夜釣り

めへ

夜釣り

滋賀県大津市に住むS君の趣味は釣りだ。

しかし、真夏の炎天下ではさすがに釣りへ行く気になれないと言う。

なので、夏の時期はたいてい夜釣りになるという。


真夏であっても、夜は日が照らない分かなり涼しくなる。特に水辺は。

その日、S君は琵琶湖へ夜釣りに行った。新月の、しかし星の多い晴れた夜の事である。

琵琶湖の広い駐車場にはチラホラ車が止まっており、夜釣りに来たと思われる人影も見える。


適当な場所に腰掛け、釣り糸をたらした。数メートル先には、左右に同じく夜釣りに勤しむ人影が見える。

しばらくして、釣り糸に魚がかかった。それもかなりの大物のようで、ものすごく重い。

このままでは、釣り糸が切れるんじゃないか?一体何がかかったんだと不安と期待を感じながら糸を引いた。


水面からゴボッと音をたてて顔を出したのは、何やら角ばった塊である。明らかに魚の類ではない、そして生き物ではない。

湖に戻したかったが、そのためにはまず陸へあげねばならず、仕方がないので懸命に糸を引いて陸に上げ切った。


ゴツゴツとした岩のような、長方形の物が岸辺に転がる。手で触れてみると、それはコンクリートのようだった。


ピシッ…と音がして、まるで絵本の桃太郎に出てくる桃のように、コンクリートがパカッと縦に割れて、中から人が現れた。


その人はコンクリートに埋めこまれるようにしてそこにおり、両手と両足が切断され、バラバラに配置されている。

カッと見開いた目は白く濁っており、夜目にも酷い痣だらけであるのが分かる。全裸で骨が浮き上がるほど痩せていた。性別はおそらく男、年齢は40にも50にも見えるが、この酷い状態故に老けて見えるのかもしれない。


S君が愕然として固まっていると、湖から魚が次々と飛び出してきて、自ら陸へ上がった。S君の周囲はあっという間に、飛び跳ねる魚だらけである。


頭が混乱して、ますます体が凍り付き動けないでいると、死体の埋め込まれたコンクリートは割れた片方がゆっくりと元に戻り、ガチリと音をたてて閉じてしまった。

そして独りでにズル…ズル…と湖の方へと移動し、ボチャンと大きな音をたてて沈みこんでいった。

後には、跳ね回る大量の魚だけが残されたという。


その後、S君の身の回りで変わった事は何も無い。

しかし彼は非常に気に病んでいた。理由を尋ねると


「あの死体、ガリガリに痩せて痣だらけだったから最初は分からなかったけど、僕に似ている気がするんですよ…」


将来の自分の姿ではないか、とS君は気に病んでいたのだ。


その後、S君は雇用環境の悪い職場を辞めて他へ就職したという。何でも、今度の職場は給料が段違いに良いのだとか。しかし何をしている仕事なのか、については言葉を濁し、あまり話したがらなかった。

それからS君は生活が派手になり、言葉や考え方も乱暴になり、気が合わなくなったので、彼とは段々と疎遠になり会う事も無くなった。


ふと彼から昔聞いた琵琶湖の話を思い出し電話をかけたのだが、つながらない。電話番号を変えたのか、それとも…

あれからずっと、S君は音信不通だ。今、生きているのか死んでいるのかすら分からない。

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