透明列車

高黄森哉

透明列車


 教室は全体的に淡くパステルブルーに染まっていた。夏の空の青さが、窓を通して、流れ込んでいるのかもしれない。特に白い壁は、青が良く発色している。


「どうして、晴れてる日とかって教室が青く見えるんだろうね」


 私は教室の窓側の席に居る、私の友人に声を掛けた。


「さあね」


 友達は頬杖を付きながら、そう返した。長い艶やかな髪が、顎に沿えた手の平から、滝のように流れ落ちている。そして、彼女は赤い唇を開いた。


「ねえ、透明列車って知ってる」

「透明列車?」


 私はそのような列車についての情報を持ち合わせていなかった。機関車や電車、列車について興味はない。SL を辛うじて知っているくらいだろうか。


「急に透明の列車が現れて、その電車に乗ると、遠くに連れ去られちゃうんだってさ」

「それって怪談?」

「ううん。現実の話」

「なら、乗らなきゃいいじゃん」


 私は言った。そうだ。そんな電車には最初から乗らなきゃいいんだ。だって、乗ったっていいことないじゃないか。


「透明だから、人はその列車に、知らず知らずの内に乗ってしまう。だから、意識して乗らない、ということは出来ない」

「もし乗っちゃったらどうするの。降りられるの?」

「降りられない。もし乗っちゃったら、別の場所につくまで降りられない。そして、今までの駅に居た仲間とは、もう二度と会わない。丁度、いつか、知らない駅で次の電車を待っている間、ずっとベンチに座っていた、サラリーマン達みたいに。死ぬまで会わない」


 私は不安になった。どうしよう、今日の夜、私の下に透明な列車が現れて、そして知らず知らずの内に乗車していたら。そしたら、今、私と話している友達にも、自分の親にも、ケンジ君にも、安中先生にも、もう二度と会えないのだ。

 まるで、知らない駅で次の電車を待っている間、ずっとベンチに座っていた、サラリーマン達みたいに


「折り返せばいいよ」

「一方通行なんだよね」


 私は納得がいかなかった。一方通行の電車なんて不便じゃないか。そんな電車を使うのは、一体、どの次元の生命体なのだろう。まさか私達じゃない。


「このお話を聞いた人の下にその電車は現れるの」


 そういう怪談だと私は直感した。例えば、テケテケみたいに。このお話を聞いた者の下に現れる類の怪奇現象なのではないか。


「誰の元にも現れるよ。知らなくても、知っていても。それは明日かもしれないし、明後日かもしれない。誰もが次の駅に進むために乗らなくちゃならない」


 教室は淡く霞んで見えた。窓から見える景色は、私が入学した時と違っていた。同じような景色、違う場所。

 私は既に、時間方向に進む透明な列車に乗っていて、客車の車窓から、外の景色を眺めているのではないか。ふと、そう思った。

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透明列車 高黄森哉 @kamikawa2001

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