YouTuberのヨウコさん

米太郎

YouTuberのヨウコさん

 夏季講習。

 塾での話題は勉強なんかじゃなくて、今ハマっているゲーム配信動画とかショート動画のこと。


 そんな話ばっかり。

 私はどうしても、低レベルだって思っちゃう。


 高校受験を舐めているとしか思えない。

 私は、そういうのは絶対に見ない。


 まぁ、作業用BGMは流してるけれど。

 それで集中力が高まるんだったら、使ってもいいかなって思わない?



 受験を舐めてる、あの集団。

 たまにオススメの音楽の話もしているから、話をしている時には、ちょっと聞き耳を立てていたりする。


「ねぇねぇ。これって聞いたことある?」


 集団の中の一人が話し始めた。

 チャラチャラしてるけど、あのグループの中では一番成績が良い。

 実は、私よりも少しだけ良いんだよね。

 あの子の音楽の話、ちょっと興味がある。


「呪いの動画っていうの」


 少し気になってしまって、話してる方をチラッと見てしまった。

 その子と目が合った。


『話に食いついた』みたいな表情をして、薄目で私を見ると、他の子達の方を向いて話し始めた。


 私は、そちらなんて気にしていないというフリをして、振り向いてしまった体勢のままストレッチをしている風を装ってみた。

 あの子は頭が良いから、私の態度がおかしいのがバレてそうだな。

 悔しいけど、話が少し気になる。



「その動画を見るとね、そのチャンネルの主『ヨウコさん』が動画を見た人の家まで来るんだって」

「えぇ、やだー」


「ヨウコさんは美人らしくてね。そのチャンネルで24時間ライブ放送してるのもあって、プライベートも垂れ流し」

「ヨウコさんと目が合わなければ、美人のプライベートを見放題ってこと?」


 うんうんって頷いている。


「制限にかからないくらいの際どいのも見れるって噂があるの。実際に見た人もいるけど、超良いって言ってた。けど、怖いのはココヨウコさんと目が合っちゃうこと。ヨウコさんと目が合うとね、ヨウコさんが家まで来るんだって」


「そのあとはどうなるの?」

「私にはわからないよー」




 ガラガラ。

 塾講師が教室に入ってきた。


「じゃあ授業始めるぞー」



 蜘蛛の子を散らすように、集団は自席へと戻っていった。


 友達っていうわけじゃないけど、塾に入った当初にグループLINEは登録していた。


 授業開始したっていうのに、グループLINEにURLが送られてきていた。



 ◇



 今日の夏期講習が終わって、それぞれ家に帰る。

 まだあいつらは話してた。


 早く帰って勉強でもすればいいのに。

 あいつらの方を振り返らずに、私はすぐに家に向かった。



 家に帰って、夏期講習の内容を振り返り復習をする。

 勉強の効率を上げるためにいつものBGMを流そう。


 動画サイトを開いた時に、ふとあいつらのことが頭をよぎった。



 ヨウコさんチャンネル……。



 気にならないといったら嘘になる。


 綺麗なお姉さんか……。

 そんなので私を釣ろうっていうのかな。

 私が、女の子好きって趣味もきっとバレてる。

 あの時の、あいつの顔。


 絶対に私を意識して話していた。

 あいつの顔を思い出すと、なんだか負けた気がして嫌だった。


 そうはいっても、勉強が優先。

 塾の宿題を終わらせちゃおう。



 ◇



 一通り勉強の復習をしてみたものの。

 全然頭に入ってこなかった。


 ずっとあいつの顔が頭から離れない。

 気になること言ってくれて。


 あいつの事なんて別に信じてない。

 調子良いこと言って、グループの中でちやほやされたいだけでしょ。

 気になるなら、あいつの言ってた動画、見てみたらいいのよね。


 それで、くだらないって思って勉強に戻ろう。



 ヨウコさんチャンネル。

 ライブチャンネルがあったのでそれをクリックすると、そこには確かに綺麗なお姉さんと思われる人の後ろ姿が映っていた。


 これがヨウコさんなのかな?

 キャミソールと、ショートパンツというラフな格好。

 20代女性なのかな?わりと若め。


 確かに、何かそそるものがある。

 夜食なのか、なにかを食べながらテレビを見ている。


 カメラの方を見ないで、後ろを向いて。

 髪は長めで。


 綺麗な人なのかな?

 ちょっとだけ顔が見たいな。


 見えないと想像だけが掻き立てられて。

 結局勉強に集中できない。


 そもそも、あいつが言ってた『目が合う』なんていっても、動画なんだから直接こちら側が見えるわけないじゃん。


 接続数も、結構いるし。

 人気なんだね、ヨウコさん。


 ヨウコさんは、テレビが丁度終わったみたいでテレビを消した。



 お、こっちを向くかな。

 そんな素振りをしたので、私は画面に食いついた。


 ヨウコさんは振り向いたと思ったが、後ろ向きのまま?

 いや、体はこちらを向いてるように見える。



 何かがおかしい。

 体の構造がおかしいのか、前を向いているのに後ろ向きのようだ。



 わかった。

 髪の毛だ。


 前髪の毛が長くて、後ろ髪と同じ長さになっている。


 ちょっとびっくりしたけど、こういうドッキリ系のYouTuberなのかな?


 あいつは、この動画で怖がらせようとしてたのか。

 タネが分かればどうってことはない。

 やっぱり、くだらない動画。



 けど、せっかくなら、ヨウコさんの顔見たいなーって思っていると、ヨウコさんはカメラに寄ってきた。


 おおー、近い近い。

 けど、意外と顔って見えないものだね。


 ちょっとだけ見るつもりだったけど、中々見えないヨウコさんの顔。

 私は、一瞬も見逃せないと思って凝視してる。



 すると、ヨウコさんの首がカクンと右側に傾いたと思うと、さらさらっと髪の毛が流れて隠されていた右目と口元が見えた。


 充血した目。


 さっきまで何を食べていたのか、べったりと赤い液体が口の周りについていた。



「次、見つけた」



 いやっ……。

 思わずスマホを弾いて飛ばしてしまった。



 ……びっくりした。

 まるで私に言っているかと思っちゃった。

 そんなわけ、ないよね。


 こういう風にビックリさせる動画を配信するYouTuberさんだよ。



 ふう。

 ちょっと怖かったけど、何のことかわかったから続きの勉強しよう。

 はぁ、くだらなかった。


 あいつには、勉強負けてられないからね。

 これもあいつの作戦なのかもしれないと思うと、俄然やる気が出てきた。


 飛ばしたスマホから音が聞こえてきた。



「タチバナ、ミチコちゃん。イマカラ、いくよ」



 え、私の名前?


 ……やだ。

 まだヨウコさんチャンネルがついてた。


 動画画面を見てみると、ヨウコさんは映されていなくて暗い街中の様子だった。

 ヨウコさんがカメラを歩く先に向けて、撮っているのだろう。



 コメント欄も増えていた。



 ――今日のターゲット決まったの?

 ――待ってました! ‌今日の犠牲者!

 ――タチバナミチコさんご愁傷様です。



 ……なにこれ。

 やっぱり私の名前を呼んでたよね。


 まさか、ヨウコさんが来るの?


 そんなことがあるはずないと思いながらも、不安で胸がいっぱいになって、動画のコメントで聞いてみた。



 ――これ、選ばれた人はどうなるんですか?


 ――さっきのヨウコさん見てたでしょ?

 ――明日の夜ごはんになっちゃうんだよ?



 ヨウコさんの口元に見えた赤い液体……。

 まさかね……。



 動画を見ると、見覚えのある景色を映していた。



 まさかとは思うんだよ。

 けど、不安の方が勝ってしまう。

 コメントで聞いてみた。



 ――ヨウコさん、今どこにいるの?


 私のコメントに対して、ヨウコさんは直接喋って答えてくれた。


「コメントありがとう、タチバナさん。私、ヨウコです」


 得体の知れない声。

 YouTuberらしからぬ、小さなかすれた声をしている。



「今ね、あなたの通ってる塾の前にいるよ」


 暗くてはっきりとわからなかったが、塾を出たあたりの交差点だ。


 これ、本当に私のところまで来るっていうのかな。


 ……どうしよう。

 これって、私殺されちゃうの?


 けど、ちょっと冷静になって考えよう。

 これ、あいつ達が言ってた動画だし。

 今見える場所は、塾だし。


 これって、手の込んだイタズラを仕掛けているんじゃない?


 私の家までは、あの子達知らないからね。

 私の勉強の邪魔をしようっていうのね。


 塾で、あいつはそういう目をしてた。

 きっとそうだ。


 答えが分かれば、笑っちゃう。

 動画の撮り方も雑だし。


 せっかくだから、いつもの仕返しでからかってみようかな。


 ――ヨウコさんは、今どこにいますか?


 またコメントを書いてみた。



「今ね、コンビニのところまでついたよ。ほら」



 見覚えのあるコンビニ。

 私の家の近くのコンビニだ。


 あれ、あいつがコンビニの前でたむろしてるのが見える。

 その友達もいる。

 みんなよく使うコンビニだったのか。



 ってなると、これを撮っている人は誰……?



「もうすぐ着くよ」


 堪らずコメントで聞いてしまう。



 ――ヨウコさん、どこへ向かっているの?


「今ね、あなたの家の前まで来たよ」



 私が住んでいるマンションが映し出される。


 けど、このマンションはオートロックだし入ってこれないはず。


「今登るね」


 登る?


 ヨウコさんは壁に向かっていく。

 ベランダの方から、雨樋を登ってくるらしい。


 ここは、9階だよ……。


 さすがに登って来れないと思っているけど……。

 画面は黒く消えてしまった。


 ガタガタっと、登っているような音がする。


 どうなっているのこれ。

 怖くて、私はスマホの画面を切った。


 動画アプリも閉じたはずだけど、ヨウコさんの声だけは聞こえてきた。


「私、ヨウコです。もうすぐ家に着くよ」


 何で私の家が分かるのよ。

 なんで来るのよ。


 ベランダから来るってこと?

 私の部屋からは、すぐベランダが見える。


 こんな部屋にいちゃだめだ。

 一刻も早く逃げないと。


 部屋着のまま、玄関へと向かってサンダルを履いた。

 スマホは一応持って。


 音声だけは聞こえてくる。


「タチバナさん、どこへ行くの? ‌私、ヨウコです」


 なんで私が見えるのよ。

 どうなってるの。



「今、あなたの後ろにいるよ」



 消えた画面から、ヨウコさんはそう言っている。

 怖くて、後ろを振り返る気にならなかった。


 怖くて堪らなくて。

 最後の希望で、まだいたずらの可能性はあると思って、スマホの画面を見た。



 ヨウコさんチャンネル。



 画面は真っ暗だった。

 声も聞こえなくなった。



 ゆっくり振り返ってみる。


 そこには何もない。

 いつもの家の風景が広がっていた。



 ……何だったんだろう。

 音声もそこで途切れて、聞こえてこなくなっていた。



 良かったのか……。

 何もない。


 さっきまでのは何だったんだろう。

 やっぱり手の込んだイタズラだったのかな……。



 急いで履いたサンダルを脱ごうと、前を向くと家のドアが開いていた。

 そこに彼女は立っていた。



「私、ヨウコです」

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YouTuberのヨウコさん 米太郎 @tahoshi

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