第18話 追懐(三)

 今日の酒のさかなはお刺身さしみだよと、話しかけた。母の位牌いはいから透明な手が伸びてきて、お刺身を食べているような気がする。いつもの二つのおちょこは、今日は一つ増えている。母親だけが写っている写真立ての隣に、母親と仁美伯母が並んで微笑んでいる写真立てを置いたのだった。


 ろうそくにライターで灯をともし、線香をろうそくにたゆたっている炎にあてた。その部屋の一隅いちぐうがぽっと仄明ほのあかりがひろがって暖かく感じる。線香から立ち昇る煙が鼻を突いて、香りが私の体のなかに充溢じゅういつする。線香の香を嗅ぐとなぜ心が落ち着くのだろう。私は三つのおちょこに酒をそそぎ、その一つを口に運んでちびちびと飲みはじめた。


 位牌が置いてあるちゃぶ台ほどの折り畳み式のテーブルの上に、スマホを置いて動画のアプリをつけた。静まり返った部屋の片隅で、ラジオからもれる音のような曳山囃子の音色が響いてきて、曳山が町なかをゆっくり進んでいく。ピーヒョロローピーヒョロロ―、ドンドンドン。若者が声を張りあげている。アイヤサーイヤサー。曳山囃子にあわせるようにからくり人形がぎこちなく踊っている。そのからくり人形を「チンチコだ、チンチコが可愛んだ」と母はよく話していたものだった。今ごろは、新湊曳山祭りの話を二人でしているのだろうか。


 毎年暮れになると、仁美伯母はかまぼこや、塩鮭や、ますずしや、昆布を送ってきた。母が生きていた頃は年末の食卓には必ずかまぼこが添えてあった。赤い渦巻きのかまぼこと昆布が巻いてあるかまぼこだった。幼い頃からそのかまぼこを食べていたので飽きていたし、私は胃腸が弱いので母が亡くなってからは、かまぼこは送らないようにお願いしていた。でも、もうあのかまぼこが食べられなくなることを思うと、無性に食べたくなる。


 仁美伯母は、九人いた兄弟のなかで唯一の生存者だった。仁美伯母が亡くなると富山の親戚とは縁が切れてしまうのではと、京子さんとよく話をしていた。


 富山の親戚と縁が途絶えてしまうことは、以前から予期していたことだった。私の父親が早逝していたので、父方の親戚とはすでに縁が切れていたからである。母親は、生前父方の親戚と年賀状のやり取りはしていたので、私は母親が亡くなったのち、その旨を父方の叔父や叔母に手紙をしたためた。しかし、叔父や叔母の家からは何の音沙汰もなかったのである。


 仁美伯母が亡くなってしまったことで、富山の親戚との連絡が途絶えてしまい、新湊に行くことはもうなくなるのだろう。コロナ前の新湊曳山祭りの開催期間中に新湊に行って、仁美伯母に会えたことが改めてしのばれる。


                   (了)

           (読んでいただきありがとうございました)


 (注)令和五年九月一日、西新湊駅は第一イン新湊クロスベイ前駅に改称した。


 参考文献

   ・射水曳山3WEEKs 新湊 新湊曳山協議会 十月一日

   ・放生津八幡宮公式HP

 引用文献

   ・万葉集全解 多田一臣訳注 筑摩書房

   ・奥の細道 現代語訳 鑑賞 山本健吉 飯塚書店

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曳山祭り さかた けん @s2378t

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