第3話 ライブ・バズ&ダイブ・ヘル
この水晶の湖はどうやらおそらく安全ゾーンだ。ダンジョン内には経験則からモンスターの出現しない場所がいくらか確認されている。以前俺が来た時も色々と調査したけどモンスターは出てこなかった。
「すごいねぇ。ほんと綺麗」
樒さんは靴とソックスを脱いで、湖の浅瀬に立っている。その姿はまさに映えそのものである。
「でも…。やっぱり静かな方がよかったね…」
他のパーティーメンバーは後で配信するための動画を録画している。ワイワイと青春ごっこがうるさいうるさい。
「ねぇトキヤ君。こっち来てよ」
手を振って樒さんが俺を呼ぶ。俺も靴と靴下を脱いでズボンを巻くりあげて、樒さんのところへと近づく。俺たちは向かい合って立つ。湖水が反射した光が淡く樒さんの顔を照らしている。それはまるで女神のようにゾッとするほど美しかった。
「お詫びっていうか、お礼って言うか。これあげるよ」
樒さんはアイテムボックスから一振りの剣を取り出した。
「これは。かなりいい剣なんじゃないのかな?」
「私は使わないからいいよどうぞ使って」
剣はけっこう大きいものだった。俺はそれの鞘にストリングを巻いて背中に背負った。
「うん。似合う似合うよ。かっこいい」
樒さんは優し気に笑みを浮かべている。俺も釣られて笑った。
星月とその取り巻きは遠くから樒とトキヤを見ていた。その顔には悔しさや羨ましさといった負の感情に満ちている。
「なあ武蔵君。本気でやるの?」
取り巻きの一人は戸惑いを隠せない顔でそう問いかけた。
「ああ。最高のチャンスだろう?」
星月の手には檻の形を模した箱があった。
「でもそれ使ったら絶対にヤバいよ…」
「おまえらさぁ。まだ自分たちが安全圏にいるって思ってんの?」
撮影用ドローンの設定を行いながら、星月は冷たい声で言う。
「おまえらだってさあ。俺の配信で散々いい目見てきたろ?楽しかっただろ?バカなオフパコ女をハメたり、学校でチヤホヤされたり、イベント呼ばれて拍手喝采浴びちゃったりな。俺たちは何でもできた。でももうこのままだとなんにもできない。あいつがいるからな」
星月のチャンネルについての掲示板やSNSは勢い良く伸びている。
:あのガチイケメンやばくね?まじかっこよかったわ!
:シキミちゃんはどっちと付き合ってるのかな?
:うんなのあのイケメンの方でしょ
:ていうかあのイケメンと樒ちゃんいればムサシくんたちいらなくない?
:あれwwそれいっちゃうwww
:だって高ランクの高校生なんて他にもいるしww
:あのイケメン。なんか華があるんだよなぁ。目が離せないっていうか。
:ムサシ君たちだと、シキミちゃんとイケメン君に釣り合ってないよねww
:バランス悪いっつーか。シキミちゃんとイケメン君だけでよくね?
:つまりDVチャンネルに生まれ変わるってことだな(*^^)v
:それはお前だけだよビッチ。一人でオナってろ
「わかるか?俺たちはあいつがバズったらオワコンなんだよ!」
取り巻き達も掲示板やSNSの反響を見て顔色を変える。たった一人のヒーローの登場で自分たちがオワコンになったことの絶望感をひしひしと覚えている。
「だからやるんだよ。ここの地形はもう把握した。あっちの方に切りたった深い崖がある。意味はわかるな?」
皆が顔を見合わせていた。だけど最後はお互いに頷き合ったのだ。
「悲劇ってのは最高のバズだ。みんな見たがってるんだよ。不幸をな。そして不幸から立ち上がる健気な人たちを応援したい。だってそれは誰にも責められない
星月は箱を空高くに投げ上げた。
「さあ。ライブ配信の再会だ!!!」
そして『バズ』が始まる。
俺と樒さんは湖から出て湖畔でお弁当を一緒に食べた。他愛無い会話。それと。
「遠出するならどこがいいかなぁ?やっぱ県外はマストだよね」
「そうだねぇ。富士山あたりにでも行ってみるかな」
「富士山イイね。わたし行ったことないから楽しみだな。うふふ」
そう他愛もない未来の会話。叶ったら幸せになれる。そんな御伽噺。だけど御伽噺はいつもハッピーエンドとは限らないんだ。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNNNNNNNNN!!!!』
それはあまりにも恐ろしい咆哮だった。そして続いて聞こえるのは大きく鈍い羽ばたきの音。
「うそだろ?!在り得ない?!なんでこんなところにS級のドラゴンがいるんだよ?!」
巨大なドラゴンがいつの間にか俺たちの上空を飛行していた。接近にさえ気づかなかった。在り得ない事象が起きている。だけどこのままだとヤバい。俺はすぐにライフルを構えて臨戦態勢をとった。
「鳳凰弾空尖!!」
星月が空に向かって大きくジャンプしてドラゴンに向かって派手な閃光をまき散らす大技を放った。
「gya-a-a-a」
だけど不思議と明らかに効いていないように見えた。だけどドラゴンは俺たちのいる方に向かって落ちてくる。
「はぁ?!え?なにぃ?!まずい!」
俺は傍にいる樒さんを抱えて、その場をジャンプしてはなれる。ドラゴンは俺たちがさっきまでいた場所に着地した。ドラゴンは泰然とした様子だ。
「やっぱり全然削れてねぇじゃねぇか!くそ!!」
俺は片手でライフルをぶっ放す。反動を制御するのがきついが、相手の図体はデカい当たらないってことはないはずだ。
『GYAAA!AAA!』
ドラゴンは少し痛がっているように見える。ダメージを与えられている。ならば上手く連携できれば勝てるか?
「「「いくぜ!!奥義!トリプルブレイクライトカッター!!」」」
『g-a---a----gyaaa-a-』
星月の取り巻き達が三人でドラゴンを取り囲んで派手に火花を散らす。攻撃によりドラゴンは俺たちの方へと吹っ飛んできた。
:ひょー!ぱねぇ!
:仲間を助ける友情が熱すぎ!
:エモいわ!自分の身を顧みず助けに行く武蔵君たちマジ尊い!
:てかイケメン君よわww
:銃とかやっぱおもちゃwww
コメント欄は勝手なことをほざいてやがる。モニター越しだとわかんないんだろうけど、ドラゴンにちっともダメージは入っていない。というかダメージを入れてない?むしろドラゴンを俺の方へと追いやっているような動きにさえ思える。いや。違う。
「ハメられた?!くそ!!」
ライフルをフルオートでドラゴンの顔に向かって撃つ。
『GAYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
弾丸は竜の両眼にヒットした。目が見えなくなったドラゴンはそこら辺をのたうち回る。
「トキヤ君?やったの?」
「いや。全然なんもできてない。急いでこのエリアから脱出しよう。あいつは通常エリアにまでは追いかけてこれないはずだ」
『GYAAAAAAAAAA!AAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
ドラゴンは目が見えないのに、俺の方へと顔を向けてどしんどしんと走って追いかけてくる。
「はぁ?!なんでこっちに来るんだよ!?くそ!」
俺は手榴弾を後ろに投げながら走る。その先には崖しかないが、ドラゴンの図体がデカすぎて安全な方へと向かうルートがふさがれている。
「宸樹!こっちだ!お前が惹きつけてくれている間に樒ちゃんは俺が逃がす!!」
星月がいつの間にか俺たちと並走していた。いつ俺がドラゴンを惹きつけているなんていうことになったのだろうか?違う。本音が漏れたんだ。あのドラゴンはアイテムかなんかで呼び出したテイムモンスターだ。そしてそのターゲットに設定されいるのは間違いなく俺だ。
:そっか!ドラゴンの注意をあのイケメンが引いていたのか!
:それなら大技が叩き込めたのも納得だな
:でも女の子連れてそれやるのはないわ(-_-メ)
:早く武蔵君に樒ちゃんを渡してヘイト役に徹して欲しい(-_-メ)
:むしろ今のシキミちゃんのポジションと変わりたい(*´Д`)DV
:ドラゴンを使ったDVは新しいなぁ…
ごみどもが!好きかって言いやがって!現場にいない人間はどいつもこいつも自分の見たいことしか見てない。だが仕方がない。樒さんを巻き込むわけにはいかない。俺は星月に樒さんを渡す。
「だめ!トキヤ君!ときやくううううんんんんんん!いやあぁあああああああ!!!」
樒さんは泣きながら俺の方へと手を伸ばす。だけどその手はつかめない。今危ないのは俺だけだ。だからそばにはいられない。身が軽くなった俺はさらに加速して、ドラゴンと追いかけっこをする。俺がヘイト役に徹するっていうシナリオならそろそろ取り巻きどもや星月が後ろからドラゴンを攻撃するだろう。だけど。
「いいかあいつの防御は硬い!!まずは魔法スキルでデバフと遠距離攻撃だ!!」
星月の命令で取り巻き達や女子たちがそれぞれ魔法を駆使する。ドラゴンへのデバフはありがたいが遠距離攻撃は意味がない。彼らの持っている魔法攻撃で斃れるほどこのドラゴンはやわじゃない。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!AAAAAAAAAAAAAA!AAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!』
ドラゴンは魔法攻撃などものともせずに俺へと迫ってくる。大きな口を開いて俺を何度もかみ砕こうと噛みついてきた。それはすべて避けたけど。そろそろ崖までもう後がない。
:あれ?イケメン君の行き先って崖になってね?
:まじだ!?
:おいおいおい素人かよ!
:そっちじゃねぇ!すぐに方向転換しろ!
:あほ!早く曲がれ!
出来るんだったらそうしている。俺の上を飛んでるドローンを俺は睨んだ。ドラゴンの図体がデカすぎて曲がったら即相手の攻撃範囲に入ってしまう。だからこのまま崖に向かって走るしかないんだ。
「だけど作戦がないわけじゃねぇんだよ」
いよいよ崖が見え始めていた。俺はチェストリグのポーチからとある手榴弾を取り出す。そしてそれをドラゴンに向かって投げた。そしてそれは爆発してひどく耳障りで大きな音を立てる。
『GYKIIIIIAAAAAAAAAAAAAAA!!OOOONN』
ドラゴンはその場に立って身もだえている。今使ったのは音響弾。これでドラゴンの目と耳を潰せた。そして行動不能になっている今がチャンスだ。
「うおおおおおおお!!!」
俺はドラゴンの背中に回り込んでそこに飛び移る。そして頭の方へと駆け上がっていく。
:え?ドラゴンの上の走ってるんだけど?
:忍者かよ!
:そうかわかった!!あいつの狙い!
:何がわかったの?
:あいつ目と耳は潰したのに、まだ鼻は潰してない!
:やりわすれじゃねぇの?
:いやあのイケメン君は戦いなれてる。絶対にそんなミスしない。だからまずあいつがやるのは…
:羽をつぶすことだろ?(。-`ω-)
はい。その通り。俺は背中にある羽の付け根に辿り着いた。そこへマガジンが切れるまでフルオートで鉛球をぶち込む。そしてさっき樒さんから貰った剣を背中から抜いて思い切り突き刺す。何度も何度も何度も突きさす。そして腰のポーチからプラスチック爆弾を取り出して傷の中に入れる。爆弾のタイマーを5秒にセットして背中から飛び降りる。そして爆音と閃光がドラゴンの背中から響いた。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
ドラゴンはこれでもう飛べない。だけど行動不能にはなっていない。俺はドラゴンの目の前に立つ。するとドラゴンは鼻を鳴らして俺の存在に気がついた。俺は崖に向かって走る。ドラゴンも追いかけてくる。そして。
「うおおおおおおおお!!」
俺は崖に向かって思い切り跳んだ。
:跳んだ?!
:ヤバいって!配信事故だろ!?
:拡散しろ!
:てか見ろ!ドラゴンも崖に向かって走っててる。
:あ。ドラゴンが崖から落ちた。
:ドラゴン堕ちた?!でもドラゴンなら飛べるよな?
:いやさっきイケメン君はね潰したからね。
:つまりドラゴンは…
:落ちて死ぬんでしょ。イケメン君と一緒にな
「俺を勝手に殺すんじゃねよ」
:なに?!幽霊?イケメン君の声がする?!
:やべぇって?!
:配信事故の次は心霊現象?!
:この配信やばすぎぃ!
:バカ!よく見ろ!イケメン君生きてる!
そう。俺はばっちり生きていた。崖から飛び降りたが、ワイヤーを近くの水晶に引っかけていた。バンジージャンプほど優しくはないが、それでも無事である。下を見ると真っ暗闇につつまれている。そこが全く見えない。落ちて言ったドラゴンはもう見えなくなった。俺の周りを撮影用ドローンが飛び交っている。たまにはいいかな。俺はドローンに向かってピースした。
:あんたまじですごいわ
:舐めてたわ
:技巧だけでS級モンスターを倒したのか(-_-;)
:ステータスシステムの意味ぃw
俺はワイヤーを伝って崖の上に戻っていく。同時接続数が100万とかいうとんでもない数字になっていた。スーパーウルトラすごいバズタイムが来ているのだ。
:おまえぱねぇな。うちのギルド来ない?
:うちのパーティーはどう?
:というかあんたならソロ配信でも人気出るぞ!
「いややめとくよ。ダンジョンは小遣いだけ稼げればそれでいいよ。こんなのもう二度とごめんだね」
:もったいねぇ。あんたの活躍まだみたいけどな
:ほんとほんと。
:過去一番感動したバトルだったぞ!
「ありがとう。まあ最後の配信だと思うしこれでよかったのかもな。あはは…え?」
コンタクトレンズに映るコメント欄を見ていて気付かなかった。いつの間にか星月が俺のワイヤーの先にいたことを。そしてひどく獰猛な笑みをうかべていること。
「やめ…」
そう言い切る前に星月はワイヤーの引っかかっているクリスタルを剣で砕いた。その瞬間俺の体は気持ちの悪い浮遊感を覚えた。そして体は重力に引かれて真っ逆さまに暗闇に向かって落ちていく。
:うわあああああ!そんな!?
:なんだよこれ!あんまりだろ?!
:あんなにすごかったのに!
:ワイヤーが耐えられなかったのかよ?!そんなぁ!
:うわあああああああああああああああああ!!!!
:こんなのあんまりだ!
:ひどすぎる!
ドローンは落ちていく俺のことをずーっと撮影し続けていた。そして気がつけばドローンさえも見えなくなって。俺は奈落の底へと堕ちていった。
***作者のひとり言***
最高にバズってますねぇwwww
これから星月君たちはトキヤ君の犠牲を胸に配信業に精を出すことでしょう!
星月君たちの今後の活躍をみんなで期待しよう!
次回
「金枝」
ちなみに樒さんが湖の中で剣をくれたのは、アーサー王伝説の湖の乙女のモチーフのパロディですね。
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