第5話 王殺し

 奥多摩湖ダンジョン最下層


 ダンジョンボスだった大きな虎型モンスターの睥睨しながら、金髪の少女は愛用のサブマシンガンのマガジンに9mmパラベラム弾を込め直していた。


「やっぱりここも外れね…本当に日本のダンジョンのどこかにミラーサーバーはあるの?ガセネタ?」


 ため息をつきながらもボス部屋のあちらこちらを探索する。だが少女の求めるものは痕跡さえも見つからなかった。


「いったいどこに集合無意識への入り口は隠れているっていうの…?本当にあるの…そんなもの…」


 焦燥感に歪む顔で少女は独り言ちる。誰もそれにこたえてくれる者はいない。だがその時だった。ふっと自身の異能の自動発動を感じた。


「え?さっき作ったミサンガが切れたの?あの男の子になにかあったってことよね?」


 少女の持つ異能で作ったミサンガには装備者を危険から守る祈りが込めてある。発動すればどんなに助かりようのない事態であっても現実を歪めて助かるという結果を顕現させることが出来る。


「きっと助かったんでしょうね。なら放っておいてもいいわよね…」


 もともと9㎜パラベラム弾との交換で与えた加護のミサンガだ。貸し借りはなし。だけど何か嫌な予感がした。普段は自分が創ったミサンガが切れてもいちいち自分自身にその通知は来ないのだ。そもそも通知が来ないように設定してある。なのにその設定を超えて祈りの発動が自身に伝わってきた。


「何この感じ?ジンクスが虫の知らせを呼んだってこと?そんなことってあるの?」


 もともと少女も自分自身の異能の正体を完全には把握していない。


「…そうね。ならたまには勘に従ってみましょう」


 自分自身の異能の全体像をつかむうえでもこの虫の知らせはちょうどいい機会だと思った。それに人助けだ。悪い気持ちにもならない。少女は勘が告げる方へと足を向けて歩き出した。















秋葉原

WXPビル地下

ステータスシステムサーバーセンター



 その部屋には自動車ほどの大きさのサーバーが、1000台以上も並んでいた。サーバーが吐き出す熱気を冷ますために空調はフル稼働しており、その部屋にいる人間の息を白く染めていた。


「金の枝はね。折るのに資格がいるんだよ」


 部屋の中心には、1m四方程度の正方形のサーバーPCが置かれていた。そのサーバーにはなぜか剣が突き立てられて深く刺さっている。だがサーバーはそれでも壊れずに稼働を続けている。


「金の枝を折っていいのは逃亡奴隷だけなんだよ。そう。何も持たず、何も失うことのない者のみが金の枝に手を伸ばせる」


 そのサーバーに腰掛けて剣の腹に背中を預ける銀髪の男はそう言った。手には『金枝篇』というタイトルの本があり、真剣な目でそれを読んでいる。


「だけどお兄ちゃん。今、森の王に挑んでいるシンキ・トキヤは普通の男の子でしょ?さっきまで動画の配信見てたけど、お友達やらガールフレンドやら名声やら。失い難いものばかり持ってるみたいだけど」


 サーバーの傍の床にぺたんと女の子座りしてスマホを弄っている幼い銀髪の少女がそう言った。今はネットニュースを見て、トキヤの配信事故のニュースを追いかけている。


「残念ながら彼が持っていたものはすべて人民の共感バズに消費されてしまったよ。みんなが今回の悲劇に酔っている。一人の美しい少年が勇気と機転だけで竜を屠り仲間たちを救い、報われずに死んでいった。人々はそこに同情と憐憫と、何よりも興奮を覚えている」


「興奮?…ああ、たしかにそうね。みんな必死にコメントしまくってるものね」


「みんな同情のフリをしている。だけどそれ以上に英雄の悲劇的死に興奮してそれを愉しんでいるんだ。彼らは自分たちがやっていることを弔いだと思っているが実際は違う。悲劇を愉しんできる。悲劇こそ最高の共感バズを呼ぶんだ。だけどいまさら実は生きてましたー!なんて展開が許されると思うかい?」


「うーん。そうね。たしかにそれってすごく興覚め!なんていうか空気を読んで欲しいかな」


「そういうことだよ。彼の持つ友も恋人も財も家族も社会との繋がりも。すべてはバズを彩るパラメーターとして消費されてしまった。だから彼はすべてを失った者だ。そしてバズを熾すためにくべられる贄の王子であり、バズを動かすために動員される奴隷に他ならない」


「かわいそうだね」


「そう。だから彼は憐れなる逃亡奴隷。持っていたものすべてをバズに燃やされた贄の王子。だからこそ彼は金の枝を折り、森の王に挑むチャンスが与えられた」


「ねぇもしシンキ・トキヤが森の王に勝ったらどうなるの?」


「彼こそが新しい森の王となる。僕らが戴くあらたなる王様の誕生だよ」


「そうなのね。素敵。ねぇわたし王様のお嫁さんになりたいわ」


「君はまだチビィだからね。もう少し大きくなってからね」


「ぶー!お兄ちゃんのいじわる!」


 少女はベーっと舌を出す。男はそれをみてくくくと笑っていた。













 トーガを着た男の剣筋は鋭いものだった。間合いを詰めたら即切り捨てられてしまうだろう。俺はひたすらに剣筋を読んで避けながら距離を取り続けた。


「大したものだね。ステータスシステムの恩恵なしでここまでちゃんと動けるんだね。君はちゃんと自己鍛錬を行っていたようだね。好意を抱きたくなるよ」


「そういうあんたも異能の類を全く使ってないな?こんなおかしなところにいるくせに」


 俺は後ろに跳んで距離を取り、ハンドガンの引き金を三回弾いた。弾丸のすべては狙い通りに敵に向かって飛んでいく。だけど。


「甘いよ」


 男は弾丸のすべてを剣で切り裂いた。足元にぽろぽろと弾丸だった金属片が落ちていく。


「まじかよ。異能なしで銃弾を斬れるのか?!」


 相手は間違いなく超一流の剣客らしい。そんな奴がこんなところで燻っているのがよくわからない。


「しかし逃げ回っているだけかい?このままだと君は熊にやられた傷で遠からず死ぬ」


 その通りだった。俺には時間がない。早くここから出て適切な治療を受けなければならない。


「ふぅうう。はっ!」


 俺は足に力を込めて相手の間合いの中に飛び込む。


「いい勢いだね」


「そりゃどうも!!」


 相手の剣を左手の刀で捌き、敵の開いた胴に向かって銃を撃つ。だけどそれらは巧みな相手の足運びによって躱されてしまう。


「悪くはない。君の戦い方には工夫と想像力がある。だからこそ惜しい。君はもっと自分の得意なもので勝負するべきだよ!!」


 男は俺の持つハンドガンを切り裂いた。予備の銃を抜こうとするが、思い切り胸を蹴飛ばされて地面を転がる羽目になった。


「だめだめ。君にとっての銃は極めた技ではなく、楽して戦うための玩具でしかない。私が見たいのは本気の君だ。私を否定しきることのできる君だけのわざだよ」


 男の口調は軽いが、目は真剣だった。確かにそうだ。俺にとって銃で戦うことは安全確実にダンジョンを攻略するための手段でしかない。極めた業。さっきから男はヒントを出している。自分を倒せるヒントらしきものを。俺は立ち上がり、刀を両手で構える。


「おや。気配が変わったね。さっきまでの安全マージンを取るような戦い方じゃない。命を懸けた男の匂いだ」


 男は嬉しそうな笑みを浮かべて剣を正中に構える。そして互いに踏み込んで俺たちは切り結ぶ。


「はぁあああああ!」


「やあああああ!!」


 互いに剣筋を読みあい、時に躱し、時に捌きを繰り返す凄まじい攻防。一撃でも入ればどちらかは確実に斃れる。そんな剣戟だった。だがだんだんと俺が押されてくる。かすり傷程度だが、相手の剣は俺に届きつつあった。


「素晴らしい研鑽だ。もう少し君が大人であれば、私の剣など軽く超えるだろう。だが時もまた運命のパラメーターの一つだ。残念ながら君はここで終わりだ!」


 それは大技だった。すさまじく早い横薙ぎの一閃。おそらく刀でそれを受ければ間違いなく刀を折られてそのまま胴が真っ二つだ。刀は相手の攻撃を受けとめるのには必ずしも適さない。ならば攻撃を受け止めるのに特化したモノがあれば?


「油断したな!傲慢だよ!!」


「なに!?」


 俺は腰からソードブレイカーを抜いて相手の剣を絡めとった。このソードブレイカーは特注の品だ。決して折れることはない。たぶん。そして俺は相手の剣の腹にケリを入れる。それとソードブレイカーの櫛がいい感じに梃子の原理を発動させて、相手の剣をへし折った。


「まさか…こんなことが…」


 男は素直に感嘆しているようだった。彼が浮かべている笑みは綺麗だった。ああ、これが命の取り合いではない立ち合いだったならばと俺は思ってしまった。だけど。戦いの結末は残酷だった。俺は剣が折れてがら空きになった相手の胸に向かってソードブレイカーを突き刺した。


「ぐぅ、かはぁ…」


 手ごたえを感じた。確実に相手の心臓を突き破った。


「ああ、そうか。やっと私は負けられたのか。…ありがとう。宸樹勅彌くん。君の勝ちだ」


 男の体から力が抜けていく。そして俺の方へと倒れ込んできた。俺は彼の体を受け止めた。倒れるままにしてしまいたくはなかったから。


「最後に一つ。忠告を。女神を信じるな。ではさようなら新しい王よ」


 男は目を瞑って穏やかな顔を浮かべている。だけど体には今や何の生気も感じない。男は死んだ。俺が殺した。俺は彼の体を地面に優しく横たえさせた。背中のリュックからスコップを取り出して、地面を掘って、墓穴を作ってそこに彼を葬った。折れた剣を突き刺して、墓石代わりにした。


「…後味が悪すぎるよ…くそ…ただ生きたいだけなのに…」


 戦いで消耗した体はいよいよヤバそうな域に達しつつあった。視界は朦朧としている。足を一歩動かすたびに体中に激痛が走る。それでも歩みを止めない。そしてヤドリギの前に俺は立ち。










 金の枝を折ったのだ。
















 お待ちしてしておりましたわ。我が陛下。





 さあ世界よ祝福なさい!新たなる王の誕生を!



 王は新たなる道徳を人民に!

 王は新たなる正義を世界に!

 王は新たなる秩序を宇宙に!




 さぁ!共感バズという互いに呪いあう蛮性を廃し、新たなる文明を始めましょう!






 人民開化のときが来たのです!










****作者のひとり言****


筆者は個人的にバズのことを【共感の呪い】と考えております。

だからなんねんって感じですが、このインスピレーションをもとにこの物語は進んでいきます。





ではまた次回よろしくです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バズのためにダンジョンで殺されかけた少年は、バズった人たちへの復讐劇を配信することにした 園業公起 @muteki_succubus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ