第12話 人化の魔法

 出立前日の朝。この村の為に何かを残したいと思った俺は、未だ簡易的な仕切りで囲われただけの露天風呂を改良していた。


 嬉しい事に、今では村人のほぼ全員が1日の終わりに露天風呂へ入りに来る。しかし2人用の風呂釜では時間もかかるし、一々お湯を入れ直さなくてはいけない。


 その為まずは広い風呂釜を改めて作る事にした。以前は作るだけで精一杯だったが、今回はかなり余裕がある。日がな一日魔法を使い続けた成果が出ているのかもしれない。


 銭湯の大浴場をイメージしたサイズで浴槽を二つ作った後は、男性用女性用の仕切りを付けて外装に取り掛かる。


 流石に魔力が枯渇するかな?と思っていたが此方も全然大丈夫だった。


 勢いのままに作り上げ、ちょっとした入浴施設が完成する。本当は暖簾等の装飾もつけてそれっぽくしたかったけど、此方は何度試しても魔法で作る事が出来なかった。


 今出来なくてもいずれ出来る様になるかもしれない。俺1人で考えてても分からないだろうし、これから色々な魔法に触れていけば何かを掴める可能性もあるしな。


 そんなこんなで最後は排水管を村の外まで伸ばして露天風呂は完成した。


「見事なものよね」


「エスメ、見てたのか」


「少し前からよ。新しいオフロ?」


「ああ。折角だから入ってみる?排水の感じとか見てみたいし」


「あら!それはいいわね。あの2人も呼んでくるわ!」


 ぽてぽてと2足歩行で走って行くエスメ。出会った当初は4足歩行だったのだが、俺達と過ごすウチに今のスタイルに変わっていった。彼女なりに思うところがあったのかもしれない。


 少し待つと3人が小走りでやってくる。ルシアとセラフィは俺の送迎会に向けて料理の下拵えなんかをしてくれているっぽい。近付いた2人から香辛料の香りが漂って来たので何となく察してしまった。


 二人は完成した浴場を見て驚いた顔を見せた。


「ツグミさん、まさかこれを半日で?」


「うん。2人に教わったトレーニングの成果かな?作る速さもだけど、魔力にも思ってた以上に余裕があったよ」


「いや…、それにしてもこれは異常だぞ」


「え?」


「物体を作り出す創造魔法を得意とする方の話を聞いた事がありますが、この魔法はあまりにも魔力効率が悪いのでこのサイズを一から作るのは現実的では無いはず…」


「ああ。日頃魔法を使う私達でも、小石サイズの物を一つでも作れば魔力が半分以下になってしまう。以前の物を見て適性自体はあるのだろうと思っていたが…」


 どうやら俺の魔力は思っていた以上に増えているみたいだ。嬉しい誤算だった。


「ツグミの事も気になるけど、とりあえず入らない?」


「そうだな。折角作ってくれたんだ、早速入らせて貰おう」


「入り口が二つあるという事は…男性と女性で別れてるんですよね?」


「うん。仕切りはあるけど屋根は無いから声は届くかも」


「なら4人でお話しながらまったり入れますね!」


「のぼせない様にしてくれよ」


 脱衣所へ向かう2人にエスメ用のお風呂セットを渡す。以前の風呂釜もそうだが、赤ちゃんサイズのエスメには深すぎる為持ち運び出来るミニ風呂釜を作ってある。底を高くしてあるそれを浴槽に沈めれば、エスメでも皆とお風呂を楽しめるという具合だ。


 脱衣所へ入った俺は体を流して早速湯船に浸かる。以前に比べれば開放感も段違いだ。


 屋根を付けるかどうかは最後まで悩んだのだが、付けなくて正解だったように思えた。少なくともこの村で覗きを企む人は居ないだろうし、壁を高くしたのでやろうとしても出来ないとは思うが。


「ツグミさーん」


「ん?なんだー?」


「エスメちゃんそっちに居ませんか?」


「エスメ?」


 エスメは確かに女風呂に入っていった筈だが…、一応周囲を見渡してみるがやはり姿は見えない。


「居ないぞー?」


 見当たらない事をルシアに伝えた矢先、背後からヒタヒタと足音が聞こえて来た。


「誰…ングッ⁉︎」


「静かにして頂戴な」


振り向こうとした瞬間、口元を塞がれ誰かが耳元で囁く。いや、この聞きなれた声は…


(エスメ…⁈なんか色々デカい気がするけど...)


「ちょっとツグミと話したくてこっちに来たの。今を逃したら2人きりになれなさそうだったから」


 首を縦に振って理解した事を伝えると、口を塞いでいた手がゆっくりと離された。


「話すのはいいんだけど…何で大きくなってるんだ」


「人化の魔法よ」


 エスメは湯船に入り正面に腰を降ろす。色々なものがモロに見えてしまって思わずドキドキしてしまう。しかし、どれだけ艶めかしくても元は二頭身の猫?なのだ。


「ちょ、隠してくれよ。全部見えてるって」


「あら?ドキドキしてるのかしら?」


 尻尾をゆらゆらと揺らして得意気になるエスメ。


「そりゃ今は人間みたいなもんだし…仕方ないだろ」


「うふふ。頑張ってこの魔法を練習した甲斐があったわね」


「わざわざ練習したのか…、それで話って?」


「二つあるんだけど…、まずはツグミの旅に私も連れて行って欲しいって話」


「旅に?それは全然良いけど、行き先なんて決めてないからかなり遠くへ行くかもしれないぞ?」


 村から見えるあの街だけでなく、更にその奥へ行く可能性だって大いにある。というより留まる理由が無ければ行くつもりだ。そうなると俺だけでなくエスメもこの山へ二度と戻れないかもしれない。


「別にいいわよ。元よりそのつもりで独り立ちしたんだし」


「そっか。ならいいんだけど、もう一つの話は?」


「こっちの方が本題なんだけど…、ツグミ。私と定期的に子作りして頂戴」


 この猫は何を言い出すのか。思わず咳き込んでしまった。


「いや待って待って。そもそも人族とニャプリス族の間で子供って作れるの?」


「私達ニャプリス族もそうだけど、数の多くない種族は大体の場合人化して人族と子を成す事が出来るわ。人族は一番数が多いしいつでも子作り出来るからかしらね?」


 異世界流の生存戦略というやつなのだろうか。


「私が里を出たのはパートナーを探す為でもあるの。里に居る男は皆趣味じゃなかったしね。そしてここであなたを観察してきて確信したわ。あなたは魔法使いとして大きく成長するって。だからあなたにお願いするの」


「その見立ては嬉しいんだけど、判断基準そこなの?」


「勿論顔や性格も見るわよ?でもやっぱり魔法使いとして優秀かどうかよね。生まれてくる子供にも強く逞しく育って欲しいじゃない?」


 なるほど。地球、それも日本とこの世界の異性に対する価値観が随分違うという事は理解できた。


「いきなり言われても気持ちが追い付かない。ちょっと保留にさせてくれ」


「嫌なの?」


「いや…嫌では無い、んだけど...」


 嫌ではないというか、特段断る理由も浮かばないから困っているのだ。今のエスメは猫耳と尻尾が付いているだけでそれ以外は文句のつけようもない美女だ。そんな美女からいきなり子作りという生々しい行為に誘われて、はい分かりましたと飛び込む勇気は無い。つい最近までは色恋沙汰にすら無縁の人間だったのに...。


「煮え切らないわね。まあ嫌じゃないならいいわ。あんまり待たせる様ならこっちからいくから」


 どうやら悩む時間はあまりもらえない様だ。恋の駆け引きもへったくれもない異世界流のプロポーズ?に頭を抱える俺だった。

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世界渡航 ~現実と異世界を自由に行き来出来るようになりました~ 酒丸 @sakamaru

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