二幕目

 救えなかった者たちへの贖罪。


 それが彼らの会話を補完して私なりの経験則に基づいた結論。彼女が必要以上に私を庇おうとする理由。憶測の域を出ずとも恐らく大きく的を外してはいないだろう。


 それを踏まえても尚、彼女が非難される理由が私には分からない。代償行動。代替行為。モノの善し悪しはあれども、それは人種ひとしゅとして本能に根付いた欲求の発露の形。


 それを己の意思で是正に努めると言うのなら兎も角。無遠慮に他者が上からモノを言う。ましてそれが信仰などと言う身勝手な概念の押し付けに起因しているなどと知れば個人的にも気分が悪い。


 普通に考えて部外者が。それも不審なる者として審議されている私が口を挟むべきではない。余計に事態を悪くする。ややこしくするだけ、と。そんな事は言われるまでもなく分かっている。


 だが。それでも、だ。


「司祭様。無知な私に教えを御教授下さい。弱さとは罪なのでしょうか?」


 真っ直ぐな私の問い掛けに、返す言葉が口に出せずに俯きかけていた彼女の肩がびくっ、と震え。対して修道司祭は問答然と私を見据える。


「信徒と修道を修めんと志す者とでは教義に取り組む立場が異なるが。概ねその認識は間違いとは言えぬであろうな」


 一応に言葉を選び修道司祭は口にする。威厳が滲む声音に驕りは感じられぬし小娘相手、と軽んじている気配も見られない。だからこそ。私は己の信義ゆえに神の存在と相容れる事がないのだ。


「罪ですか。なるほど……けれど神の教えは向かい合えと問うているのでは?」


「内なる試練に打ち勝ち克服し。打ち破ってこそ真なる強さとは己の身に宿るもの」


「神様は試練がお好きで大変結構。ですが、現実に即し多面的に見ても弱さを克服するとは切り捨てる事でも打ち破る事とも違う。一面で言えば拒絶ではなく起因する恐れすら認めた上で受け入れる。それも乗り越えると言えるのではないのですか」


 多分に挑発的である自覚はあった。が、極少量しか有さない社交性を発揮して多様性を主張する。断言して。これは一般的な解釈や最適解に基づいた価値観などではない。あくまでも個人的な私の主義の問題であり、独善的であればこそ、眼前での光景を看過出来ずにいただけに過ぎない。


 弱さを切り捨てて。愚かさを切り捨て。欠点だらけの人間が恐れも不安も不必要としたならば最後に一体何が残ると言うのだろうか。欠点もまた人間らしさであり、人たる証明である。未成熟であるがゆえ、それを可能性と呼ぶのではないのか。


 私にとって今を生きる理由。最果てを望む理由。それは逆鱗でも琴線でも無く。例え誰に道化と嘲笑されようと。譲れぬ境界線であるがゆえに。


「贖罪。代償行為? 大いに結構。私は感謝しています。彼女がそれを恥ようと私の気持ちは変わらない。他者の視点がどうあろうとも。教義とは信仰とは。もっと心の内に自由であるべきだ」


 だから。


「見ず知らずの私を親身に庇ってくれて有り難う」


 今一度の謝意を告げる。


 見つめる先の彼女は呆然と。やがて困った様に微笑んで。


 本質的には何一つ解決などしていない。彼女は今後も悩み苦悩し続けるのだろう。けれど問答の。議論の先を突き詰めて。不安や恐れは理解が及ばぬゆえに抱く未知。だとすれば既知とせんが為に挑むのも。また人種のみに許された特権なのだ。


「主への冒涜。不敬に過ぎよう」


 修道司祭の眼光は鋭く口調も厳しい。が、語気は意外な程に穏やかで。


「なれど異端審問ともなれば、多くの者は狼狽し萎縮して。虚言の一つも弄するものだが。逆に此処まで反骨の志しを見せる者は珍しい」


 一度、修道司祭は周りの修道士たちを。最後に彼女に視線を巡らせ。


「それが子らの良き成長の一助となるのなら数奇なれども。また主の御心の内」


 審問の終わり。問答の終わり。


 背後の壁となり私の退路を阻むんでいた修道司祭は僅かに道を開ける。


「娘。此度は助祭の嘆願を考慮して故意なれど悪意なしと。真偽と素性は不問としよう」


 だからさっさと立ち去れと暗に態度で告げて。いや、もっと厳格に勧告していた。


 当初の目的を果たせず逃げ帰る訳ではあるが、どうやら最悪の結果は避けられそうで内心で安堵する。


 取り敢えず持てるだけ持ち帰り、後は後日で構わない。寧ろ今はその方が都合が良い。なにせ聖水よりも遥かに重要な人物と縁が出来たのだから。危険を冒した価値は十分に。欲張らず日を改めるのが得策と言うものだろう。


「あのっ、お待ち下さい。どうかこれを」


 と、今は余計な真似はせず、大人しく立ち去ろうとする私の背に予期せず彼女の声が制止して。


 向き合う先で黄金の君は懐から小瓶を取り出し。せめても、と。手づから洗礼したのだろう、私用の聖水を手渡ししてくれる。


「また、お会いできますか?」


 聞こえて聞こえぬ憂慮の間。憂いを秘めた黄金が去り際に呟いた独白に。視界の隅に修道司祭を映す距離で。私は皮肉を籠めて答えて見せた。


貴女がそれを望まれるならデウス・ウルト


 と。

 

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錬金術師クリス・マクスウェルの人生録 ながれ @nagare

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