第4話 金枝

『ええ。あいつはすごくいい奴だったんですよ。冷静沈着で物静かだけど不思議と存在感のあるやつでした。みんな口にはしてなかったけどあいつのことが好きでした。だから今回の事故・・は本当に痛ましいです。あいつはいつも一人で全部背負い込む責任感の強い男です。だからああして一人でドラゴンをひきつけて俺たちを守ってくれた。あいつにとってダンジョンってのは俺たちみたいな温い遊び場じゃなくて、きっと真剣な自己研鑽の場だったんでしょうね。だからこそS級ドラゴンに打ち勝った。なのにあんな終わりだなんて本当にあんまりです。だからこそ俺たちはダンジョンが好きだったあいつの、トキヤの意思をついでこれらかも人々にダンジョン配信の届けていきたいと思います。それが遺された俺たち友人に出来るせめてもの弔いだと思うんです』











 お判りでしょうかみなさま?悲劇とは誰かにとっての喜劇の始まり。







【配信事故】超級ドラゴンスレイヤートキヤを讃えるスレ【なのに神回】


564:名無しの探索者


まじであの配信をライブで見てた者として言うけど、本当に神回だった。トキヤくんの事故は本当にいたたまれないよ。生きてたらきっとすごい探索者になったはず…。


565:名無しの探索者


あの機転の利かせ方とか、仲間たちへのカバーとかケチつけるところが何一つもないんだよな。装備も実用的で他の配信者たちとは一線を画してたストイックさだった。


****以下何行にもわたってトキヤを称賛する声****


1298:名無しの探索者


仲間の子たちも可哀そうだよな。ベストを尽くしてたのに、トキヤ君を助けられなかったとか一生もんのトラウマだろ。


1299:名無しの探索者


あのシキミちゃんって子がニュース番組でひたすら泣いてたの、本当に胸が痛かった。


1300:名無しの探索者


お似合いの二人だったよね。短い配信時間だったけど、きっといいカップルになるんだろうなって思えたもん。


1301:名無しの探索者


ムサシ君もつらいだろうな。きっと普段も仲良かったんだろうし。俺だったら立ち直れないのにまだ配信続けるってほんと頑張り屋さんだよ。


****以下何行にもわたって遺された仲間たちへの道場の声****


8761:名無しの探索者


ご家族も立派な人たちだったよな。息子さんが死んだのにダンジョン配信とかは批判しないでこれからも色々な人に続けて欲しいだなんて言ってて。


8762:名無しの探索者


事故と配信の過熱化は別だってはっきりと断言してくれてさ。被害者根性でなんでもかんでも批判するモンスタークレーマーにならないところがホント立派。


8763:名無しの探索者


ムサシ君たちとご遺族もお互いにいい関係を築けてるみたいなのはよかった。マスコミとかが喧伝する政府のダンジョン配信規制の流れも立ち消えたしな。










 そう。彼らは悲劇に酔っています。当事者じゃなくても悲劇に酔う。それは悲劇には正義という名の毒が染みついているから。正義は何よりも甘いのだから。





 だから悲劇という蜜に人々は集る。樹液に集る虫けらどものように悍ましく。








 どうですか皆さま?最高にくそったれではありませんこと?










 ですから見たくはありませんか?








 悲劇を踏破する王道を。




 悲劇を愛する人々に正義を説く王を。


 悲劇という蜜で肥え太る豚を粛清する王を。


 悲劇という共感バズが堕落させた文明に新たなる道徳を啓蒙する王を。







 嗚呼。さあ憐れなる奴隷よ、悲劇を実現するために捧げられた贄の王子よ、悲劇への共感バズを愛する人々から逃げなさい。






 わたくしは待っています。あの金の枝を宿すヤドリギの木立で、あなた様を…。















『金枝』









 目を覚ました時、最初に目に入ってきたのは左手に巻かれたテープだった。それは結び目ではないところでぷつりと切れていた。


「生きてる…。ああ…このテープは本当にお守りだったんだ」


 天然異能にはスキルとは違った説明のつかない奇跡を生み出す力があると言う。凄まじい程の高所から落下したのにかすり傷していないのはまさに奇跡だった。


「生きてるって連絡しなきゃ…スマホは…圏外?うそだろ?じゃあステータスシステムは?ステータスオープン」


 その声と共に俺の目に入っているコンタクトレンズにステータスが表示される。ステータスシステムにはスキルやステータスだけではなくSNSやメッセージアプリの機能も標準で提供されている。だけど。


「SERVER NOT FOUND?うそだろ?どんなダンジョンの深層だってステータスシステムは接続できるはずなのに?」


 ステータスシステムのSNSやメッセージアプリは使用不可能になっている。在り得ない。いままでダンジョンで迷った話はよく聞くが、通信さえできない『遭難』なんて状態は聞いたこともない。


「まじかよ…てか…なんだ?体が重い気がする…?…!!ステータスシステムの身体強化が停止してる?!そんな馬鹿な?!」


 ステータスシステムは一度アカウントを作ればどんな場所でも使えるというのが売り文句だった。実際にスキルが使えなかったりステータスの強化に失敗したなんて話は聞いたことがない。俺はログを確認する。スキルの効果が空振りしたときなんかはログにそういうのが吐かれるからだ。そしてログにはこの一文のみが延々と記されていた。



『人類集合無意識との接続に失敗』

『人類集合無意識との接続に失敗』

『人類集合無意識との接続に失敗』

『人類集合無意識との接続に失敗』

『人類集合無意識との接続に失敗』

『人類集合無意識との接続に失敗』

『人類集合無意識との接続に失敗』

『人類集合無意識との接続に失敗』

『人類集合無意識との接続に失敗』

『人類集合無意識との接続に失敗』


「何なんだよこれ…?どういうじょうきょうなんだよぅ。くそ!」


 俺はライフルを構えて立ち上がる。落ちてきた崖はどうやっても登れない。だから前に進むしかない。幸いというべきか、目の前に広がっているのは点在する木々と草原だった。明るく黄色い日差しがこんな状況なのに心地よく感じられた。


「進むしかない。進むしかないんだ…」


 今やステータスシステムの恩恵は受けられない。だけど俺は歩き出す。必ず地上に帰るために。











 草原には兎や鹿がいた。モンスターではない。本物の動物だった。


「どういうことだ?ここはダンジョンじゃないのか?」


 未踏破エリアで新種のモンスターを見つけたら、ネットの人気者になれるが、動物を見つけましたじゃ、誰も信じてくれないだろう。ダンジョンにはモンスターしかいないはずなのだから。鹿の群れは俺のことを特に気にせず草を食んでいた。兎たちもぴょんぴょんと無警戒に跳ねまわっている。


「調子が狂うな…」


 先を進むと綺麗な小川があった。水はとても澄んでいる。


「生水は体に悪そうだけど、背に腹は代えられないよな」


 俺は手で水を掬って飲んだ。今まで飲んだどんな水よりもおいしく感じられた。


「水源はある。兎や鹿もいる。しばらくは生きていくのに不自由はなさそうだな」


 ずっと歩いてきて腹が減っていた。だから俺はここらで狩りをすることにした。そして茂みに隠れて群れから逸れた鹿を狙い。


「ごめんな」


 引き金を引いた。ぱぁんという銃声とかちっというライフルの作動音と共に薬きょうが排出されて、鹿が倒れた。俺はその鹿のところにやってきてナイフで解体を始める。そして血抜きをして、肉を切り取り、熾した火で熱した平らな石の上でそれを焼いた。


「ダンジョンジビエって受けるかな?ははっ。くだらねーバズっても死んだら終わりだろうに」


 調味料もないので、お世辞にもうまいとはいいがたい。だけど腹が満たされて思考が少しだけポジティブになっていくのを感じる。


「でもこれからどうすればいいんだよ…」


 辺り一帯を見渡してもずっと同じような風景が続いている。変わったところと言えば少し遠くに木立があるくらい。


「何のヒントもねー。どういうことだよ。ダンジョンってもっと人に優しくできてなかったか?」


 どんなダンジョンも攻略するための方法があった。ヒントがダンジョン内にあったり、あるいはネットの掲示板で盛んに情報交換されていたり。


「でもよく考えればそれっておかしいよな。まるで攻略できるように設定されているみたいじゃないか。ダンジョンって何なんだ?なんで誰もそれがあることに疑問を抱かない?」


 ダンジョンはステータスシステムとほぼ同時期に出現した。というかダンジョンが現れてその攻略に手間取っているときにステータスシステムが世界に向かって公表された感じだ。それから人々はダンジョンから得られる資源で文明を回し始めた。エネルギー問題も食糧問題もダンジョン攻略のお陰で解決に至った。同時にダンジョン権益をめぐっての各国の紛争も増えたのだが。


「やめよう。下らんこと考えてもここから出られるわけじゃない」


 飯を食べて眠気が出てきた。ここらへんには危険な生物はいなさそうだし火を焚いて寝ようかと思って横になった。その時だった。


『がふっ…ぐふぅう…がおおお!!』


 その唸り声を聞いたとき俺は身震いした。根源的本能の叫びが俺に早く逃げろと告げている。俺は立ち上がりすぐにライフルを構えた。そこにいたのはとても大きな熊だった。


「はっ…は…う…あ…ぐぅ」


 声が上手く出てくれない。怖い。とにかく怖い。いつもダンジョンで遭遇するモンスターなんて今目の間にいる熊に比べればはるかに大きくて恐ろしそうな姿をしているのに。俺は目の前にいる熊への恐怖の感情を抑えられなかった。だからだろう。ライフルを持つ手は震えていた。熊に狙いを定めてもサイトはすぐに震える。だけど俺は早くこの恐怖を終わらせたくて引き金を引いてしまった。ぱぁんと辺り一帯に銃声が響く。弾丸はちゃんと放たれた。なのに熊は倒れていない。


「あ…外しちゃった…」


『がおおおおおおおぉお!!』


 熊は俺の存在に気がついて、こちらにものすごい勢いで迫ってくる。そして俺はその突進をもろに食らって吹っ飛ばされた。ゴロゴロと草の上を転がって蹲る。全身に鈍く痛みが響いている。


『がああああ!!』


 熊はさらに追撃をしてきた。俺の上に覆いかぶさり噛みついてくる。俺はライフルを横に持って熊の口を必死に抑える。だけど鋭い牙と強いあごの力でライフルはすぐに粉々にされた。そして熊はその鋭い爪で俺の腹を引き裂いた。


「うあああ!ああああはああ!!!」


 凄まじい痛みを覚えた。血が激しく流れる。だけど不思議とまだこれは致命傷ではないと俺の本能が告げていた。痛みは恐怖ももたらすが、同時に生きるための動機だって与えてくれる。この痛みから逃れるには目の前の敵を殺す以外にはないのだ。俺はナイフで熊の首を指す。


『がおおお!がおぉ!』


 熊は俺の反撃に対して戸惑ったようだ。それがチャンスだった。腰のホルスターからハンドガンを抜いて、銃口を熊の胸部に押し当てる。そして引き金をなんどもなんどもなんども弾いた。


「うおおおおおおおおおお!!」


「がああ!あああ!」


 そして熊の体から力が抜けて俺の上に倒れてきた。俺は下敷きになったが、必死にそこから這い出た。熊は死んでいた。俺が殺した。


「はぁ、はぁ、はぁ…ざまぁみろ…ははは!あははは!!」


 少しハイになっていたと思う。だけどすぐに冷静になって考える。ここには熊のような猛獣もいるのだ。決して安全な場所じゃない。俺はポーチから緊急用の医療キットを取り出して腹の傷を縫う。細菌感染も怖いから抗生剤と痛み止めを一緒に飲んだ。そして熊の首からナイフを抜き取って、解体を始めた。肉を食うためではない。毛皮を取るためだった。皮をはいで内側の血と油をそぎ落として俺はその毛皮を頭から被った。


「熊の匂いをさせていればヤバい生き物は近寄っては来ないはずだ」


 毛皮はひどく匂った。だけどこの匂いで他の獣も遠ざけられるかもしれない。熊だけが肉を食らうわけじゃない。他にも人間を襲う生き物は沢山いるはずだろうから。疲れた俺は熾した火にさらに枯葉や枝を足して火を大きくする。そして熊の毛皮を纏ったまま横になって睡眠をとった。








 目が覚めてすぐに俺は木立に向かって進むことにした。そこに何かがあるとは期待していない。だけど他に行く当てもない以上はそれでも歩くしかない。歩くことを止めたら死ぬ。それが今の俺の状況だ。熊を殺してから俺の感覚は鋭敏になっていた。俺の周囲の草むらに狼たちが隠れていることに匂いで気がついた。奴らは熊の毛皮を纏う俺に警戒しているが、同時にその本体である俺がか弱い人間でしかないことに気がついている。好きを見せれば確実に襲われる。熊は一体だから何とかなった。群れで襲われたらきっとお陀仏だ。俺は気を張りながらひたすら歩く。狼たちも俺の後をついてくる。こんな緊張感はダンジョンでは味わったことはない。攻略情報を集めてその通りに戦えば結果が出る。ああ、本当の命のやり取りを獣どもとやって気がついた。ダンジョンなんてただの予定調和の檻でしかなかったんだと。




 そして俺は木立についた。狼たちは俺が木立の中に入ったとたんに踵を返してどこかへと行ってしまった。ひとまず安全を確保した。ひどく生きている実感を覚えた。だけど同時にひどい痛みと熱の苦しみも覚えていた。熊に裂かれた腹の傷が化膿している。早くまともな治療を受けないと俺は死ぬ。だけどここから脱出する当てはいまだにない。俺は木立の一つに背を預けて座る。


「はぁ、はぁ、はぁ…。ここまでなのか…?」


 朦朧とした意識の中で、世界の風景は淡い黄色の日差しでボヤっと見えてきた。だけどその風景の中にはっきりとした金色の煌めく光が見えた。俺は立ち上がってその光の方へと歩いていく。それは樹に寄生しているヤドリギの枝だった。枝が金色に輝いている。


「ああ、すごくきれいだなぁ…」


 俺はその枝に手を伸ばす。


「やめておいた方がいい」


 後ろから声が聞こえた。俺が振り向くとそこにはトーガを着た男がいた。頭には花と草の冠が、そして右手には剣を持っている。


「その枝を折ってはいけない。それを折れば君は必ずそれを後悔する」


「あんたが誰からは知らないけど、この枝には折らせたくないくらいの価値があるってことだな?」


 突然現れた男に俺は何も期待はしていない。だけど目の前の金の枝には惹かれるものがあった。


「そうだね。確かにその枝にはその価値がある」


「例えばここから出られるとか?」


「そうだね。その枝を折ることが出来たなら、君は外の世界に帰ることが出来る。だけどそれはお勧めしない。君は外の世界に帰るべきじゃない」


「俺は帰りたい!!」


「私は君のことを知っている。裏切られてここに墜ちてきた。君は憐れむべき被害者だ。だからこそ帰ってはいけない。ろくなことにならない」


 男は憐れむような目で俺を見ている。気に入らない視線だ。


「君が帰ればきっと復讐を果たそうとする。違うかい?」


「…ああ。そうだな。落とし前はきっちりつけてやる」


「ならばそれを成そうとした瞬間世界は君の敵となる。君の仇は今や人民たちが与えた悲劇の共感により莫大な力を得た怪物ヒーローだよ。正義は彼にある」


 悲劇の共感という言葉の意味がよくわからなかった。だけど星月には必ず報いを受けさせる。


「君の悲劇によって世界はすでに変わってしまった。外に出れば君は理不尽を知る。ここで朽ちればよかったと後悔するほどの悲しみを知るだろう」


「うるさい!さっきからごちゃごちゃと!だけどわかったことがある!この枝を折れば俺は外に出られるってことなんだろう!生き延びることができるってことなんだろう!だったら選ぶまでもない!!」


 俺は金の枝に手を伸ばす。だけどその瞬間迫る殺気を感じて俺はしゃがみこむ。剣がさっきまで俺の胴があったところを通っていった。


「なるほど女神に唾をつけられるだけはあるね。そうか君は女神に選ばれてしまったわけだ。ならせめて私だけは抗おう。君を女神の玩具にはさせない。世界に混沌を生み出させはしない。君に金枝は折らせない。この私、当代の【森の王】が君を粛清する」


 森の王と名乗った男は剣の切っ先を俺に向けた。俺は左手で刀を抜き、右手で銃を抜いて構える。負ければ死。勝てば外に出られる。俺は必ず金の枝を折ってみせる。


























さあ、王の選定を儀を。

わたくしに見せてくださいませ!

あなたさまの王器を!!

















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