第63話 VSアラクネ②

『■■■ッッ!!』



 言葉にならぬ怒りに満ちた咆哮と共に、アラクネの四本の鋭脚えいきゃくが槍のように激走した。



「——受け止めるぞオラァァッ!!」



 大盾を握りしめた椿つばきと複数人の壁役タンクがアラクネの突進チャージを真っ向から受け止めた。


 十メートルほど地面を引きずりながらも、アラクネの動きを止めることに成功し、



「シッ——」


「ッ——!」



 そこへ俺と師匠、世奈さん率いるメインアタッカーが雪崩れ込む。



「やっぱりダメージが通りにくくなってるな!」



 長髪を振り乱して暴れ狂う女性体に拳を打ち込むも、HPゲージの減りは弱々しい。



「意地でも炎属性の武器を手に入れておくべきだったか……」


「仕方ない。わたしたちは陽動。HPを削るのは世奈たちに任せよう」


「それもそうだ、なッ」



 俺と違い着実にダメージを蓄積させているメインアタッカーたち。耐久値を底上げしたあみあみネットが、炎に焼かれてちぎれていく。露出が増える。苦痛に悶える女性体の声が、なんだかいやらしく聞こえてきた。


 下半身にさえ目を瞑れば全然イケる——なんて思っていると、



「お兄さん。ここからが本番だよ」


「うらぁぁぁッ!!」



 世奈さんの炎剣がアラクネのHPゲージを削り切り、とうとう四本目に突入した。それを確認した瞬間、アタッカーはみな後方に下がりディフェンス陣とスイッチ。


 

「ここから難易度が跳ね上がる。——お願いだから、死なないでね」



 前回の攻略時に、敗走を余儀なくされた最大要因。


 アラクネが何かを手繰る仕草をみせ、瞬間——



「ッ」



 腰から『人斬り・戒』をほぼ反射的に抜き放った俺は、凄まじい斬響を伝わせながら後ろに跳ね返された。



「ハハ……なるほど」



 一センチほど削られた己のHPゲージを横目で捉えつつ、俺は頬を伝う血を拭った。



「こりゃ、ふざけてはいられないな」


『■■■ッ!!』



 迎え撃った俺とは違い、糸を避けて肉薄した師匠はアラクネへ剣を突き立てる。しかし、



「わかっていても、厄介……っ」



 地面を削り、壁を穿ち、アラクネを中心としたダンジョンの半円、前方を蹂躙する糸の爪牙そうが


 手数が数倍にも増えたアラクネの猛攻に阻まれ、師匠の攻撃どころかディフェンス陣が防ぎきれず崩壊していく。



「ひッ、ああああ死ぬしぬしぬッ!!」


「むりむり、絶対死ぬってこれええええッ!!」



 師匠ごと後方へ振るわれる糸の波状攻撃。さらに弾丸のごとく穿ち轟く三つの糸が俺を襲い、カバーに入れない。


 一瞬でも気を抜けば、俺の耐久値ごとHPゲージを持っていかれる。

 

 先ほどとは格段に跳ね上がった難易度に、呼吸を整える暇さえ与えられない。



「フッ——」



 なら、整えなくていい。



『◼︎◼︎◼︎ッ!!』


「お兄さん——」



 ああ、わかってる。


 アラクネは師匠に任せた。


 俺は、俺にしかできないことをやる。



「——フゥ」



 呼吸は最小限に。


 無駄な動きは省け。


 

「———」



 意識を全体に向けろ。

 

 眼ではなく、頭で視ろ。


 全ての領域を、掌握しろ——俺がいる限り、死人なんて出させない。






「落ち着きなさい! これくらい想定済みでしょう!?」



 HPゲージが危険域に突入し、陣形が崩れパニックに陥るディフェンス陣。世奈が檄を飛ばし、なんとか体勢を整えさせようとするも、追撃をかけるようにアラクネの口内から蜘蛛の巣状の糸が吐き出された。



「!?」


「うひぁッ!? な、んだよこれえええ!!」


「動けねえ……っ! それどころか痛えよ硫酸みてえだこれえええ!」



 それは、複数人の壁役タンクをまとめて壁に押し付け行動不能に落とす。加えて、糸に毒が含まされているのか、徐々に徐々に捕らえた壁役のHPを削り始めていた。



「来たきた、また来たぞ!?」



 さらに吐き出される糸が、盾を構えた壁役ごと捕らえ、体の自由を奪う。そしてその合間を駆け抜ける切断の糸。ディフェンス陣の中央から後方にかけて、砂塵と共に舞う四肢。絶叫。



「マズい……! これじゃ防御の意味がなくなる……ッ」


「ど、どするんですか世奈さんッ!! このままじゃわたしたち——」


「ま、待っていま、考えてるから……ッ!!」


「そんな余裕——」


「ぁ———」



 世奈を庇っていた壁役タンクの足が吹き飛ぶ。


 急速に減っていくHPゲージ。


 崩れる重心。


 体が地面に落ちるよりも速く、横殴りの風刃が壁役の体を裂く——



「——遅くなりました」



 瞬間、斬響と共に糸が弾かれた。吹き抜ける突風。思わず覆った腕の隙間から世奈が視たのは、身の丈ほどの姿



「あか、ぎ……くん……?」



 世奈は、夢想する——



「手伝ってください、世奈さん。俺一人じゃ、全員は守れない」



 その背中に、かつてのトップランカーを見据えながら——。

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