第55話:不安の火種

(ラフィが…死んだ…かぁ)



形あるものである以上、いつか壊れるのは仕方ない。



「仕方ないな」



感情のことは後回し。とりあえずは生きている可能性があるセシリアたちだ。



「ハウウィエル」



雪夜が歪んだ。



『お呼びですかな?』



仰々しい礼。でもなんだか嬉しそう。



「ハウウィエルはどこまで見てたの?」


『御三方のことですか?』


「うん」



ハウウィエルの気配、幾つか感じるしなんか知ってそう。



『そのことに関しては、また後日でよろしいでしょうか?』


(やっぱりなんか知ってるみたい)



なんというか、ホッとした。



しんしんと降る雪。静かな夜景。


さっきはまともに入ってこなかった情報が、今は淡々と見えてくる。


視界の隅っこには、動くオレンジ色が。



(ヴァレン?こんな夜中に散歩?)



ただの散歩ならいいけど、どうにも怪しい。付けてみよう。





結構歩いた。いつの間にか街が下にある。



(ここどこ…?)



階段を登っては道を曲がり、また登っては曲がりを繰り返して、ようやくヴァレンが止まった。


ベンチに座って、顔を覆ったヴァレン。何か言ってるのが聞こえる。


肩は小刻みに震えてて、手には雫が伝っていた。



「ヴァレン」



顔を上げたヴァレンと目が合った。


真っ赤に染まってるし、涙がぼろぼろ溢れている。



(やべ、なんて言おう…)



反射的に声を掛けたけど、何も考えてなかった。



「ごめんね、ユウトくん」


「え?何が?」



なんか謝られた。



「ユウトくんの方が辛いよね…」


「うん?いや、感情は後回しかな」



まずは生きてる二人と合流しないとね。



「…っ!いつも通り…なんだね」


「まあ、へこんでる場合じゃないし」



話を聞いた感じ、ヨトゥンはエアブズたちの仲間だ。今ごろ特訓かなんかで扱かれてるはず。


どれくらい強くなったのかはわからないけど、元々俺より強い二人だ。その刃はきっと魔王届く。


ただ消耗した状態じゃ意味がない。何せ魔王が今どういう状態かわからないし。



(だからこそーー)



道を切り拓く役割がいる。



「ねぇヴァレン、今後のことなんーー」


「だから!なんで平然としているんだよ!!」


「っ!?」



静寂に響いた。


目の前に浮かぶ激怒の面が、激情の波を揺らし続ける。



「ラフィさんが!死んだんだよ!?それにティオナさんもセシリアさんもいない!!その上キュルケーさんも行動不能!!」



矢継ぎ早に飛ぶ怒声。寝静まった街の上を、喚き散らしながら溶けていく。



「そんな状態で!!なんで次の話なんか…」



固まった。一瞬固まって納得したような顔に変わった。



「そっか、どうでもいいんだね」


「いやちが」


「いやそうだよ!!じゃなきゃ、そんなに普通でいられるはずが無い!!


あんなに好意を向けてくれてたのに!!最低だね!!」



勢いよく立ち上がったヴァレンが消えた。



「ヴァレン…」



追いかけないと。このままじゃ誤解されたまま…



(とりあえず宿の方!)





一時間は駆け回った。


おかげで汗びっしょり。雪降ってるのに。



(受付の人は見てないって言うし、周辺走り回ってもいなし…)



自力の差が出てる。



(でも進むしかないな)



なんとなくだけど、街の中の高いところに行く気がする。さっきもそうだったし。



(となると…)



あ、オレンジ色が見えた。ここから東にある丘っぽいとこだ。






ーーーーー






「はぁ…」



グラグラと煮え沸る腹の底が、ため息を白くさせてくれない。


どうしようもない熱さが全身をかけて、体も、喉も、顔も燃やされているような気すらする。



(ラフィさんが死んだっていうのに…なんで眉ひとつ動かさないんだ…!)



ユウトくんがあんな人だとは思ってもいなかった。



気配り上手な人だと思ってた。


明るくて純粋な人だと思ってた。


もっと優しい人だと思ってた。



なのに…



「どうして…!」



普通なら悲しいはずなのに。


苦しいはずなのに。



「…っ!」



また、目頭に熱が籠った。


グラグラと視界が揺れて、地面に染みができた。



「くっ…ぅ…」



止めないと。止めないといけないのに。



「ヴァレン!」


「…っ!」



肩で息をするユウトくん。


なんで今は必死なんだ?ラフィさんの時と大違いじゃないか!



「なんだよ!僕は君と話すことはない!」



口に、目に、怒りが籠る。こっちは荒れ狂う涙を抑えるので精一杯だっていうのに。



「わかった…」






落ち着きが少し積もった。


んだ指先が、過ぎた時間をじわじわと主張している。



(そろそろ…戻ろう)



これ以上は体に良くない。






闇夜が溶け込んだ街に、雲の大蛇が畝る。


空気が動く重い音が静寂を塗りつぶしていた。



宿の灯りは消えている。皆んな夢の中みたいだ。



「ただいま」


「戻ったか…」


「ライヒ…!」



ほんの僅かに明るい窓際。小さな机の上には、小さな瓶が二つあった。



「お前の分だ」


「…っ」



落ち着いたと思ってた。



(思ってたんだけどな…)



また熱が上がってきた。







眩しい…



「朝…?」


「む!朝だぞ!」



お腹まで響く声。いい目覚ましだ。



「おはよう、ヴェラ」


「む!おはようだ!ヴァレン!」



振る舞いは元気そのものだけど、目の下は真っ黒。明らかに睡眠不足だけど、大丈夫なのかな。



机の上も綺麗になっている。ヴェラが片付けてくれたんだろうか。



「あれ?ライヒは?」


「む!ライヒならば…」



扉が開いた。すっと出てくる見慣れた深緑。



「噂をすれば、だね」


「だな!」



怪訝そうな顔のライヒ。でも一瞬で真剣そのものに変わった。



「これを見ろ」



広げられたのは新聞。その一面を堂々と飾ってたのは…。






ーーーーー






「絶対に防衛線を崩すな!!!とにかく時間を稼ぐんだ!!!」



飛び荒む魔法。混じり合う怒号。


炸裂するたび、地が揺れ叫ぶ。



(以前より威力が高い…)



視界に広がる色が、肌を揺らす感覚が、ひしひしとそれを教えてくる。



(このままでは結界が持たない…)



結界の人員を増やすべきか…



(増やしたところで焼石に水だ…何か策は…)



もう少しの援軍があれば…もう少しの人手があれば…。



「ダルク!!」


「姉様!?」



城壁を一人走る姉様。ここに大臣がいれば、王族の女性がはしたないなどと小言を言うのだろうが、今はそれどころではない。



「姉様!!護衛も連れずなぜ前線に!?」


「城内に魔族が!!そ、それに近衛騎士のみんなが!!」



城内…?近衛騎士…?



「何を言って…」



伸びる爪。割れる姉様。


剣に手を伸ばす前に、目の前の何かが崩れ落ちた。



「助かった」


「これが我らの使命ですから」



さすが蒼銀の神盾が一人、ユリィ・カノンだ。



「しかし面倒なことになったな」


「ええ、そうですね」



既に魔族が紛れ込んでいる。


王都を覆う結界は、魔法と魔族の血を拒む。故に結界を破らなければ魔族は入ってこれないはずだ。



「考えるのはあとだ。ユリィ、蒼銀の剣、一、三、五部隊を連れて都内の安全確保を」


「ですが…」



ユリィの眉が歪む。


優しい彼のことだ。僕の身を心配してくれているのだろう。



「僕は大丈夫だ。いち早く民の安全を」


「…わかりました」



風がかけ、ユリィが消えた。



「相変わらず速いな。さて…」



この戦局…どうするべきか…

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ファンタジー狂いの元いじめられっ子 @ginkyo

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