あの漫画のタイトルを教えてほしい

TK

あの漫画のタイトルを教えてほしい

人によって、「親友」の定義は様々だ。

同じ趣味を持っている人が親友。

長い付き合いがある人が親友。

大した用事が無くても会おうと思えるのが親友。

どの定義も、正解だと思う。

だけど、同じ趣味を持っていないのに、長い付き合いもないのに、大した用事が無いなら絶対に会えないのに、親友だと心の底から思える人が俺にはいる。

「・・・久しぶり、元気にしてた?」

「久しぶり!元気だよ!」

電話越しに聞こえる3年ぶりの声は、あの頃から少し大人びていた。


***


俺が彼女と初めて会ったのは、5年前のあるレストラン。

「俺・男友達・男友達のガールフレンド・男友達のガールフレンドの女友達」の計4人で食事をすることとなった。

男友達は俺にガールフレンドがいないことを危惧して、この場をセッティングしてくれたのだ。

最初に言っておくと、俺が彼女と呼んだのは“男友達のガールフレンドの女友達”ではない。


“男友達のガールフレンド”のことだ。


彼女は初対面の人間であったにも関わらず、すぐに打ち解けられた。

表情は常時明るく、発せられる言葉は全てがポジティブ。おしゃれで清潔感があり、愛嬌のあるルックスを携えている。

俺からすれば高嶺の花って感じだったが、不思議と緊張もしなかったし、好かれようとカッコつけることもなかった。


「ねえ、君って漫画とか読む?」


彼女は場の雰囲気を和ますために、気さくに質問してきた。


「うん、読むよ」


俺がそう呟くと、彼女は自分のバッグをあさり始める。


「実はね、私の友達が漫画家なの。で、その友達が私の名前を漫画の中に使ってくれているの!その漫画のタイトルがね・・・」


レストランを出てから俺は、“彼女”と“彼女の連れてきた女友達”の2人と連絡先を交換した。

結論から言うと、“彼女の連れてきた女友達”と良い関係は全く築けなかった。

その子と何回か食事をしたが、正直全然楽しくなかった。まあ相手も同じ気持ちだったと思う。

それでもなんとか関係性を向上させようと必死に連絡していたら、次第にシカトされるようになった。

しつこく連絡しすぎた。俺が100%悪い。

ちょっとヘコんだけど、これは最初から確定していた運命だ。

だって俺らは、何も惹かれ合っていなかったのだから。

いくらキッカケがあっても、どうにもならないことはある。

ただ、“彼女”、つまりは男友達のガールフレンドとは自然と良い関係を築けた。

電話やチャットアプリで連絡を取り合うこともあれば、実際に会って遊ぶこともあった。


ただ、勘違いしないでほしい。浮気をさせたわけではない。

連絡の内容は基本的に付き合っている男友達の話だし、2人っきりで会ったことは一度もない。

彼女と会う時は、ボーイフレンドである男友達も一緒だった。

客観的に見たら、カップルに独り身の俺が同行するなんて、めっちゃ邪魔だと思う。

だけど、間違いなく、2人は俺のことを邪魔と思っていなかった。

それくらい、穏やかな関係性を築けていたわけだ。

彼女と連絡を取っている時、彼女と話している時、俺は凄く穏やかな気持ちになれた。


端的に言えば、俺は彼女のことが本当に大好きだった。

だけど、不思議と彼女に恋愛感情を抱いたことはない。

男友達に悪いからとかじゃなく、純粋に抱かなかった。

彼女も俺に対する恋愛感情など、微塵も抱いていなかったと思う。

でも、純粋に親友として見れる異性が現れてくれたことが、素直に嬉しかった。

そして、それから2年後、つまりは今から3年前に2人は別れることとなる。

もちろん「よっしゃ、俺にもチャンスが」なんて思わない。純粋に悲しかった。

真に別れた原因など、俺にはわからない。

ただ、彼女は男友達の所作に思うところがあったようで、その件で度々俺に相談してきた。


で、鬱憤が積もりに積もり、別れの起爆剤となってしまったんだと思う。

ただ、相談の過程で彼女は、一度も男友達を下げるような発言をしなかった。

「私が心配しすぎなのかもしれないけど」といったように、男友達の尊厳を守れる素敵な子だ。

俺は相談を真摯に受け止めつつも、たまに「心配性だなぁw」と冗談交じりに返したこともあった。

突き放したような言葉を1回でも吐いたことを、今では後悔している。

もっと本気で対応していたら、2人の関係を変えられたかもしれない。


・・・いや、そんなことはないか。

男女の関係を、部外者の俺が変えようだなんておこがましい。

たぶん俺が何をしたって、最後には別れていたんだと思う。

2人が別れてから今日に至るまで、俺は彼女と一度も連絡を取っていない。

振り返ると、実際に会ったのはたったの3回。

電話やトークアプリでやりとりした回数も、そんなに多くない。数分で履歴を全て追えてしまうくらいの文量だ。

それでも俺は、彼女のことを親友として心から好きだった。

その気持ちは、今も変わらない。きっと彼女も、そう想ってくれているはずだ。


***


「アイコンを見てわかったよ。結婚して、子どもが産まれたんだね。おめでとう」


「ありがとう!そうなの。結婚して、一児の母になりました」


電話をするために彼女とのトーク画面を開いたら、2歳ほどの女の子と一緒に映る彼女の写真がアイコンに設定されていた。

それを確認した時、俺の中に湧き上がったのは素直な喜びの感情だけだ。

嫉妬のような想いは、一切湧き上がらない。

その事実が、俺らが親友であることを再認識させてくれる。


「実はさ、あることを聞きたいと思って電話したんだ」


「うん。なに?」


3年ぶりの電話でも、彼女は自然と受け答えをしてくれる。


「初めて4人で食事した時さ、「友達が漫画に自分の名前を使ってくれた」って話をしてくれたよね。なんでかは全くわからないんだけど、急にそういう話があったことを思い出して、凄く素敵な話だったなって気持ちになったんだ」


「そんなふとした話を覚えてくれていたんだね。ありがとう。」


「うん。でも、漫画のタイトルが思い出せなくてさ。あの漫画のタイトルを教えてほしいと思って電話したんだけど・・・」


「そういうことね!当時の仲良しメンバーの名字と名前を使ってくれた大切な漫画だから、ぜひ読んでほしいな。あっ、でも、少女漫画だから微妙に思われちゃうかも・・・」


「いや、それでもいいんだ。どんな漫画だとしても、必ず読むよ」


「必ず読むだなんて、やっぱ優しいね。変わらずで安心したよ。じゃあ、タイトルを言うね。あの漫画のタイトルは・・・」


***


その漫画は、俺が普段絶対手に取ることはない、ゴリゴリの少女漫画だった。

俺のこと、男として意識させてやる。

周りのことなんか気にすんなよ、俺だけ見て。

もう一秒だって離したくねえよ。

見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、かっこいいセリフで埋め尽くされている。

そして彼女が言っていたように、登場人物の女の子に彼女の本名が使われていた。

それを確認した瞬間、今まで以上に彼女を遠く感じるようになった。

今後彼女と連絡を取る機会は、一生ないかもしれない。

それでも、俺と彼女は、お互い死ぬまで信頼し合っていられる。

そんな親友がいるという事実が、俺の心を切なくも穏やかにし続けた。

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あの漫画のタイトルを教えてほしい TK @tk20220924

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