第2話
猛烈な風が吹いている。風が熱い。暑いのではなく熱い。息を吸えば肺が焼け付くようだ。
――火事!? ここは、広場? 公園?
四方を炎の壁が囲み、うわんうわんと、日本語の悲鳴が聞こえる。笛のような音がひっきりなしに空で鳴っている。音に見上げれば空までが赤く、煤と火の粉が渦を巻く空に飛行機の腹がいくつも飛んでいる。
笛のような音には聞き覚えがあった。例えば映画で、映像で、爆弾を落とすときの効果音とそっくりな、甲高い音。
鉄管がすぐそばに落ち、土をえぐって倒れた。高原は驚いて飛びのき、鉄管は出来損ないの花火のように、火の塊を吐いた。
その火の塊の先に、男の子がいた。白いタンクトップ。ベージュの半ズボン。裸足。火は男の子の肌に、服に、べったりと張り付き、悲鳴を上げながら男の子は走り回った。
間もなく渦を巻いた火炎の風が広場になだれ込み、気が付けば高原は
3階の、ホール吹き抜け最上部に立っていた。
夜と非常口灯の明かりに照らされていた。
隣の公園で騒ぐ若者の声が聞こえていた。
「……はい、巡回中高原」
「こちら防災センター水沼。高原ちゃんどうしたぁ? 何やってんの?」
「いえ、子供が……上に、いや外に?」
「ああん? ちょっと今日へんだよ高原ちゃん。巡回変わるか?」
「いえ、大丈夫です。1階に戻って巡回続けます。あの、モニターは?」
「異常ナッシングだわ。テキパキよろしくー」
電話を切る。
足音はもう聞こえなかった。
※ ※ ※
夜勤が明けた。
ぼやける頭に夏の日差しを受けながら、高原は通用口を出た。
モールのエントランス前はイベントスペース用に広く取られており、道路を挟んだ反対側は公園。その公園を抜ければ地下鉄の駅へ近道になる。
まだ7時過ぎだというのに蒸し暑く、冷たい飲み物でも飲もうかと自動販売機で足を止めた高原の目に、ひとつの石碑が映った。
〝東京大空襲 犠牲者慰霊碑〟
火の塊を浴び、駆けまわった男の子。
動揺して、間違ったボタンを押してしまった。スポーツドリンクが良かったのに、真夏に甘ったるい桃ネクターは持て余す。すこし逡巡して、高原は慰霊碑の前にネクターを置き、両手を合わせた。
これでどうなるとも思えないが、今後も巡回中に足音が聞こえたら、追いかけないわけにはいかないのだ。
出てこないでくれと願うしかない。
高原は立ち去り、未開封の缶は、数十分後に公園の誰かが持ち去った。
4階に火炎の吹く 帆多 丁 @T_Jota
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