異世界でも時間は流れるか?

 時間という概念は考えれば考えるほどに分からなくなる。

 読者の皆様は時間について考える機会はないだろう。そんな皆さんが少しでも時間と向き合うために、ここで一つ小話をしよう。

 川岸が見えないほどに広い川で、川の流れが完全に一様・均一だったとして、その川の流れに沿って船で下っていった時、船の乗組員は川の流れを認識できるかを考えて欲しい。

 川岸が見えない――つまり川の流れに沿って景色が変わらないということだ。船から見た景色が常に同じ川面であり続けた時、川の流れを認識することはできない。川の流れを認識するためには、川岸の移りゆく景色が必要ということだ。

 ここまではよろしいだろうか?

 さて、我々は時間に沿って生活している。朝になると目が覚めて、仕事なり学校へと行き、昼になれば食事をする。そのように時間は流れていく……ここで言うところの時間の流れを、我々はどのように認識しているのだろうか。

 要は「川の流れを認識するための川岸に当たるものが、時間にもあるのか?」という話だ。これを突き詰めて考えて見て欲しい。

 時計は時間を測定する器具であるが、時計がないことと、時間の流れが認識できないことはイコールではない。たとえ太陽や月といったものが見えない暗闇の中だとしても、「どれくらい時間が流れたか?」は分からずとも、「時間が流れていること」自体は認識できる。

 さて、ここでもっと話を突き詰めていく。

 アインシュタインが提唱する特殊相対性理論において、物体が光速になるとその物体の時間の流れは遅くなるとされている。この理論から言えることの一つに、物体の時間の流れは相対的に評価することが可能である……ということが挙げられる。

 この時間の流れを評価するためには、どうしたって単位が必要になる。その発想を出発点にして、異世界間の時間の流れを相対的に測定する理論を提唱、実用化した科学者がいた。

 その科学者の名前は日暮宗一。時間の流れる早さ(※1)を示す単位は彼の名前を文字ってHigとなっており、異世界間の時間差を測定する上で利用されている。

 そんな偉大なる科学者・日暮宗一は「地球とは遡行するように時が流れる異世界も存在するはず」と提唱。彼の研究成果を認める学会も、この時間遡行異世界の存在については否定的だった。異世界ごとに時の流れの早さが異なることはあれど、マイナスになることはないはずだ。

 しかし、そんな常識すら異世界を知る上では捨てなければならない。それを教えてくれる事例を語ろう。


 2030年11月。東京某所。

 異世界から使者が訪れた。その者達は地球でいうところの昆虫に似通った姿をしており、目は複眼、足は複数、表皮は固い甲殻で覆われていた。背中にはボンベのようなものを背負っており、そこから魔力のようなものを体内に吸収し生命活動を維持しているらしかった。

 彼らは日本の最高幹部との交渉の場を要求。日本はそれに応えた。

 緊迫した空気が流れる中、彼らの要求は「どうか我々の世界を救うために、少しの間だけここに住まわせて欲しい」というものだった。その話を要約すると以下のようになる。

 彼らの世界は地球で言うところの国ごとに種族が別れ、互いに戦争をしていた。その戦争は激化の一途を辿り、いくつもの国が滅び、今は二大国が睨みあった冷戦状態となっている。その冷戦の最後は、彼らのいた世界が完全に崩壊するという形で幕を閉じたのだという。

 しかし、その世界終焉の間近、世界を救うために彼らは別世界・地球へと飛んだ。彼ら曰く、地球に行けば世界を救える可能性があるというのだ。その鍵を握っているのが、日暮宗一が提唱した可能性「地球とは遡行するように時が流れる異世界も存在するはず」であった。

 なんと彼らのいた世界と、地球で流れる時間は全くの逆だったのだ。

 つまり地球で一年が経過すれば、彼らの世界では一年が巻き戻る。それを利用し、過去に戻れば戦争を止められるかもしれない。彼らはタイムトラベルに異世界間で生じる時間の流れる早さの差を利用したのだ。

 2030年から10年が経過した2040年に、彼らは元の世界へと戻っていった。過去に戻ったことで彼らは世界を救うことができたのか? その答えは知りようがない。

 過去を変えると、タイムパラドックスが起きるとされている。もしも彼らが過去に戻って戦争を止めた場合、未来――我々でいうところの2030年に地球にやってくるという事象は起きなくなる。しかし我々は彼らが来たという事象を観測している。タイムパラドックスは異世界をまたいでも起きるものなのだろうか。

 我々はまだまだ時について知らなさすぎる。常識は明日にでも変わる可能性があるのだ。


※1 時の流れる早さという表現は適切ではない。その説明をするには、基礎的な時間概念を学ぶ必要があり、それを説明しようと思えば一冊では収まりきらない。そんな難しい時間概念を学ぶ導入書として、日暮宗一が執筆した「宇宙年表を上から見るか、下から見るか」をおすすめしたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界を学問する メモ帳 @TO963

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る