第64話 VSアラクネ③

「——え、この盾……柚佳のじゃん!?」



 百女鬼家のリビングにて。


 深江駅地下ダンジョン七〇階層攻略戦の生配信ライブを視聴していたウララが、叫びながら隣の柚佳を見た。


 柚佳は、秘め事がバレた乙女のように笑った。若干、イラッとしたウララは柚佳の肩を揺さぶる。



「どういうこと!? いつ渡したの?!」


「ゆ、柚佳はついていけないから……お守り代わりに渡したんだ……っ」



 湊が家を出る直前の話。

 

 熱を出して動けないウララに代わり、外まで見送った柚佳は彼に抱きつきながら言った。



『こ、これをゆ、柚佳だと思って持って行ってください。つ、つか、使わないに越したことはありませんけど……』


『いや、でも……』


『そ、そばにいたいんです』


『——んむぉっ!?』



 有無を言わせぬ柚佳の口撃ベロチューに、渋々受け取らざるを得なかった湊。


 それが功を奏して現在、キズナ・カンパニーの危機を救っていた。


 無論、ことの経緯を正直に話すことはできないので、柚佳は口をつぐむ。



「でも、どうしよう……形勢が一気に変わって、これじゃ時間の問題だよ……!」



 今にも飛び出しかねない様子のウララ。反対に、柚佳は落ち着き払った様子で画面を見つめる。


 

「大丈夫——」



 祈るように、彼女は呟いた。



「湊さんなら、勝てるよ」






「——世奈さん、しっかりしてください」



 止まらぬ切断の嵐。すさぶ糸の波状。


 世奈の肌をねぶるように過ぎ去っていく突風に、苦悶が混じる。



「く、ぅ……」



 けれど、HPゲージは減らない。先ほどから一ミリたりとも変化がない。


 なぜなら、湊が構えた紅の大盾を中心として展開された結界が、アラクネから放たれるすべての攻撃を防いでいたから。



「ここから反撃しますよ」


「反撃って……で、でもどうやって——」


「この結界は一分しか持ちません。再起動は五分後……だから、その間に体勢を立て直して、一箇所に固まってください」


「わ、わかったわ……でも、そのあとは? 悔しいけれど、アラクネの攻撃を防ぐことは……」



 きょう、この日のために鍛え上げてきたチームがいとも容易く崩された。


 途中までうまくいっていたが故に、この落差による精神ダメージは大きかった。


 揺るがされている。


 これまで積み上げてきた自信が。


 この一瞬で、奪われてしまっていた。



「おい」


「へ?」



 へたり込み、自信を喪失し、俯いていた世奈の顔が意思とは裏腹に上を向く。


 すぐ目の前に、湊の顔があった。


 心臓が跳ねる。



「あ、な、なに——」


 

 片手で盾を、もう片手で世奈の胸ぐらを掴み上げた湊は、驚いて口をパクパクさせている世奈に吐き捨てた。



「まだ負けてないのに、なに終わった気でいるんだよ」


「……っ」


「泥臭く足掻けよ、ランキング5位。おまえのつるぎは飾りか」


「———」



 その言葉に、世奈の沈んでいた表情が変わる。


 そして瞼の裏でフラッシュバックする、彼の面影。

 


「……赤城くんなら……どうしていたかしら」


「知らねえよ。付き合ってないのに元彼ムーブかますんじゃねえ」


「……ちょっと待って。湊くん。いきなりキャラ変わってない?」


「この状況でウジウジしたヤツを労わる余裕はねえっすよ」


「え、ええ……そうねごめんなさい。あたしが悪かったわ……」



 引き攣った笑みに、こめかみにうっすらと血管が走った世奈。

 いつもの調子を取り戻しつつある彼女の服を離すと、湊は笑った。



「それに、まだ壁役タンクが負けたわけじゃないでしょ」


「え?」


「なあ、椿」



 その呼びかけに、飄々とした声が応えた。



「あたりめえだろ、相棒。おれは——おれたちはまだ終わってねえ」



 頭から血を流しながら椿が合流した。その後ろには、ところどころ怪我を負ってはいるがピンピンしている壁役タンクたちが集まっている。



「ちょっと油断したけど、もう慣れたぜ。次からは防ぎ切ってやる。要注意は、あの蜘蛛の巣だな」



 湊の展開する結界に蜘蛛の巣が張り付く。壁役タンクの天敵とも呼べる攻撃は、この結界ならば防ぎ切ることができた。



「作戦はある。と言っても、作戦と呼べるようなものじゃないが——」



 そう言って、湊は椿に顔を向けた。



「手短に話す時間もない。あと十秒だから」


「そんな前振りいいから早く教えろよ!?」



 ——そして結界が薄れていき、紅の大盾が冷却時間クールタイムに突入する。まとっていた紅が色褪せる。その好奇を、アラクネは見逃さない。



『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎———ッ!!』


「マズい——」



 最前線でアラクネの猛攻を凌いでいた紲が、後方を振り返る。


 その一瞬に——紲へといていた攻撃をすべて収束させ、後方に固まる探索士プレイヤーへ放った。


 それはく純白の咆吼となって轟き——



「行くぞ——反撃開始だ」

 

 

 超高収束された切断の渦は、紅の障壁によって再び阻まれる。



「このラスト一分で——」


「——終わらせろよ、相棒……ッ」



 衝突の刹那、結界から抜け出した湊がアラクネへと疾走する。

 

 結界内では、大盾の所有権を渡された椿が、結界を展開していた。



「そんな裏技があるなんて、知らなかった」



 含み笑う紲の武装が変化する。


 背後で円環状にまわっていた十二本の剣の切先が、アラクネに向けられた。



「柚佳がこっそり教えてくれたんだ。ただ、一回きりの奥の手だ」



 武器の所有者が変わると、スキルの冷却時間がリセットされる。


 知る人ぞ知る裏ワザで、しかしそう何度も使えるような都合のいいものではない。


 湊は椿に大盾を託し、再度結界を展開——消失まで一分。


 その一分に、アラクネのHPゲージを削り切る。


 作戦とはあまりにも言えない作戦だが、仮に間に合わなくとも体制を立て直せれば冷却が終わるまでの五分は耐えられる。


 とはいえ、この二人はそこまで待つつもりはなかった。



「そっか。助けられたね。今度お礼しなくちゃ」


「ああ、だから」


「うん、だから——」



 この刹那に、殺し斬る。

 


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義妹配信 〜強くなる為ならダンジョン配信で女の子たちとイチャラブ(レベリング)するのはありですか?〜 肩メロン社長 @shionsion1226

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