本題(序)
ショッピングモール。
ショッピングモールの建設計画があったのは薄々耳にしていたけれど、そうやって東京の情報ばかり漁っていたあたしは、近場の娯楽施設の最新情報についてはまるでノーマークだった。「N市の広大な平地に建設される地方最大級のショッピングモール」という触れ込みはあたしの同僚から聞かされた。
「行くでしょ、田中さん」
あたしよりあたしの母親の歳に近いくらいの同僚は、こなれたエクボを作って言う。
「行くとこなくて暇だって言うもんね」
「もうね、入り浸りますよ」
あたしは心の底から言った。「飢えてますから」
車を走らせて1時間のところに、N市がある。あたしのホームタウンよりいくらか頑張ってるようだけど、はたから見たらどんぐりの背比べみたいなものだ。市内を突っ切って海沿いに向かうと、その、例の新しいショッピングモールに着くことになっていた。
混まない(であろう)平日に休みを取り、普段は喜んでしないような化粧を念入りにして、それでもってとっておきのワンピースをおろしたりして、完全に浮かれていた。
浮かれきったあたしは、そのままショッピングモールの行列の中に取り込まれていく。
野球場より広い駐車場なのに、網目みたいに引かれた白線に沿って車がみっしり詰まっている。どこから来たんだろうこの人たち。どこへ向かうんだろう。
いや、ショッピングモールだよ。
果たしてあたしは車を降りた。長い長い道のりを歩いてショッピングモールの数ある入り口に辿り着き、丁寧に手指の消毒をする。
とにかく広くて、天井は高くて、人はゴミのようだった。そして平均年齢が異様に低い。赤ちゃんとか小さい子供とか、高校生くらいのカップルとか、若者が多い。あたしより若い子なんて、見るのはいつぶりだろう。
あたしは人をじろじろ見ないように努めて、ショッピングモールの中を悠々と歩いてみせる。昨日もここにいたんですよオホホとでも言わんばかりの堂々たる歩きぶり。
しかし心は都会の誘惑にさらわれていく。スマホ越しにしか知らない店、店、店という店!
あたしが十歳若かったらはしゃいでいたかもしれない。あたしは手近な(けれど憧れの)コーヒー店に滑り込んで、アイスココアと、アイスが載ったデザートを頼んだ。出てきた商品の、期待通りの大きさと迫力に、思わず写真を撮る。
「嬉しいなあ……」
胸いっぱいですでにお腹いっぱいだ。あたしは満足していた。
──そしてそのまま、どういうわけか、眠り込んでしまった。
異世界より 紫陽_凛 @syw_rin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界よりの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます