異世界出戻りドラゴン

 金色こんじきの瞳を持ち、白銀の鱗を煌めかせ、竜帝は天を飛翔する。


「うわぁああああああああ!」


 自らがその背に乗せろとせがんだというのに、振り落とされぬよう、手が白くなるほどに頭部にある二本のを握りしめる姫君の悲鳴がこだましました。侍女にセットされたクリーム色のラウンドボブは強風に煽られてオールバックになっており、アイボリーの両目からはうっすらと涙が溢れております。


 彼女の名はキサキ。


 クライデ大陸にて生を受けた少女では御座いません。あまりにも小さすぎます。幼少期からちんちくりんと蔑まれてきたわたくしよりも小さい。一度ひとたび突風に吹かれれば、なすすべなく飛ばされてしまうことでしょう。


 竜帝の頼みとあらばわたくしとしては断りきれませんで。わたくしの魔法により、異世界現代日本から此方に蘇生されました。広義の異世界転生、とでもいうのでしょうか。あちらにとってのこちらは異世界で御座いますものね。


 かつて異世界では見窄らしい衣服を身につけていた、と本人から直々に聞かされています。このような『フリフリ』や『フワフワ』が付いたおようふくは着慣れない、とも。こちらでは竜帝のでありますゆえ、簡素な服装をさせるわけにはいきませぬ。高貴な身分に豪奢なお召し物はつきもの。


 たとえネルザが、帝都から遥か遠く、辺鄙な土地であったとしても、竜帝はいずれ、現在のミカドが崩れしときにはその座を継ぐ者で御座いますから。


 竜帝が〝修練の繭〟から羽化したのは今から一年ほど前のことになりましょうか。繭に入りしときから十四年の時が経過しておりました。


 月日が経つのは早いものです。目を閉ざせば昨日のことのように、儀式を知ってからのライト様とミカドとの諍いの日々を思い出します。


 ああ、異世界には耳馴染みのない儀式でしょうから、わたくしから軽く説明させていただきます。ミカドの一族の第一子の男児は、十二歳の春に〝修練の繭〟に包まれなければなりませぬ。


 わたくしはこの儀式に携わっておりませぬゆえ、深い事情までは存じ上げませんが、竜帝曰く「繭の中は現代日本へとつながっていて、そちらでキサキと知り合った」のだと。別世界を訪れし時、クライデ大陸の出身であることは。竜帝はその言葉を守り切り、立派に成長したお姿で戻ってこられました。


 しかし、目覚めては侍女を頭から喰らい、周囲に眠る他の〝修練の繭〟を破壊して回ったために、通例では『〝修練の繭〟から戻りし者は即座にミカドとなる』はずが、反対多数でネルザの地に追放されてしまわれました。とはいえ、竜帝を慕う者も多く、確実に次代のミカドは竜帝でしょうな。


 とは言いましても。


 見ず知らずの、異世界で誕生しクライデ大陸とは縁もゆかりもない少女が竜帝の第一夫人。市井しせいの人々は歓迎しておりません。特に、竜帝に取り入り寵愛されたい、あわよくば帝都で一族郎党全員ぶんの厚遇を受けようと企む貴族どもの妬み嫉みのすごいこと。魔法で軽減させなくては、わたくしの耳が腐ってしまいますわ。


 竜帝が愛しているのが第一夫人のみだというのは、光見えぬ者が見ても明らかなのですけども、民へは示しをつけなくてはならず、貴族どものきっさきを向けさせぬよう、竜帝にはキサキの他に六人ほどの夫人がおります(キサキにとっては不安の種であるようですが、そこはあちらとこちらの世界との文化の違いで御座いましょう。一人のミカドが多くの女を娶るのは至極当然の風習でありますゆえ)。


 本日は、本来のご予定でしたら、六人のうちの一人のご実家である北のレマクルで開催されるパーティーに出席しなくてはならなかったのですが、竜帝は精巧に作りし魔動機構を代わりの者として送り込みました。魔動機構は竜帝の父上にして現在のミカドたるアスタロト様の十八番おはこで御座いますね。魔動機構は、正しく竜帝の代役を務めていることでしょう。


「高い! 高いって! 程度を考えろよぉ! ばか! あほ!」


 後半の罵声に腹を立てて、竜帝はその長い胴体をぐるりんと縦に一回転させました。竜帝はやんごとなきご身分に有らせられるのに、どうもキサキに対しては幼子おさなごのような面を見せるようです。たびたびキサキから「ミライがぁ!」と相談されるので、あなや、この小娘は滅多なことを言いなさる、とわたくしといたしましては半信半疑で御座いましたが、この様子では……。


「うああああ!?」


 ツノから手が離れてしまい、とうとう天に放たれたキサキ。

 わたくしは座して水晶を眺めるでなく、助けに馳せ参じたほうがよろしくて?


「たす! ごファあ!」


 すぐに竜帝の尻尾がキサキを絡み取りました。


 異様な声が漏れましたが、わたくしの蘇生魔法は大陸一でありますから、声ほどの痛みは御座いません。大袈裟な。現在の高度は竜帝とキサキらが住まうネルザの城よりも高い位置ですので、その位置から地に叩き落とされれば四肢損壊は免れませんが、わたくしは回復魔法も大陸一でありますし、わたくしが魔法を教えた竜帝もまた、わたくしほどではないにせよ回復魔法を使用できますので、即時回復はできるでしょう。むしろ両腕と両足を切り離すことで落下した際に肉体が受けるダメージを軽減しているともいえます。


 ただ、まあ、キサキからは「キズは治せても、ケガした時のことは覚えてんだよなァ」と苦言を呈されましたので、今度は記憶を改竄する魔法を提案しようかと。強くおすすめはできませんが。


 人間の記憶というものは、非常にでして、心得のない者が改竄しようものならば防御反応が作動して、全てを水の泡としてしまいます。


「うぅ……ばかって言ってごめんなさい……」


 反省の声は竜帝に届き、竜帝は「ふん」と鼻を鳴らされました。

 飛翔というのは多量の魔力を消費しますので、会話は厳禁で御座います。


 やがてネルザの東端、大陸の海岸まで辿り着きました。

 二人の本日の目的地に御座います。


 魔法の存在しない異世界に向かいし際には、その異世界で活動するに適切なお姿となりますゆえ、竜帝にも人間の姿が御座いました。竜帝の真のお姿はドラゴンの姿で御座います。人間の姿は仮初のもの。


 そもそも人間は、――この話を始めるとなると、クライデ大陸の歴史を語らねばならなくなってしまいますな。


「そっと降ろしてね、そっと」

『さっき、オレをアホっつったなァ?』

「あほも謝るから……」

『よろしい』


 貴族どもは「竜帝の我儘王妃」とキサキを揶揄しておられますが、この映像を見聞きすれば考えも変わるでしょうか。

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ゴーステディ 秋乃晃 @EM_Akino

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