夏の価値

実桜みみずく

お盆休み

 甲子園が好きではありません。現在高校2年生、現役の高校球児なので顧問の先生や同級生に何をされるかわからないので大きな声で言うことはありませんが、決して野球が嫌いというわけではありません。プロ野球も大リーグもよく見るしプレーをするのも好きです。そんな中で高校野球、特に甲子園だけが好かないのです。大人というものは甲子園を神聖視しすぎやしないか。この疑問はついこの間のお盆休み、今野家の集まりで確信に変わったのです。

 従兄弟は1つ上の歳でサッカー部に所属しているらしいのですが、親戚から「全国へ行けそうか?」「国体に出れそうか?」なんて質問をされているところを見たことがありません。しかし僕、僕に話が及ぶと彼らは牙をむくのです。「甲子園には行けそうか?」ここで否定的なことを言うと、若者は希望をもって云々、お説教が始まるのです。年に数回しか会わないというのにお説教なんて御免です。しかし親族を前にして嘘をつくのもはばかられます。何と答えようか困っていると、どうなんだと追って尋ねてきます。行けるわけがありません。自分の夢を子や孫に託すなんてのはよくある話だと思うのです。しかし、野球に関しては特にそれが顕著であるとおもわれ、そんな夢を掲げたのは小学校の低学年で、中学校に入学する頃には身の丈というものをとっくに理解しているのです。わからず尋ねてくるのでしょうか。そんなはずはありません。彼らも同じように過ごしたのです。自分の両親をちらりと伺っても知らんぷり、知っていました、ここでは両親すら敵です。ここで情けない回答をしようものなら、後々になって、ひどく酔った勢いで、筋の通らないお説教を聞かされることになりましょう。顔が歪んでいくのがよくわかります。笑っているのか、泣いているのか、ひどい顔です。さっきまでの愉しい会話を続ければいいのに、どうしてこちらにスポットライトを当て、困らせるのでしょう。意地の悪いことをしたくて仕方ないのでしょうか。何時間もたったような気がします。先ほどまであんなに美味しかった祖母の手料理が急に味気なく、ひどい料理に思えて、しかしその祖母もニヤつきながら、いじめともとれるこの状況に加担しているので、そんな人が作った料理を美味しいと思うはずがないのです。

 何か言わなければ。この場に味方は1人としていません。祖父母、伯父、伯母、従兄弟、自分の両親でさえもニヤついた顔でこちらを見ます。声にも音にもならないものが喉を突き上げます。嘘をついてしまえばいいのです。目指してもいないものを目指していると言い、夢だと思っていないものを夢だと言う、こうすれば円満にすべてが終わります。親族にさえ正直な気持ちを伝えることができないのか、これは親族を神聖視しているのかもしれません、彼らが甲子園を神聖視するように。本当のことを言ってしまいたい、この場を切り抜けたい、意思が混在し、僕が出した答え、

「頑張って、甲子園を目指しています。」

 甲子園は嫌いです。

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