第17話 追懐(二)

 令和五年三月のある日、私は夢を見た。母親と仁美伯母が世間話をしている夢だった。


 そこは、私が小学五年生まで住んでいた父親の会社の社宅だった。木造建ての平屋で、家族四人が一緒に寝ていた六畳の畳部屋に私は布団に入って寝ている。ふすまを隔てた隣の居間から母親と仁美伯母の話声が聞えてくる。二人がいつも話している内容は、あそこの誰が結婚しただの、会社の社員の誰が事故でけがをしただのと、他愛もない話であった。たいがいは、仁美伯母が一方的に話をして母親は聞き役だった。仁美伯母は自分が思うことを平気で話してしまう性格で、母親とは卒中喧嘩をしていた。しかし、次に会った時は普段の二人の関係に戻っているのであった。


 私は布団から出て襖を開けた。ところが、今まで話していた母親と仁美伯母の姿が見当たらない。家の中や庭を歩きまわって探したがどこにも居ないのだ。私は不安になって呼吸が荒くなり、胸が苦しくなって家の外に走りだした。バス通りに出て狭い鳥居とりいを渡っていつも遊んでいる神社に行った。ところが、その神社がいつのまにか気比住吉神社に変っていた。夢はそこまでだった。荒い呼吸をしながら私は目が覚めたのだった。


 加代子から突然連絡が来たのはその日の夕方であった。仁美伯母が自宅で転んでしまい、大腿骨だいたいこつを骨折して入院したとのことだった。今は病院に入院していて今後手術をする予定であるらしい。仁美伯母の容態を加代子に聞いてみたが、コロナで病院へ面会に行くことが出来ないので加代子も詳しいことはわからないらしい。加代子の話では仁美伯母の意識はしっかりしているようだ。


 最近は仁美伯母から連絡が来ることがなくなっていた。たまに私から伯母に連絡しても伯母は私の話す内容が理解出来ないのであった。一方的に仁美伯母が話すだけですぐに電話を切ってしまう。加代子が言うことには、老化によるもので認知症ではないらしい。加代子は、仁美伯母が入院したことの他に、今後のことを私に相談したい様子であった。


 病院の医師から、退院しても元の家で生活するのは無理であるという診断を受けたらしい。前々から加代子と恵美子は仁美伯母を施設に入所させることを考えていたので、施設に入所させるかどうか、私にも伺いを立てているように思えた。


 最近の伯母は認知能力が衰えてきているので、火事でも起こされると他人に迷惑をかけてしまう。そこで私は、仁美伯母を施設に移すことを提案した。加代子は私のその返事を期待していたようだ。


 京子さんは、仁美伯母が生きているうちに富山に行きたいと言った。しかし、いま伯母が入院している病院に行っても面会できないので、退院して施設に移ってからの方がいいのではと伝えると、それもそうだねと言い、とりあえず仁美伯母が退院するのを待って、施設に入所したら富山に行くことになった。


 仁美伯母に連絡する手段はなかった。仁美伯母からは連絡してくることはないので、実質的に伯母と話をする機会は失ってしまったのだった。京子さんは、加代子と恵美子に頻繁ひんぱんに連絡をとっていたようで「段々とおいめいのことが認識できなくなってきている」と言っていた。私の母親の介護の経験から、長期入院や施設に入所してしまうと認知能力が極度に悪化していく。身の回りの世話を看護師や職員がすべてやってくれるので、自分で考えようとする機会が失って認知能力が衰えてしまうのだ。


 加代子からまた連絡があったのは、仁美伯母が入院して七か月経った頃だった。


「今日の夕方四時頃に、おばちゃんが亡くなりました」


 私は耳を疑った。てっきり仁美伯母が施設に入所した連絡だと思っていたからである。正直早すぎると思った。認知症を患っていた母親でさえ、入院してから亡くなるまで二年も要したのだ。入院する前は、自活をしていたし、電話をかけて話をすることも出来たのに。やはり、長いこと入院したり施設に入所したりすると死期が早まるのだろうか。でも、最期は眠るように安らかに息を引きとったそうだ。苦しまないで亡くなったことはなによりだった。


 葬式は、加代子と恵美子でひっそりと行うらしい。岳士叔父の時と同じように香典は送らないでくれと言われた。私は、お返しはしなくていいので、お金を少し送ってもいいかと尋ねてみたが、香典を貰うと今後東京の親戚に不幸があった場合に、香典を送らなければならないのでやめてほしいとのことだった。もう、東京の親戚とは関わりたくないのだろうか。

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