ザ・レター・フロム・ユア・ゴースト

Hiroe.

第1話

 あるところに、一人の男がおりました。男は鷹の目と猫の耳、犬の鼻に鼠の足を持ってましたので、何も怖いものなどありませんでした。アパートの管理人もレストランのコック長も、えらそうな警察官でさえも男を捕まえることなどできません。男は毎日気ままに飲み食い踊り、愉快な日々を過ごしていました。


 ある日の夜、男は一人きりの部屋でお金を数えていました。両手に余るほどの金貨は、昼間は違う持ち主がいましたが、今は男のものです。男は愉快でたまりません。満足してベッドにもぐると、そこには一枚の便せんがありました。

「それで何が買えるのでしょう?」


 次の日の夜、男は自分の足に薬を塗っていました。自転車で人ごみをかき分けようとしたときに、バランスを崩して転んでしまったのです。自転車の運転には自信がありましたが、何せ初めて乗るものだったので仕方がなかったのだと、男は自分にいいました。手当てを終えてベッドにもぐると、そこには一枚の便せんがありました。

「一番痛むのはどこですか?」


 また次の日の夜、男は酒を飲んでいました。男は手先が器用だったので、トランプやコインを使った遊びでは決して負けることがなかったのです。悔しがる仲間から受け取った酒は、男を夢見心地にさせました。千鳥足の男がベッドにもぐると、そこには一枚の便せんがありました。

「おいしいものは、もっとたくさんあるでしょう」。

 男はしばらく考えました。彼には好物がたくさんありましたが、なぜかそれらは同じ味がするような気がします。転んだ傷の痛みはなくなりましたが、乗り捨てた自転車は壊れてしまったでしょう。使い切れないほど貯まったお金は、部屋の奥でじっと身を潜めています。唐突に、男は途方に暮れました。


 次の日の朝、男は町に行きました。いつだか持ち帰った財布を差し出すと、落とし主が喜ぶだろうと駅員が微笑みました。部屋に戻る途中、軽くなったポケットに、男は思わずスキップをしました。その日の夜、男がベッドにもぐると、そこには一枚の便せんがありました。

「買えないものを手に入れましたね」


 また次の日の朝、男は公園に行きました。公園ではひとりの男の子が泣いていました。男は男の子に駆けより、すり剥いた膝に息を吹きかけてやりました。傍に倒れていた自転車を立て直し、男は公園を去りました。その日の夜、男がベッドにもぐると、そこには一枚の便せんがありました。

「胸の痛みも消えたでしょう」


 そのまた次の日の朝、男は酒屋に行きました。上等な酒を仲間にごちそうした男はその日、初めて勝負に負けました。それなのに愉快そうに笑う男を、仲間たちは不思議に思いました。その日の夜、男がベッドにもぐると、そこには一枚の便せんがありました。

「こんなにおいしいお酒は初めてです」


 日曜日になると、男は交番に行きました。男の部屋にはゴーストがいるのです。そのゴーストは男のすべてを見、すべてを知って、毎晩一言だけの便せんを寄こすのです。男は警察官にいいました。ゴーストの正体を調べてくれないか。どうにも落ち着いて眠れないんだ。

 えらそうな警察官はいいました。それならまず、証拠の便せんを持ってきなさい。

 

 そこで男は部屋に戻りました。ところが、どこを探しても便せんが見つからないのです。デスクの上にもチェストの中にも、ベッドの下にもありません。男は怖くなりました。自分は呪われているのでしょうか。そこで男はシャワーを浴び、ゆっくりと教会に向かいました。

 

 牧師はいいまいした。ゴーストは私の目の前にいます。金に酔い酒に溺れた、本当はやさしいゴーストです。目には見えない、人の良心というものです。恐れることはありません、そのゴーストを大切にしなさい。あなたは愛すべき、愛されるべき人なのだから。


 男は目を見開きました。生まれて初めてやさしい言葉を聞きました。生まれて初めてやさしい自分を知りました。ゴーストを抱きしめて、男はわんわん泣きました。


 ゴーストは、盗人からすべてを奪っていきました。


 あるところに、ひとりの男がおりました。男は鷹の目も猫の耳も、犬の鼻も鼠の足も持っていませんでしたが、彼にはゴーストがおりましたので、何も恐いものなどなかったのでした。

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ザ・レター・フロム・ユア・ゴースト Hiroe. @utautubasa

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