継母なる星

朝倉亜空

第1話

「大気中成分、窒素76,71パーセント、酸素22,04パーセント、海洋あり、気温、現在地点、摂氏21,94℃、地軸傾斜、惑星自転速度その他を考慮したAI解析による赤道付近の年間平均気温予測は摂氏37,36℃。豊富な動植物ありだ! ようやく見つけたぞ」

「ほんとかい? また今度も環境は抜群だが、地球で言うところのジュラ紀に相当する、生命発展期途上である超々大型生物繁殖期じゃあないのかい? 恐竜惑星は移住には相応しくないよ?」

 継母星ディスカバー計画の探索宇宙船の中で、隊員ふたりが会話を交わしていた。宇宙船は今、遥か地球を遠く離れたとある銀河の一つの惑星系に属するある惑星の成層圏を飛行していた。


 西暦2328年、我々の母なる星地球は瀕死だった。

 頻発する大地震、大洪水、増加し続ける一方のCO²とそれによる温暖化、と言うより灼熱化。樹木がまともに育たなければ、酸素も減っていく。その上、大量に大気中に巻き散らかされた放射能による汚染。その汚染は同様に海水にも及んだ。結果、まともに収穫されない海産物や農作物。人々はほんの一握りの食べ物をめぐって、激しく争い合う始末。

 西暦2000年初期より徐々に目立ち始めたそれらに対し、始めこそ人類の英知を集結させ何とか対処らしいことはしていたのだが、それにももう限界、西暦2300年代には、崩れ行く地球の激変化は、万策尽きた人類の手に負えないものになっていた。

 見限るしかない。我々は我々の母なる星地球を見捨て、早急にも、新たなる安住の星、継母なる星を見つけ出さなければいけないと決定された……。


「いや、大丈夫。超大型物体の生命反応すらない。もし、いたとしても、せいぜい、マンモス程度のものが小規模で集団移動しているくらいだろう。それよりも、動植物の中で最高知能を有する者、つまり、この星の支配種族の知能レベルが問題点だ」

「そうだな。……256Kカメラで内陸部を見渡したところ、その街並みから我々の300年ほど昔のレトロな低高度のビル群で溢れ返っている。2000メートルはおろか、その10分の1ほどの高さもない。頭はそんなに良くなさそうだ」

「それは好都合だ。よし、どこか適当な所へ着陸するとしよう」

 ふたりを載せた宇宙船は都市部中央の緑地広場へと降り立った。おそらくはこの地域の憩いの空間とされているのだろう。

 突然の宇宙外生命体の来訪に、恐るおそる遠巻きにして、この星の生命体が数種類集まりだした。その中には高さ2メートルほどの、ヒト型で全身黄緑色の毛でおおわれて、着衣しているように見える者たちが多くいて、そのほかには四足歩行のものが2種類、大きさ的には高さ1メートル弱、犬のような猫のような、見るからに愛くるしいものと、もうひとつはブタによく似ているのだが、顔の中央に大きな眼がひとつだけのものがいた。どれもみな皮膚は緑っぽい色合いだ。

 ロケットから降り立った隊員たちは、ニッコリと柔らかい笑顔を顔に浮かべながら、黄緑色のヒト型生命体のもとへ近寄って行った。

「こんにちは。わたしたちは遠く地球という星からやってきました」

 宇宙言語AI翻訳機が何種類かの言語に翻訳し、発生したものの、相手からは何の反応もなかった。すると、隊員の後方から声と思わしい音がした。隊員が振り向くと、一つ眼ブタが一匹、てくてくと歩いて近づいてきていた。再び、音声を発した。その二声でAI言語翻訳機が大まかな動作をし始めた。

「それは二足で歩くのモンゲラと言って、野生動物です。たくさんいるの労働用飼育モンゲラだった。ビル建てるのはモンゲラは。機械作るのはモンゲラは。考えるさまざまの計画の知恵はわたしたちピーッムチョ類でも、動き働くの飼育モンゲラ。わたしはこの地域治める。名前はダッハレです。ようこそ、私たちのこの星ビクモダーへ、よくいらっしゃいビクモダーへ。ダッハレが歓迎するサイズは大きい」

 翻訳精度は会話を重ねれば上がっていく。

「わたしたちは遠くにある地球という星からやってきたのです。惑星ビクモダーはとてもいい星ですね。環境が素晴らしい」」

 隊員は再度言った。AIが言語変換し、伝えた。

「どうも、あーりがっとう。でもですが、実は、お宅らの地球人は何しにここへ?」

 ダッハレは不安げな色をその一つ眼にたたえ、小さな声で言葉を続けた。「侵略……、宇宙戦争……? もし? 友好的だったらいいのになのかなー?」さーっと顔色が薄く引いていっていた。

「ははは。もっちろん、友好的交流を求めてやってきたのですよ」

 隊員は言った。

「あっ、あっアッアーあそれは良かった大変にでっすーぅ」

 この惑星、ビクモダーの支配種族であるピーッムチョの地域長ダッハレは、顔面中央の大きな独眼の左右目じりをだらりと垂れ下げ、心底安堵した表情で言った。半開きの口から舌まで垂らし、とてもだらしない表情だ。白っぽくなりかけていた顔色も元の真緑色に戻りつつあった。「とても遠い地球のお宅たちは凄い科学力持ちであり、ビクモダーのピーッムチョ類ではシロハタ降参がいっぱいあるのだったから」

「いやいや、地球人類とビクモダーのピーッムチョ類、お互い仲良くやりましょう。では、あなたたちの中で今、何か困ったことなどはありませんか。もし、我々の力がその解決のお役に立てるようなら、協力いたしましょう。さあ、なんなりと言ってみてください」

「それはありがッとうございです。実はこちらでは大気中の高濃度化してきてるのが酸素問題が悩みの頭は大きいでした。このままでは酸素濃度急上昇すぎて、呼吸できずに皆死ぬつもりなのです。ビクモダーの生き物は全員CO²を吸い込み、酸素で吐き出すからです。どんどんCO²が減り、酸素だけに増える最中なのです」

「ははーん、我々のCO²問題とよく似た状況ですね」

「だってね、動物だけではなくって、植物までも酸素を出すことをしてるのが、悪化に輪っかを引っ掛けているのですから、一つもたまっていけません。ビクモダーにゼロ本の樹はいります! 一本も欲しがらずに抜ければ抜きたい場所だらけです! 枯れ葉一枚目に障りますからですよ! ビクモダーは全部に樹が捨てたい! 分かりますかな、この意味?」

「なるほど。貴重なCO²の奪い合いですからね。樹木に奪われてちゃ、大変だ。お任せください、あっという間にすべての樹木を枯らせてあげましょう」

「はい! ダッハレのとても大きい賛成!」 

 ダッハレはぶぶひひいと喜びの咆哮を上げた。「これですぐに死ねないわーい!」

 宇宙船に乗り込んだ地球隊員たちは惑星ビクモダーの全地表面に強力毒素を散布した。だが、勿論、これを施したことで多大な影響を及ぼしたのは、ビクモダーの樹木より寧ろ、動的生命体に対してだった。ビクモダーの全生物は死滅した。その後、宇宙船からは解毒中和剤がまかれたことは言うまでもない。


「やれやれだな。後味はとてつもなく悪いが、仕方がない」

「我々地球人類がこの宇宙の中で生き続けていくためだ。これで継母なる星、第2代地球を手に入れることができたんだ」

「なんだか、悪魔になったような気分だよ。申し訳ない、ダッハレ」 

「だがな、人類のこれまでの歴史を振り返って鑑みると、いつだって同じなんだ。高い科学力、高文明を誇る探検隊が、発見した新大陸の低文明の土着民族を虐殺し、そして、略奪したんだ。相手の物を奪うために戦争を仕掛け、強い者が弱い者からすべてを奪い取る。ただ、強い者がより強く生き続けるために。常に弱者は強者のエサでしかない。また、そのことは絶対、人類の歴史だけじゃなく、どこでだって、このビクモダーでもおんなじだよ。ダッハレの御先祖さんも強いから生き残ってこれた。この星の別の地域の弱い一つ眼ブタ種族を倒してね。ずっとその繰り返しさ」

「ところが、ダッハレも俺たちに問い掛けてきたように、なぜか宇宙からの来訪者に関しては、誰もが無根拠な二元論を唱えるんだな。俺たちもよく子供の頃に言ってたろ。もし、宇宙人が地球に来たとしたら、それは敵として地球を攻撃しに来たのか、それとも、宇宙の知的生命体同士、仲良く、友好的に関わり合うためだろうか、ってさ」

「はるか遠いところから、膨大な時間と労力を掛け、大量の燃料エネルギーを消費してまで、自分たちよりも低レベルの技術力しかない生命種に何の見返りを求めずに、逆に、自分たちの高度な技術、科学力を教えるためだけにわざわざやってくるのかって。そんなこと、奇特なボランティア星のボランティア星人だけだろう。それではもはや、聖なる人と書く、ボランティア聖人だ。いるわけない」

「だな。自分たちより圧倒的に強い者たちが苦労してまで来訪すれば、そいつらがやることは圧倒的な略奪に決まってるわな」

「そういうこと。実は、人類は薄々そのことに気づいていて、怖いんだよ。だから、友好的に来たという可能性もあるのではないか、そうであってほしいと願望を含めて考えているにすぎないんだ」

「深く考えないようにして、思考停止させているんだな」

「そう。それが、宇宙人が来たら、敵か味方か論争の正体さ。さあ、とにかく、地球本部に継母星確保の嬉しい一報を届けよう」

 隊員の一人が通信機のスイッチを入れ、地球とコンタクトを取った。

「こちら、探索宇宙船より本部へ連絡。我々は継母星、第2代地球の確保に成功致しました。ただ今より、位置情報を記し付けた宇宙マップのデータを、本部へ送信致します。皆さんの、一日でも早くの御到着を現地より心待ちしております。どうぞ」

「あーあ、本当にご苦労だった。ありがとう」

 通信機のスピーカーより、本部隊長の声が聞こえてきた。「しかし、君たちの労力には感謝しているが、もうその必要はなくなったのだ。実は、ちょうど今、地球にチバル星人という、とてつもなく高い文明を持つ、我々地球人にとって初の宇宙彼方からの友人たちがやってきて、友好関係を結んでくれると言うのだよ。彼らの超高度の科学力をもってすれば、今の我々が抱えている様々な問題、異常気象や大地震クライシス、CO²問題、放射能汚染、食糧危機など何の造作もなく解決できるということなんだ。チバル星人が言うには、問題点を解消すれば、地球ほど素晴らしい惑星はなかなか見当たらないらしく、まずは友好のしるしにすべての問題を解決すると言ってくださったのだよ。いやー、助かった。君たちも安心して、早く帰ってきたまえ。はっはははー」


 


 

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