に停泊している。早瀬はそこに向けて走る。ジャングルを抜けた所に男が立っていたのが見える。

「田渕はしくじったか…」と、冴木は呟いた。「優れたサイキックだったが、相手を見下す態度がやはり命取りになったか…」と、首を振る。

「お前が…山田を倒した野郎か。」

「あの男の同僚か…あの男は強かった…お前はどうかな…」

 近づいてくる冴木に早瀬は躊躇なく自動小銃をフルオートで撃つ。弾倉内の特殊炸裂弾は生身の人間相手に当たれば肉片も残らず吹き飛ぶ筈だった。

「装備課の一押しの弾丸だが…」と、早瀬は半信半疑な表情を浮かべる。

 自動小銃の弾丸のサイズに収められた新型炸薬は着弾時に戦車の複合装甲をも貫通する程の衝撃を発生させる。だが、炎の中からは黄金の武者像のようなオリハルコンボディが姿を現す。

「…やはり平然としたもんか。」と、早瀬はこぼす。

「やはり例の強化服が無ければこんなものか。」と、冴木は心底落胆した口調だった。

「ふん、勝負はこれからだぜ。」

 額のゴーグルを下ろしながら早瀬はグレネードを放ると、閃光と轟音が発生する。ドール同様に如何に鉄壁の防御力を持つサイキックも感覚器官に関しては常人と変わらない筈だった。

 早瀬は周り込みながら弾倉を変える。無防備な背中に残った炸裂弾をフルオートで撃ち込んでいく。着弾した弾丸から衝撃波がオリハルコンボディに送り込まれていく。装甲の破壊が無理でも内部構造へのダメージが目的だった。弾倉に残った最後の炸裂弾が着弾するのと同時に冴木が後ろ蹴りを放ってきた。咄嗟に自動小銃を楯にするが、あっさりとへし折られる。踵が胸に当たり吹き飛ばされる。ダンプカーとの正面衝突時を超える破壊力にアサルトスーツの衝撃吸収ジェルも防ぎきれずに、早瀬は息も出来ず倒れたままだった。

 冴木の背中に着弾した弾丸がポロポロと落ちていく。平然と倒れた早瀬に近づいていき、「残念だがここまでのようだな。」と、片手で早瀬の首を掴み持ち上げる。

 襟首にも衝撃吸収ジェルは仕込まれてはいなければ、頸椎は瞬時に粉砕されていた。だが、早瀬の顔はみるみるうちに土気色になっていく。それでも懸命に腰のホルスターに手を伸ばし、グロック拳銃を抜く。震える手で冴木の額に銃口向け、最後の力で引き金を引くも弾丸は冴木の額にめり込んだだけだった。がっくりと拳銃を落とす早瀬。


「サーバー復旧しました。」と、告げるオペレーター。一昼夜の重作業に疲労の色は隠せない。

「宜しい、ナンバー4を映せ。」と、指示を出す盛田も目の下にクマが出来ていた。

 オペレータールームのメインモニターに、冴木に首を掴まれ持ち上げられた早瀬の姿が映し出される。

「ナンバー4のバイタルサイン急速に低下中。」と、青ざめるオペレーター。

「大口叩いてなんて様だ…」と、盛田は皮肉を言いながらも「司令権限により命令…光着せよ、ナンバー4!」と、叫ぶ。

(光着システム起動。光着セヨ、ナンバー4。)と、タローの人工音声がオペレータールームに響く。


 冴木は掴んだ首に更に力を込めていく。指先の感触が最後の瞬間が近い事を告げていた。

「これで終わりだ…ムッ?」

 掴んでいた首の感触が消失する。宙吊りにされていた早瀬に強化服が光着される。早瀬は冴木の胸を蹴りつけて、後方に飛ぶ。

「…全く遅いんだよ。」と、首を押さえながら毒づく早瀬。

「驚いた。こちらの想定よりも早くシステムを復旧させたか…」

 冴木はオリハルコンソードを生成し、「勝負はこれからか。」と、言った。

「いや、これで終わりだ。」と、首を振る早瀬。強化服にタイプR(Rifle)を装備する。銃身が左腕に形成される。

「戦車ライフル弾でも俺の装甲を貫く事は不可能だ。」

「ああ、装備課でもそういう結論だった。」

 跳躍する両者。早瀬は銃口を冴木の頭部に向けるが、オリハルコンボディに絶対の自信を持つ冴木は構わずに巨大な剣を振りかぶる。銃口から先端が極度に細い弾丸が発射される。貫通させる事に特化した特殊徹甲弾が冴木の額に着弾するが、オリハルコンの装甲に阻まれ落ちていく。冴木がオリハルコンソードを振り下ろせば強化服ごと早瀬の身体は切断される事になる。

 だが、冴木は頭部への衝撃により動きが止まり、そのまま落下する。オリハルコンソードが刃の部分から消失していき、変身も解除された。冴木は額に手を当てて流れる血に愕然とする。「まさか…」と、辛うじて声出す。

「ああ、さっきの拳銃弾が本命さ。」と、早瀬は答える。

 装備課はオリハルコンに準じる硬度のタングステン合金の徹甲弾を開発したが、拳銃弾サイズを作成するのが精一杯でオリハルコンボディを貫通させるのは到底不可能だった。そこで早瀬は提案したのはその拳銃弾を楔とする事だった。

「光着前なら警戒されずに近づけて額に撃ち込めた…かなりギリギリのタイミングだったがな。」

 無表情だった冴木は自嘲気味に笑った。藤原や田渕にも見せた事のない人間的な表情だった。

「俺にも慢心があったか…」と、呟いて目を閉じた。


 理恵子は家族と離れ、自分を呼ぶ声を探して独り歩いていた。いつの間にか遊園地ではなく見知らぬ雑踏の中をあてどもなく彷徨っていた。


 早瀬はタイプS(Speed)に切り替える。追加装備されたイオンバーニアにより急斜面を一気に駆け上がり、山道を疾走していく。海が見える崖の上まで来ると停泊する原潜とその上空に浮かぶ黄金の門が視界に入る。

「おい…あれはまさか…」と、タローに問い掛ける前に返事が来た。

「そう、理恵子君だよ。」と、丘に立っている藤原が答える。

「もうすぐ原潜の核融合炉はメルトダウンを起こす。その爆発のエネルギーはあの門を通って大気圏に送られる。文明が終わりを迎える事になる。」

「同じサイキックを犠牲にしてまでやる事かよ。」

「それはね、何故サイキック能力が廃れ文明が発展したか…だよ。」

「何…?」

「思念の力で、数トンもの重量を持ち上げられる。それは素晴らしい事だ。だが、重機マシンの方がより大量の物を持ち上げられる。結局サイキック能力にも限界はあるのだ。」

「…」

「今先祖返りしたかのようにサイキックが増えている。その意味を私なりに解釈した結果だよ。」

 講義のように滔々と語る藤原に、早瀬は激昂する。

「ふざけやがって、どれだけ犠牲が出ると思ってやがる!」

「まあ…私が救世主として導ける程度の数が残っていればいいかな。」と、微笑む藤原。穏やかな老紳士の風貌から邪悪さ滲み出て来る。

「何っ!」と、早瀬はバイザーに表示された警告に驚く。強化服全体に圧力が掛けられ軋んでいく。

(早瀬、タイプZだ。)と、盛田から通信が入る。

「そんなタイプあったか…?」

(いいから早くしろ!強化服ですらもうもたんぞ。)と、盛田は焦れたように言った。

「…タイプZ。」と、早瀬はタローに指示を出す。

(タイプZニ移行シマス。)と、タローから返答があった。だが、デフォルトタイプからさほどの変化はない。

「何だ…あんまり変わってないのかよ…」と、愚痴ろうとしたが、バイザーの警告が消えている事に気が付く。

 強化服は米軍のSRS部隊の最精鋭サイボーグですら押し潰されたサイキックパワーに耐えきった。

「すごいな、タイプZ。こんな装備があるなら…」

(もっと早く使えというんだろう。いつでも首都圏のほぼ全ての電力を回せるなら、な。)

「…」

(それよりも原潜のメルトダウンを止める必要がある。中継器を打ち込め。)

「了解。」

 早瀬は右腕を原潜に向ける。手のひらからポッド状の装置が生成され原潜に打ち込まれる。接触したポッドは原潜のメインシステムにアクセスを開始する。

「いや、驚いた。私のサイキックパワーに耐えるとは…」と、藤原が大きな身振りで言った。

「ふん、いつまで余裕がある振りをしてやがる。」

「確かに私も本気を出す時だな。」と、微笑む藤原の身体が光に包まれ、空中に浮かび上がっていく。

(追え、タイプZには、飛行機能が標準である。)

「流石は最終形態なんでもありだな。」

 足裏のイオンバーニアからの推力だけで強化服の100キロの重量を軽々と空中に持ち上げる。

 空中の藤原は変身を完了していた。その姿を見た早瀬は息を呑む。

「なるほどね、人前で変身出来なかった訳だ。」

 藤原の変身体は全身黒ずくめ、頭部に山羊の角、背中には蝙蝠の羽が生えている。その姿は宗教画にも登場していた。古来から人々がイメージしていた悪魔そのものだった。

「サイキック変身体はその精神を具現化したもの…それが貴様の本性か。」

「本性?そんなもの群衆が気にする筈なかろう。文明崩壊後、私にすがる愚かな連中が目に浮かぶ。」

 藤原は両手を前に突き出して、サイキックパワーを集約していく。その強大なエネルギーに強化服のバイザーにも警告が表示される。

(レーザーを使え。)と、レシーバーから盛田の緊迫した声が入る。

「こちらも最終兵器か…いいだろう、レーザー準備。」

 強化服の左肩に全長2メートル、直径は50センチのキャノン砲が形成される。

(エネルギー供給正常、発射可能デス。)と、タローからの返答。早瀬は息を吸って叫んだ。

「ぶちかませ!」

 早瀬のレーザーと藤原のサイキックパワーが空中で衝突する。両者の中間で拮抗する。


 モニターを見る盛田の顔が青ざめる。

「首都圏全域の電力まで一時的に回した高出力レーザーと互角のサイキックパワー…1人の人間の思念の力がここまでとは…」

 オペレーター声にも焦りが滲む。「もうこれ以上の供給は無理です。医療設備にも影響が出ます。」

「だが、ここで仕留めけなければ…」と、盛田は言った。

 モニターには変わらずレーザーとサイキックパワーが拮抗する様が映っている。盛田の額から冷汗が流れる。

「司令!」

「やむを得ん…システム解除…」

 強化服から中継されていたモニターも切れ真っ暗になる。

「後は、あいつに期待するしかない。」


 光着が解除された早瀬の前で笑う藤原。「どうやら私の勝ちのようだね。」

 だが、早瀬は冷静だった。「どうかな…顔色が大分悪いようだが大丈夫かい。」

「何を言って…」と、言いながら自分の手を見て愕然とする。いつの間にか変身が解けている。しかもミイラのごとく枯れていた。

「こ、これは。」と、枯れた手で触る顔は、老紳士然とした風貌が見る影もなく醜い皺が刻まれていた。

「だから、あんたもさっき言ってたろう。サイキックにも限界はある。なまじ強力なサイキックだったあんたは自分の限界が分からなかった…」

 膝をつく藤原は、「核融合炉の暴走は止められん。」と、それでも勝ち誇る。


「中継器からの停止シグナルを受け付けません。後数分で臨界点に達します。」

 オペレーターの声には絶望感がある。その肩に手を置く盛田。

「それでもやり続けるしかないんだよ。残り数分でもな。」


「田渕君の能力で、原潜の制御システムと彼女の精神をリンクさせている。つまり彼女のマインドコントロールを解くしかメルトダウンを止める術はない。」

「なんだ、そんな簡単のことか。」

 早瀬は理恵子の変身した黄金の門に向かって叫ぶ。

「理恵子さん、目を覚ますんだ!」

「無駄だよ、彼女には幸福な頃の思い出をリピートするように暗示を掛けている。マインドコントロールは決して解けない。そして彼女を殺す事が君には出来まい?」

 だが、早瀬は構わずに叫び続ける。

「君には戻って来る場所がある…俺は健児に連れて帰ると約束したんだ!俺に約束を破らせないでくれ!!」

「つくづく甘い男だな。そんな戯言が通用するとでも…」という嘲りは、光の粒子となった門を見て止まる。

 光の粒子は理恵子の姿に戻り早瀬の腕に抱きかかえられる。

「サイキックパワーと意思の強さは別のもの。この人の芯の強さは詰まらない幻覚なんぞに負けやしない。」

 早瀬は理恵子を横たえる。意識はまだ取り戻していないが、顔色も呼吸も正常だった。停泊している原潜に視線を移すが、爆発する様子はない。今ごろ本部の方で懸命に制御しているだろう。

「どうやら茶番は終わりらしいな。」

「お…の…れ…」と、声を絞り出しながら、恐るべき執念で掌にサイキックパワーを凝縮するも、精々がゴルフボール位のサイズだった。

 サイキックパワーを軽くかわした早瀬はナイフを投擲する。藤原の胸に深々と埋まるナイフ。だが、その前に心臓は停止していたかもしれない。よろめく藤原は崖から転落する。その姿は波に消えていった。

「救世主ごっこは地獄の亡者相手にやるんだな。」

 理恵子を抱きかかえた早瀬は独り呟く。


エピローグ

 原潜は無事に回収された。そして世界の危機を救った男は上司に背後から首を絞められていた。プロレス技でいうヘッドロックの態勢だった。いつもの取り澄ました態度はかなぐり捨てた盛田は早瀬を揺さぶる。

「お前な…監視対象者を勝手に海外に逃がすとどういう了見だ。」

「あの姉弟をガードしろと言ったのはあんたでしょうが。」

「彼女もサイキックなんだぞ。それを事前にパスポートまで用意しておいた、というのは確信犯だろう。」

「研究施設で一生飼い殺しになれと言うのかよ…」

「…!ええい。」と、唸って早瀬を離した盛田。

「もっととっちめてやりたいが、そうもいかん。これからお偉いさんの所に行かねばならん。」

「お褒めの言葉を頂戴に?」

「馬鹿!首都圏の電力供給を停止するなどという無茶をやったんだぞ…」

 盛田は早瀬の肩をつつきながら、「監視対象者を勝手に逃がした事も合わせて怒られてくるのさ。」と言って、司令室のドアに向かう。

 いつもならその背に毒づく所だが、素直に頭を下げるしかない早瀬だった。

「ああ、それからな。ナンバー50が復帰する。しばらくコンビを組め。」

「陽子の奴大丈夫だったのか。」

「元々怪我自体は打撲程度だった。このまま辞める事になっても仕方ないと思っていたが、続ける選択をしてくれたのは喜ばしい…何せ慢性的にエージェントが不足しているからな。」と、言って司令室を後にする盛田。

 後に残された早瀬は大息をつく。それから壊れたメタルナイトの人形を取り出す。今西姉弟との別れを思い出した。


「壊してしまってすまない。だけどこのメタルナイトのおかげで助かったよ。」

「メタルナイトはヒーローだからね。同じヒーローの兄ちゃんを助けるさ。」と、笑う健児。

「残念ながらヒーローじゃなくてしがない雇われ人さ。」

 早瀬は健児の頭を撫で、理恵子に向き直る。

「急なことであまり用意も出来なかったですが…」

「いえ、十分過ぎる位です。それよりも大丈夫なんですか、私はサイキ…」

「おっと、別に犯罪者が高飛びする訳じゃなし。ただの留学ですよ。」

「早瀬さん…」

 理恵子の視線を受けた早瀬は照れたように頬を掻く。搭乗案内を告げる空港アナウンスが聞こえる。

「いいか、これからはお前が姉さんを守っていくんだぞ。」

「うん、ありがとう。兄ちゃん。」

 姉弟は手を振って搭乗口の奥に去っていった。

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サイキックハント @sawaki_toshiya

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