負けない爺さん

梨詩修史

第1話 負けない爺さん

ある山奥の村に爺さんと婆さんが住んでいました。


「爺さんや。川で玉ねぎを洗っとくれ。」


「婆さんや。

ワシは腰を痛めてな。動けないんじゃ。」


そう言ってどうみても、暇を持て余していそうな爺さんは動こうとしません。


しかし、婆さんにはこのくらいのことは、なんてことないのです。


「爺さんや。

長老の息子の玉べえは馬から落ちて、

足にケガをしたというのに、

ネギを8本も抱えて川でネギについた泥を流しておったそうですよ。」


それを聞いた爺さんは、

「ええい。玉べえなんぞに負けてられるか。

ワシに玉ねぎを15個寄こせ。

川でも海でも行って綺麗にしてきてやるわ。」


それを聞いた婆さんは

「あら、爺さんたら、頼りになりますね。」


といつもの調子で返事をしました。


婆さんは、こうやっていつも爺さんを思い通りに動かしてしまうのでした。


あるとき、隣の村の長老がぼろぼろになって村にやってきました。


「鬼が出てきて、村の食べ物を全部横取りしおった。

着の身着のままで逃げてきたが、

家が壊されてしまったわ。」


それを聞いた村の者たちは次は自分たちの村だと思って怯えていました。


そこで婆さんが、口を開きました。


「爺さんだったら、鬼を懲らしめてやれるんじゃありませんか?」


婆さんはその昔、爺さんが隣の隣の村まで名が知れ渡るような剣の使い手だったことを思い出したのです。


「婆さんや、

そのような無茶なことをいいなさんな。

ワシはもう、年老いた。

じぃでは、もうどうにも出来んのだ。」


「私が、

恋した若い爺さんはもっとハツラツとして、どんな相手にも憶さなかったわねぇ。」

と婆さんがぽつり。


「ええい、若いワシなんかに負けてられるか。

鬼なんてワシがとっちめちゃる。」


そういって、戸棚の奥にしまっていた刀を手に爺さんは出かけていきました。


爺さんは、山を越え川を二つほど横切った隣の村にやって来ました。


そこには、

村の食べ物を食べつくして、

まるまるお腹が出たまま横たわる赤鬼と黄鬼がいました。


赤鬼が爺さんが来たのを見つけると、

「あれま、年寄りが来なさった。刀を腰に引っ提げて、俺に挑もうというのかな。」


というと、黄鬼は

「爺さんに何ができるさ。刀の鞘も古びているぜ。」

そう言って、鬼たち二人は笑うのでした。


それを聞いた爺さんは、

「ええい、ワシはまだまだやれるわ。

二人ともそこへ立って、構えよ。」

そういって、鬼たち二人に決闘の準備を促すのでした。

鬼たちは、

『仕方ないな』

と言わんばかりに大きな金棒を杖にして、

むくりと起き上がり、

爺さんの二倍はある背丈を伸ばして、爺さんを見下ろしました。


「爺よかかってこい。」

その一言を合図に、爺さんは正面に構えた刀をぐっとさげると赤鬼の足元にブスリ。

「痛たたたっ。」

赤鬼が痛がっているのをみるやいなや、

黄鬼は大きな金棒を頭の上に振りかぶり爺さんに突進してきました。

それを右へひらりと避けながら、

下に降ろしたままの刀を

黄鬼の両足の間に引っかけました。

ずどーん。

食べ過ぎで動きが鈍っていた黄鬼は、

手もつけずに転んでしまいました。

「うわーん。」

二人の鬼は大きな声で泣きました。


「まだやるかね。これに懲りたら、他人の物を横取りするんじゃないぞ。」


爺さんは鬼達にそう言いました。


「だども、俺達にはこんなに美味しい野菜なんて作れねえから、奪うしかねえ。」


泣きながら赤鬼が一言言いました。


それを聞いた爺さんは、

「おめぇたちには負けん気がたらん。

村の者たちにも負けない美味い野菜を作ろうと畑を耕せば、おいしい物が出来るわ。

ワシが教えちゃるき。」

そう言って、鬼達を許すと、村に帰って、鬼達に野菜作りを教えてやることにしました。


爺さんの帰りを首を長くして待っていた婆さんや、

村の者達は爺さんが鬼を二人も従えて帰ってくるのを見て、びっくりしました。

爺さんが事情を説明すると村の者たちは、

納得し、鬼達に丁寧に畑仕事を教えてやることにしました。

それから2年たったころ、

鬼達はすっかり、村の者とも仲良くなり、畑仕事を覚えるだけでなく、村の大工仕事まで請け負って、村は活気に溢れていました。


そのような光景をみて、時折、婆さんは思うのです。

「うちの爺さんの負けん気は上手く作用すると、とんでもなく凄いことを成し遂げるもんさね。」

そう思って、愛おしそうに爺さんを眺めるのでした。



























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