第26話 祠のありか

次の日。予定通り昼過ぎにアルバートの屋敷に到着した。とても立派な屋敷が、森の開けた場所に突然建っている。

「へー、ここが目的地ってわけ。でけぇ屋敷だなぁ」

「なんだか、薄暗い場所ね」

 ララの言う通り、開けた場所に建っている割に周囲は薄暗い。門越しにそっと中を覗くと、庭に誰か立っていた。

「すみませーん」

 手を振ると、庭にいた人物がこちらに気づき近づいてくる。簡素なメイド服を着た女性だ。表情は硬いが、丁寧な所作だ。

「どちら様でしょう?」

「アルバートって吸血鬼に用があって来た。ソフィアから手紙が届いてないか?」

「確認してまいります、少々お待ちを」

 しばらく待っていると、屋敷に戻った女性が戻ってきた。門が開かれる。

「確認が取れましたので、どうぞこちらに。ようこそお越しくださいました」

 そのまま屋敷の中まで案内される。中は外見より明るく、綺麗だ。置かれた調度品はどれも古いものだが、埃が積もっている様子はない。長い廊下を歩き、最後の扉の前で女性は止まった。

「アルバート様、お客様をお連れしました」

「入っていいぞ」

 扉が開かれ、中に入る。少し広い部屋に、壁一面本が詰められている。書斎のようだ。

 部屋の奥には、机と椅子。手前に客用のソファが置いてある。先程の声の人物が、奥の椅子に座っていた。白い髪に、赤い目をした男。彼がアルバートのようだ。

「まぁ、座れ。そうだ、確か茶菓子が残っていただろう。出してやれ」

「はい。では、用意してまいります」

 案内してくれた女性は、一礼すると部屋を後にした。長いソファに俺、ララ、ルークの順で座る。アルバートは向かいのソファに移動した。

「さて。まずは、そうだな。名を確認しておくとするか。ソフィアから一通り聞いておるが、念のためな。お主がロードで合っておるか?」

「はい。間違いありません」

「ああ、そう堅苦しくする必要はない。気楽にいけ、気楽に」

 ソフィアと同じことを言われた。長命種は堅苦しいのが苦手なのだろうか?

「じゃ、遠慮なく。オレはルーク。で、こっちがララ。ララをアンタの元に、無事送り届けるためにやってきた」

「なるほど、手紙の通りだな。ララ、よく来たな。道中、長かっただろう」

「えっと、お兄ちゃん達がいたから、楽しかったよ?」

「それは上々。ソフィアが認めただけのことはある」

 女性が戻って来て、紅茶を出してくれた。一緒に出されたクッキーも、とても美味しそうだ。ララが早速齧っている。

「ララよ、これからお主はここで暮らすことになる。不自由をさせるつもりはない。が、ここにいる者達は人の街で暮らしたことのない者ばかりでなぁ。慣れぬことも多いだろう。困ったことがあれば、いつでも言うと良い」

 アルバートの声はとても優しく、穏やかだ。これなら、ララもきっと大丈夫だろう。

「早速だが、ララに屋敷を案内してやってくれ。お主が適任だろう」

「かしこまりました。ララ、こちらへ」

「お兄ちゃん、行ってくるね!」

「ああ、いってらっしゃい」

 ララに手を振って見送る。心なしか、女性の無表情が緩んでいた気がした。小さい子といると、自然とそうなってしまうのは人も吸血鬼も変わらないらしい。

「で。お主ら、ララの件とは別に、俺に用があって来たのであろう?」

「それも、ソフィアの手紙に?」

「いや、ララのことしか書いておらぬよ。だが勇者は、何故か代々俺のところにやってくるゆえ、お主もそうであろうと思ってな」

 アルバートにとって、勇者と話をするのはこれが初めてではないという。

「俺には、魔王が誕生するよりも以前の記憶がある。それゆえに、魔王も勇者も話を聞きにやってくるのだ。勇者はともかく、魔王に関してはそろそろ俺に聞くのをやめてほしいところではあるが」

 呆れた様子で、アルバートは肩をすくめる。彼は彼で、思うところがあるようだ。

「で、何が聞きたい?」

 アルバートの問いに、前々から聞きたかったことを話す。

「魔王は、どうして蘇るんだ?」

 魔王は、勇者に倒される。魔物だって、いつかは亡くなる命だろう。それなのに、どうして倒したはずの魔王が復活するのか。勇者譚は複数読んできたが、その理由については何も書かれていなかった。ただ漠然と、ある日突然蘇るとだけ。

「ふむ。魔王の居場所を聞かないあたり、分かっておるな。いいだろう」

 アルバートは地図を出してきた。世界地図をより正確に書いたものだ。

「お前たちがやってきたアルテラがここで、ロイセンブルクがここ。おそらく、だが。ソフィアは武器の話をしなかったか?」

「え、何でわかるんだ?」

「ソフィアが紹介した場所は、元々はあやつの故郷の近くでな。海の綺麗なところだと、誇らしげに話していたから、まぁ大体教えるならそこだろう。それはここだ。今いるところから、もっと西の海沿いだな。で、その奥にクサナギの国。製鉄が盛んな場所だ。そこから南西に向かった場所に、魔王が封じられていた祠がある」

「!」

「正確には、ずっと昔のな。魔王は、ここ最近は安定しているが、かつては百年ごとに蘇っていてなぁ。復活の予兆があれば、すぐに知らせられるよう、墓守を務めた一族がいる。そやつらは、まだこの麓に住んでおる。俺が話してやれるのは、ここまでだな」

 地図で見る限り、ここからはかなり遠い。先にソフィアの教えてくれた場所に行くのが無難だろう。

「ありがとう、助かった」

「ついでだ、地図はこのまま持っていくがいい。アステラと違って、道中の魔物は強い。用心して進め」

 地図を巻いて、カバンにしまう。具体的にどう進むかは、後でルークと相談しよう。

「他に聞きたいことはあるか?」

「じゃ、オレから。個人的に気になっていたことだ。アンタは、勇者にも魔王にも平等に話をすると聞いた。それはなんでだ?アンタにとっても、魔王が世界を滅ぼすと都合が悪いだろう?」

 ルークの質問は、俺も思っていたことだ。魔王が世界を滅ぼすとしたら。アルバートだって人ごとではないはずだ。なのに、何故彼は魔王にも平等に接するのだろう?

「ああ、それは簡単なことよ。俺は、世界の命運に興味がない・・・・・・・・・・。故に、どちらにも手を貸す」

「興味がない?」

「左様。この世界が滅びる?そういうこともあるだろう。だが、それはなるべくしてなったものだ。俺が手を貸そうが貸すまいが、それは変えられない。そういう運命さだめを俺は与えられていないからな。世界の命運は、俺ではなく勇者と魔王に賭けられた理だ。俺に解決できることではない」

 それに、とアルバートは続ける。

「そのどちらかだけに肩入れする、というのは。今ある世界のバランスを、崩すきっかけになりかねん。長く生きるものには、その責任がある」

「世界に対して、平等でありたいってことか?」

「まぁ、そういうことだな。おそらく、人より長く生きる者達は同じ考えを持っていると思うぞ。ソフィアも、似たようなことを言っていなかったか?」

 ブーゲンビリアでのことを思い出す。ソフィアは魔王についてよく知らないから、と言っていたが。もしかすると、アルバートと同じ理由で、あえて話さなかった情報があるのかもしれない。

「勇者が魔王を倒す、というのは。勇者自身の成長があってこそ、初めて成し遂げられることだ。俺が手を貸して、その成長を止めてしまうことがあってはならないからな」

「成長?」

「今はまだ分からなくて良い。いずれ分かる時が来る。勇者が必ず通る試練だからな」

 アルバートの物言いは「今知らない方がいい」ことを指している気がした。これ以上は聞いても答えてくれなさそうだ。

「──ふむ、長く話しすぎたか。日が暮れる前に、この森を抜けるといい。本当は泊めてやれれば良いのだが、ちと問題があってなぁ」

「問題?」

「吸血鬼にとって、一番美味いものはなんだと思う?」

 突然の問いの意図は分からないが、考えてみる。ララが回復したのは、俺の血を飲んだから。俺の血に特徴があるとすれば、魔力が多いことか?

「うーん、魔力の多い生物?」

「考え方としては概ね合っておる。正確に言うと、吸血鬼にとって一番のご馳走は天使の血だ。この世界で、最も洗練された魔力を持つ生物であろう?」

 天使は、幻想種の中でも特に魔力の純度が高いと言われている。魔王が天使を喰らった理由は、おそらくここにある。

「幻想種は、実はその中で食物連鎖の輪が作られておってな。吸血鬼は天使を喰らい、天使はエルフを喰らう。エルフは人魚の肉が好物で、人魚の血は吸血鬼にとって毒となる」

 ああ、だからソフィアはララのことに協力的だったのか。敵の敵は味方、というやつだ。

「この理屈でいくと。勇者は天使の血を濃く引いているゆえに、吸血鬼にとってご馳走に見える、ということよ。ここには俺以外にも、様々な吸血鬼がいる。間違って食われでもしたら大変だろう?」

 アルバートの客人であっても、お構いなしの吸血鬼もいるってことか。ララのように幼い吸血鬼もいるのかもしれない。

「分かった、すぐに出よう。情報、ありがとう。ララを、どうかよろしく頼む」

「ああ、任された。お主らの、道中の無事を願っておる」

 俺たちは、アルバートの屋敷を後にした。

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25番目の剣 雨上鴉(鳥類) @karasu_muku14

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