三 盗見
「──ハァ……ハァ……相変わらずクソ暑いな……」
ムッと夏草の匂いが鼻を突く土手を、額の汗を拭いながら俺はよじ登る。
それからまた三日が経ったが、なおも日照りは続いている……足下に繁茂する雑草達も、なんだかぐったりとやや枯れ気味である。
その日も、暑くて居心地の悪いことは充分わかっていたのであるが、俺はまたもやあの河原を訪れていた……といっても、今日は何か嫌なかことがあったからだとか、現実逃避のためにやって来たのではない。
ふと、あの男のことが気になったのだ……。
あのおっさんは、今日もまた雨乞いをしているのだろうか?
なんとなく気になっていた俺は、外回りで近くを通ったついでにここへも立ち寄ってみたのだった。
「……いた! やっぱりいたよ……」
揺らめく陽炎に歪曲した土手の上に立つと、水量の激減した河原の真ん中には、やはりあの男がぽつんと立っていた。
相変わらず両手をいっぱいに広げ、天を仰いでは雨乞いをしている様子である。
俺の推測通りに毎日ああしてるのならば、これでもう少なくとも一週間以上は雨乞いしていることになる。
なぜ、彼はそこまでして雨乞いをし続けているのだろうか?
俺は、その理由が知りたくなった……。
といっても、この前は急に逃げ出されたこともあるし、いきなり「なんで雨乞いしてるんですか?」と声をかけるのはやめておいた方がいいだろう。
とりあえず、静かに土手を下りると背の高い藪の中へと身を隠し、俺はできる限り男に近づいて観察してみることにした。
この暑さにやぶ蚊も見られない草叢の中を、俺は気取られないよう慎重にゆっくりと進んでゆく……。
「──かけまくもかしこき
すると、近づくにつれて妙に甲高い、あの祝詞を唱える男の声が聞こえはじめた。
「…大粒の雨を降らせたまえ、我らを守りたまえ〜…!」
ギラギラと照りつける頭上の太陽を仰ぎ見ながら、今日も変わらずに男は雨を乞い続けている……。
いったい、何が彼をそこまでして駆り立てるのだろうか?
このカラカラに干からびた灼熱の河原で一週間以上……ただ単に釣りができないからなどという理由でしているようにも到底思えない。
では、なぜ!?
「……ハァ……ハァ……かけまくもかしこき
そんな疑問に俺が捕らわれている内にも、男は息も絶え絶えに、今にも熱中症で倒れそうになりながらなおも雨乞いを全力でし続けている……。
この炎天下、彼はほんとに大丈夫なんだろうか? 今日はもうそれくらいにしといてもいいんじゃないだろうか?
あまりにも必死で、そして痛々しいその姿を見ていると、なんだか俺にしても同情の念を禁じ得なくなってきてしまった。
俺からも頼む! 一滴で……一滴でもいい! 頼むから神さま! 彼のために雨を降らせてやってくれ!
ふと気づけば男の雨乞いを見守りながら、俺自身も心の内で雨の降らんことを乞い願っている……。
「……!」
と、その時。ポタン…と一滴、大粒の水滴が頭に当たるのを感じた。
わずかの後、その水滴はバラバラ…とその数を急激に増やし、白い河原の丸石にまだら模様を作り出すと瞬く間に本格的な雨降りへと変化する……気がつけば、頭上の蒼天も一転俄かにかき曇っている。
半月以上ぶりの雨降りである……男の熱心な雨乞いがどうやら天にも通じたようだ。
「おおおー…! あ、雨だあっ! 雨が降ったぞおーっ! 神さま! 雷さま! ありがとうございまーす!」
久方ぶりの恵みの雨に、男も天を仰いだまま歓喜の声を響かせている。
「……おっと。ずぶ濡れになるな……ま、それもいいか……」
ふと我に返った俺は、湿りはじめたシャツの感触に避難しなきゃと思う反面、なんだか雨に打たれるのが心地良くて、なおもその場に佇んでしまう。
「フーっ……よかったぁ……今日も降らなかったら危うく干からびるとこだったよ……」
そうして雨に打たれながら眺めていると、ずぶ濡れになった男も晴れやかな顔で安堵の溜息を吐き、顔を下に向けると被っていた麦わら帽子をおもむろに取りさる。
「……!?」
すると、俺の目に奇妙なものが映った……ざんばら髪をした男の頭のてっぺんだけ、まん丸く円形に髪の毛が生えてないのだ。
いや、ただ単に禿げているというわけではない。その髪の毛のない頭頂部分は肌色をしておらず、また、坊主頭の青田刈りのようでもなく、なにやら白い陶磁器のような質感を伴っている。
「ふぅ〜…生き返るぅ〜……もう少しで皿がひび割れそうだったからな……」
そして、その頭の皿に雨を浴びながら、恍惚の表情をアヒル口の顔に浮かべている。
「……か、河童!?」
その姿に、彼がなぜここまで熱心に雨乞いをしていたのか? 俺はその理由を瞬時に理解した。
(雨乞いをする男 了)
雨乞いをする男 平中なごん @HiranakaNagon
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