第5話|リアルでも勝ちたい?

残りの敵は、あと一人。しかし、最後の一人が最後まで諦めずに粘っている。


「ねえ、あいつすごくしぶといよ!」


「ダメージは与えているはずなのに、なんで死なねーんだ?」


「たぶんだけど、あいつは盾役として防御力が高くなる装備を重点的につけているんだと思う。でも、いくら防御力を高めてても、さすがにそろそろ限界のはず!」


「でも、もうじき"マグマの沼"の移動不可の効果が切れるだろ!?そうなったら、次はどうするんだよ!?」


たしかに、もうすぐ"マグマの沼"の効果が切れて、相手プレイヤーは動くことが可能になる。でも、まったく問題ない。全員を仕留めきれなかったときのために、厄介なプレイヤーから先に潰しているからだ。


こちらに致命傷を与えるリスクのある遠距離攻撃が得意な敵から真っ先に潰し、次にスピードがあり逃げられたら厄介そうな敵を潰している。


仮に"マグマの沼"の効果が切れて逃げられても、スピードがなく遠距離攻撃もない敵であれば、3人でジリジリと削っていける。


「100個くらいプランを考えているから、心配すんなって!」


「いや、100個は嘘でしょ!」


マナから鋭いツッコミが入る。たしかに100個は嘘だ。でも勝率がもっとも高くなるように、優先順を決めて一人ずつ確実に潰しているから、やりようはいくらでもある。


もっというと、"マグマの沼"を見抜かれていたとしても、予備の作戦はあった。抜かりはない。


「あっ!倒した!倒したよ!」


マナが真っ先に声をあげた。その瞬間、画面に"Winner"の文字が浮かび上がる。


「きゃー!やったー!」


"Congratulations‼優勝おめでとう‼"


画面の文字が切り替わり、俺たちのチームが優勝したことを運営がアナウンスしてくれた。


「うおおおーーー!!やったーーー!!優勝だーーー!!!」


てっちんが珍しく興奮している。


目の前の光景が優勝している事実を教えてくれている。夢じゃない。世界大会で本当に優勝できたんだ。


起きている時間のほとんどをゲームに費やしてきたから、ある意味すごい努力をしていたのだと思う。


でも、想像していた気持ちと実際の気持ちは、だいぶ違う。優勝した事実は頭のなかに入ってきているはずなのに、全く実感が持てない。なんというか、夢のなかにいるようなフワフワとした気持ちだ。


世界大会で優勝したのだから、もっと達成感や高揚感があるのだと思っていた。


もちろん、嬉しいことは嬉しいけど、どちらかというとホッとしたという表現のほうが近い。今までやってきたことが実を結んでよかった、と。


ふと、虚しさが押し寄せてきた。


情熱を注いできたゲームで一番になった。……で、だからなんだというのだろうか。


「ちょっとちょっと!ダーチーも、もっと喜びなよ!」


静かにしている俺に気づいたマナが声をかけてくれた。


"ダーチー"とは俺がゲームで使っているニックネームのことだ。『大地』という名前の『だ』と『ち』を取っただけの、ひねりのないニックネームだが、言いやすいから気に入っている。


「いや、喜んでるよ。なんか実感がなくて、どう表現したらいいか分からないんだよ」


「相変わらずダーチーは難しく考えるな~。こういうときは、素直に喜んでおけばいいんだよ!」


たしかに、難しく考えすぎなのかもな。今日くらいは、素直に喜んでもいいか。


でも、本音をいうなら、せっかく世界で一番になったのだから、もっと劇的に人生が変わる出来事が起こってほしい。そう強く願った。


すると、次の瞬間妙なことが起こった。


「なんだ、これ?」


突然、目の前に"変なポップアップ"が表示されたのだ。


"リアルでも勝ちたい?"


そう表示されたホログラムのようなポップアップが空中に浮かんでいて、戸惑いを隠せない。


もう少し先の未来であれば、AR(拡張現実)を活用したデバイスが広がっていると思うが、現時点の我が家には、そんな高性能なデバイスは存在しない。


「ダーチー、どうしたの?なんかひとりごとを言ってるみたいだけど」


二人の雰囲気を察するに、マナとてっちんには俺が見ているポップアップウインドウは表示されていないみたいだ。もしマナに同じことが起こっていたら、確実に騒いでいるはずだから。


でも、念のために探りを入れてみるか。


「いや、なんでもないよ。放置していたパンがカビてただけ」


「もう!不衛生なんだから!ちゃんと掃除しなよ!」


「はははっ……、引きこもってから全く掃除していないな。そういえば、優勝してから何か変なことが起こったりしていない?」


「変なこと???」


マナとてっちんがハモるように問いかけてきた。しまった、聞き方を間違えたようだ。


「あー、いや!パンがカビてたりしてないかなと」


「してるわけないでしょ!」「してるわけないだろ!」


また二人がハモリ気味に返答してきた。でも、このリアクションから二人の前には謎のポップアップウインドウは出てきていないと判断していいだろう。


一体このポップアップは何なのだろう。


"リアルでも勝ちたい?"の文字の下には「YES」と「NO」のボタンが並んでいる。


WordやExcelの保存を忘れて閉じようとしたときに出てくる「変更を保存しますか?」のポップアップウインドウによく似ている。


問題は、このポップアップが宙に浮いていて、得体の知れない存在であるということだ。


それにしても、なんてふざけたポップアップなのだろう。


"リアルでも勝ちたい?"って、バカにしてるのか?


今の自分の心をえぐるには十分なひと言だ。自分の現状を知っている人物が、なにかしらの嫌がらせをしてきたようにも思えるワードチョイス。


せっかく優勝して喜びに浸っていたのに、一気に不快な気持ちが押し寄せてきた。


「ちょっとダーチー、大丈夫?」


「ゲームのこと考えすぎて疲れてるんじゃないのか?」


「ああ、そうかも……」


俺も、目の前に表示されているポップアップが疲労による幻覚だと思いたい。


しかし、夢かと思って頬をつねっても普通に痛いし、変わらずにポップアップが表示され続けている。


なんなんだよ、これは!くそっ!!


苛立ちが募る。


苛立つ気持ちとは裏腹に、ポップアップの「NO」を選択する気にはなれない。


"リアルでも勝ちたい?"のひと言が、あまりにも心に刺さってしまったみたいだ。感情が大きく揺れ動き、平常心を保てない。


心のなかでひと通り暴言を吐き終えて冷静になってくると、急に虚しさが押し寄せてきた。


これだけゲームで勝ち続けてきたのに、自分の人生は一向に好転していない。


現実から目を背け、ゲームで勝ったときだけ優越感に浸り続ける。リアルで負けたからゲームに逃げているだけ。それが俺の現実だ。


今のご時世では、プロゲーマーとして生計を立てている人もいるみたいだけど、本心では社会復帰して前みたいに働きたいと思っている。


リアルでも勝ちたい?


勝ちたいに決まってんだろ。逆に勝ちたくないやつなんているのかよ。誰だって勝ちたいだろ。


なにか悪質なウイルスかもしれない。でも俺は、そのよく分からないポップアップに手を伸ばし、「YES」をタップした。


すると「あなたの願いは受理されました」と表示され、ポップアップは消滅した。


……が、特に変わった様子はない。


そりゃ、そうだよな。我ながら、どうかしていると思った。


宙に浮いているポップアップをタップして何か起こるなら、それこそ異常事態だ。一体、なにを期待していたんだろう。


しかし、次の瞬間……


「うっ、ぐっ……」


突如俺は、うめき声を発した。


「ちょっと!ダーチー!どうしたの!?」


「おい!大丈夫か!?」


「……なーんてな!冗談だよ」


「もう!なにやってんのよ!」


「ダーチー、それはない」


俺の異変を察知し、二人は心配そうな雰囲気を出していた。場の雰囲気を和ませるために、不慣れなジョークを飛ばしてみたが、完全に不評だったようだ。


「ごめんごめん。まあ、なんだ。俺の頭がバグってたみたいだ」


「しっかりしてよ、我がチームの司令塔なんだから!」


それから他愛のない会話をしつつ、俺たちは今回の大会について延々と会話を繰り広げた。


大会までの準備期間を含めると、本当に濃密な時間を過ごしてきたと思う。


ふとメッセージ欄に目をやると、運営からお知らせが届いている。後日、大会優勝者の俺たちにインタビューをしたいとのことだった。


インタビューなんて経験したことがない。大した話はできないと思うけど、インタビューを受けてみるか。何事も経験だ。聞かれたことに素直に答えていこう。


長時間話したあと、三人揃って強烈な睡魔が襲ってきた。


優勝後は、脳内から興奮物質がドバドバ出ており、異常な興奮状態だったのだろう。


時間が経って落ち着いてきてから、ゲームで散々酷使した脳みそが悲鳴をあげたみたいだ。ゲーム中は、ずっと集中しっぱなしだったからな。


おしゃべりはいったんお開きにして、俺たちは眠りにつくことにした。


目標にしていた世界大会で優勝できたことは、素直にうれしい。今までのがんばりが報われたのだから。


でも、その喜びは長くは続かず、俺は悶々とした気持ちで眠りにつくのであった。

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だれか、俺のソワソワを止めてくれ ふくきた @fukukita

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